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フロリアーナのはなし③

 それからしばらく。

 ハリーは相変わらずアルフォンスを負かし続け、フロリアーナはノエルと、それぞれ楽しく過ごしている。


 もう平気、と言われたそうで、マントと仮面の出番は長く続かなかった。代わりに、色をお揃いにした黒のケープを羽織ってご機嫌で出かけていく。


 フロリアーナはノエルと花を摘んだりして遊んでいるそうだ。

 帰りの馬車に同行してくる侍従が咎めないのでいいことにしているが、数本とはいえ、持ち帰ってくる花の中には季節外のものもある。

 温室に入り込んでいるのではないかと、内心気が気ではない。


 ヒューゴの久し振りの休日、遅くなった朝食を二人の部屋で並んで摂りつつそんなことを話す。

 夫婦の時間も子どもたちの話題ばかりだが、ヒューゴはもともと話し上手ではない。妻さえ楽しそうならば、会話の内容はなんでもいいらしい。


 今日も子どもたちは王城に行っている。ヒューゴ在宅時の恒例で、杏奈は朝の見送りに出られなかった。

 ハリーは「いつものこと」としてくれたが、フロリアーナはヒューゴに対してプンプン怒りながら迎えの馬車に乗った、と執事のグラントから先ほど聞いたところだ。

 穴があったら入りたい杏奈である。


 アルフォンス王子はハリーとの手合わせに一向に飽きず、交流会は週に三度に増えていた。


 さすがに回数が多すぎるのではないかと心配になったが、今だけということで、杏奈たちも了承した。

 立太子が内定した第二王子アルフォンスの教育カリキュラムを組み直している最中で、それが決まるまでの期間限定だという。


「弟王子のアルフォンス様が王太子になられるのですね。そういえば、第一王子のディーン様は生まれつき体が弱いと聞きました。たしか十歳でしたか、ハリーのひとつ上で」

「ああ。誕生の儀以来公式の場には一度も現れず、ずっと離宮で療養中だ……表向きは」

「表向き?」


 病気を理由に王族が揃う新年の参賀も欠席しているため、ディーン王子の顔を知っている者は王宮勤めでもごく僅か。

 軍関連のあれこれには精通しているが社交はさっぱりなヒューゴでも、さすがに王家のことは知っていた。

 だが、「表向き」という言葉の不穏さに杏奈は首を傾げる。


「医師が頻繁に出入りしているそうだから、病弱というのも嘘ではないだろうが。ディーン王子の母親である第二王妃は、後ろ盾が弱い。正妃は公爵の娘で気も強いから、機嫌を損ねないように引きこもっているのだろう」

「まあ……」


 国王夫妻は何年も子に恵まれなかった。王位継承の懸念が深刻化し、王妃と公爵の反対を押し切って多産家系の伯爵家から第二王妃が迎えられた。

 そして生まれたのがディ-ンだ。


 ディーン王子はある程度成長したら正妃の庇護に入り、それをもって第二王妃は妃の位を退いて王宮を去る取り決めだった。

 しかしなんと正妃も懐妊し、アルフォンスを出産する。さらに王女にまで恵まれた。

 結果、ディ-ンは「いらなかった第一王子」という厄介な立場になってしまったのだ。


 もしこの国に長子相続が決められていたら、ディーンの命はとっくになかっただろうと噂されている。


 もとから病弱なこともあり物騒な事態は免れたものの、今は不要となった第一王子の存在が、王家の後継問題と派閥係争に緊張の影を落としているのは事実だった。


「そんな……」

「アルフォンス王子の立太子の儀が済めば、ディーン王子も離宮から解放されるだろう」


 それまでは政争的にも籠の鳥でいる必要がある、と言うヒューゴも決して面白くなさそうだが、杏奈の表情はもっと晴れない。

 ハリーやフロリアーナと同年代の子なのだ。つい親近感を持ってしまう。


「傀儡に担ぎたがる貴族も多い。王子自身の安全のためだ」

「そうかもしれませんが……きゃっ」


 しょんぼりと食事を終えた杏奈は、ぐいと腰をさらわれて固い膝に乗せられた。


「アンナは俺の子ができたらどうする?」

「え、赤ちゃん?」


 きゃ、と恥ずかしがって顔を赤らめる杏奈だが、この二人は夫婦である。しかも、使用人にも呆れられるほど仲がよい。

 早々に懐妊の知らせを聞くだろうとの皆の予想に反し、今のところは新婚気分のままだが、時間の問題だと考えられている。


 王家の後継問題はそのまま、ハリーたちと、杏奈が将来産むだろう子どもとの関係に当てはまる。

 ヒューゴの質問の意図はそこだろう。


(……心配してくれてる?)


 相変わらずの強面は表情が分かりにくい。

 しかも大好きフィルターがかかっている杏奈から見たら、ヒューゴはどんな顔でも「カッコいい」一択だ。

 しかし今は、その瞳の奥に気遣いが浮かんでいるのが見えた。


(赤ちゃんができたら、絶対に可愛いけど……)


 だから杏奈は、前々から宣言していることをここでも繰り返す。

 ハリー本人に他にやりたいことがある、とかなら応相談だが、そうでなければ。


「男爵家を継ぐのはハリーですよ」


 身体的にも能力的にも、ハリーはヒューゴの後を継ぐ資質が備わっている。

 もし、杏奈から生まれた子にも能力があったら、それはそれで本人が身を立てればいいし、そのために必要なバックアップまで惜しむつもりはない。

 それぞれを愛せばいいだけのことだ。


「……それでいいのか」

「いいもなにも。ハリーもフロリアーナも私の子どもでしょう」


 家柄の古い貴族は特に、血筋を重んじ身内を優先する。

 実力で将軍職までのし上がったヒューゴには縁遠い感情だが、母親の実子に対する思いは侮れない。

 正妃はなんとしても、自分が産んだアルフォンスに玉座を継がせたいらしい。正妃の実家の公爵家も同じ思いだろう。


 しかし杏奈は、ヒューゴの子は自分の子と同じだと言い切る。

 その瞳に曇りはなく、言われたヒューゴは眩しさに目を細めた。


「二人とも、とってもいい子です。可愛くてしかたありません。私にはもったいないくらい、自慢の子で――、んっ」


 はっきりきっぱり言いきる杏奈の口を、ヒューゴがキスで塞ぐ。

 セレンディア家にはこの先、いつ、何人生まれても後継争いは起こりえないと確信したヒューゴの手が、また不埒な動きを始めた。


「ま、待って、今まだお昼でっ」

「そうだな。子どもたちもしばらく帰ってこない」

「あっ、明るい、のに!」

「ああ。おかげでよく見える。……アンナの子も愛らしいのだろうな」

「~~もうっ……!」


 ドサリとソファーに押し倒されたところで、タイミングよくノックが響く。

 ピタリと動きを止め、胸元まで赤く染めた杏奈が顔を逸らして、無粋な訪問者にヒューゴが不機嫌な声で応えた。


「……なんだ」

「し、失礼します。今、王宮から使いが来まして、その、あの」


 扉越しに聞こえるグラントの声が珍しく動揺している。

 はあ、と大きく溜息を吐いて、ヒューゴがドアを開けた。


「グラント、落ち着け。なにがあった?」

「は、その――フロリアーナ様が、事故に遭われたと」


 がばりとソファーから立ち上がった杏奈は、そのまま部屋を飛び出した。



 §



「ハリー!」

「アンナお母様……父上も!?」

「ハリー、あなたは無事なのね。よかった……ああ、フロリアーナ!」

「だいじょうぶ。僕も、フロリアーナも」


 王宮の一角にある部屋へ案内された杏奈は、ベッドの傍に座っていたハリーをぎゅっと抱きしめる。

 気を張っていたのだろう。杏奈の腕の中で、強張っていたハリーの体から力がふっと抜けるのが分かった。


(ハリーってばこんな時でも「お兄ちゃん」してて健気……! フロリアーナも、ぱっと見は大丈夫そう。もうもう、心配した!)


 フロリアーナは寝台の中ですやすやと眠っている。

 顔色も悪くなく、見える部分に包帯などもない。医師にも「眠っているだけで問題ない」と言われて、ようやく杏奈も安堵の息を吐いた。


 庭園の時計塔で遊んでいたフロリアーナが、足を滑らせて外階段から落ちたらしい。

 ちょうど近くに居合わせたハリーが受け止め庇ったため外傷はないが、フロリアーナはショックで気を失いそのまま眠ってしまった、ということだった。


「ハリー、偉かったのね。フロリアーナを助けてくれて本当にありがとう。でも無茶はダメよ」

「うん……でも、違うんだ。僕じゃない」

「どういうこと?」


 言いにくそうに言葉を濁すハリーを察した杏奈は、ヒューゴに目配せをして医師に退室してもらう。

 親子だけの空間になって、ハリーが小さな声で話し出した。


「……ノエルが」

「フロリアーナのお友達の、ノエルちゃん?」

「うん。そのノエルが助けてくれたんだ。……魔法で」


(うん? 魔法?)


 首を傾げる杏奈の後ろで、ヒューゴが「ほう」と驚きの声を上げた。


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