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フロリアーナのはなし②

 ハリーたちと顔を合わせるようになったものの、いわゆる子どもらしい言動が苦手なジュリアはさくっと退散してしまった。

 なので現在、居間にいるのは子どもたちと杏奈の三人だ。

 フロリアーナはホットミルクを飲みながら、最近では珍しく「たのしかった!」とたいそうご機嫌である。


 にこにこ満面の笑みではしゃぐフロリアーナを落ち着かせつつ話を聞けば、今日は一緒に遊ぶ相手がいたらしい。

 相変わらず剣を振ってばかりの兄たちから離れ、王宮庭園をあてどなく歩いているときに出会ったのだという。


 なんとなく視線を感じて振り返ったら、小さい子が太い木の陰からそっとこちらを窺っていた。

 長い黒のフードマントで全身を隠したその子は、五歳のヴァイオレット王女と同じくらいの背格好だ。


 王女がこっそりお城を抜け出してきたのかと思ったが、チラリと見えた髪が黒い。

 王家の子どもは三人とも、陛下譲りの銀髪に紫の瞳をしている。王女ではないとすぐに分かった。

 交流会は、学校のように点呼や始めの挨拶などがあるわけではないから、遅れてきた子なのだろう。


 自分よりも背の低い小さな子が、いつかの自分のように全身に緊張を走らせてこちらを見ている。

 だから、フロリアーナは勇気を出して話しかけた。

 自分が初めて交流会に参加した日にそうしてほしかったように。


 相手の子は少し驚いたようだったが、そのまま、終わりの時間までおしゃべりをしたり花を摘んだりして一緒に過ごしたそうだ。


「とっても、たのしかったの!」

「よかったわね。お名前は聞けた?」

「ノエル! ノエルはね、フロリアーナって言えないから、わたしのことはフローってよぶの。ふたりできめたのよ」


(やーん、かわいい! 私もそこにいたかった!)


 まだ幼くて、長い名前が呼べないのだろう。

 愛らしい拙いやりとりを想像して、杏奈はほっこり微笑む。


「ハリーもノエルちゃんと遊んだの?」

「僕は会ってないよ」


 交流会の開かれている王宮庭園は、騎士が周囲を警備している。

 その騎士に終わりの時間を告げられ、集合場所へ一緒に戻ろうとしたところ、ノエルはまた隠れてしまった。


 先に行くよう侍女にも言われて、後ろ髪を引かれながらフロリアーナは兄たちのもとへ戻ったという。


「あのね、こわがりさんみたい」

「でも、フロリアーナとは仲良くなったのね」

「だからね、アンナおかあさま。わたしウサギになりたいの!」

「うん。そこ、もう少し詳しく教えて?」


 よくよく聞けば、ノエルはずっとフードをすっぽり頭から被っていて、一度も顔を見せてくれなかったそうだ。


「ぬいだらいけないんだって。とくに、お外ではぜったいだめって」

「あら……」

「ほんとうは、おへやから出るのもよくないんだけど、すこしだけなら、っておいしゃさまがゆるしてくれたんだって」


 フロリアーナからは、かろうじて口元と指先だけが見えたという。

 最初にチラッと見えた黒髪も、すぐにフードに押し込まれてしまったそうだ。


(脱いだらダメ? 人見知りかと思ったけど、お医者様がそう言うってことは、もしかして肌が紫外線に弱い、とか……)


 杏奈も色白で日に焼けやすく、トラブルが多かった。

 真夏にちょっと長く日に当たってしまったときはヤケドをしたように真っ赤になって、痛みが引かず、皮膚科に通ったこともある。


 そのときに、もっと過敏に紫外線に反応してしまうケースの話を聞いた。

 軽く日に当たっただけで重度の炎症を起こし、高い確率で皮膚がんを発症する遺伝性の難病があるのだという。

 室内にいても、窓ガラス越しでも反応するというから厄介だ。


 治療法は確立されておらず、日常の生活でも厳重に日光を避けることしか防止策がなかったはず。


 異世界とはいえ身体の構成は同じだ。その点については、トリップしてきた当初に色々調べてそう分かっている。

 こちらには魔法があるのでそれ特有の疾患や症状もあるが、そもそも魔法が使える人は多くない。


 一般的な病気――風邪を引いたりや、妊娠出産などについては元の世界と変わらない。

 それならば、同じような病気があるかもしれないと杏奈は納得した。


「でもほんとうは、ノエルはイヤなの。みんなとちがうから」

「そうね。顔が見えないほどフードを被りっぱなしにはしないものね」

「だから、わたしもおなじにしたらいいとおもって」


 フロリアーナがもっと小さいころ、フードにウサギの耳がついたデザインのコートを持っていた。

 自分もそれを着てノエルと似た格好をすれば、もっと仲良くなれるだろうと思ったのだという。

 本物のウサギになりたい、ということではなかった。


「ウサギのコート! そうだったのね、フロリアーナ」

「おそろいにするの!」


 珍しい格好を真似したい、というだけかもしれない。

 けれど、他人と異なる装いに引け目を感じているらしい小さい子に寄り添いたい、という気持ちが根底にあるのは間違いない。

 フロリアーナのそんな優しさに杏奈は嬉しくなった。


 しかし残念なことに、そのウサギのコートを探してみると、サイズ的にいま着ることは不可能だということが判明した。

 既製服がほぼないこの世界。シーズンオフの王都でも開いているドレスショップはあるが、次の交流会はなんと明日。夕方の今から新しい服を用意するのは難しい。

 がっかりを隠せないフロリアーナに、アンナは必死に頭を巡らす。


「ええとね、フロリアーナ。こういうのはどう?」


 そうして杏奈は、フロリアーナを連れてジュリアの部屋へ向かった。



 §



「ノエル!」

「……フロー?」


 昨日と同じ木陰、頭からすっぽり被ったフードの下で、ノエルは目をぱちくりと見開いた。

 今年になって新たに交流会に参加するようになった、セレンディア将軍の二人の子――の妹のほう、フロリアーナは普段ドレスを着ている。

 色は瞳に合わせてアイスブルーが多いが、フリルやレースなどがついた甘めのデザインを好むようだ。

 実母ジュリアの経営するブティックの宣伝も兼ねている。

 ファッションにはこだわりがあるだろう小さなレディが、なんと今日はノエルと同じような黒いマントを着て現れた。


 手を大きく振りながら駆け寄るフロリアーナはそれだけでなく、ピンクの仮面を目元に着けている。


「わたし、ウサギになれなかったの!」

「えっ、うん?」


 蝶をかたどった仮面は金彩でいろどられ、どこか濃艶な色香が漂っている。

 ここが青空の下で、被っているのが子どもでなければ、妖しい想像をしてそわそわする者がいそうな雰囲気だ。


「あのね、ほんとはね」


 フロリアーナは息を切らしながら、ノエルと同じようなフードコート(ウサギの耳付き)を着てくるつもりだったことを話した。

 そのコートが今の自分には小さくて、着られなくなっていたことも。


 アンナは、ジュリアの土産からマントを譲り受けてリメイクしようと考えた。

 けれど、ジュリアの部屋でフロリアーナは色とりどりの仮面のほうに目をとめる。フードそのものよりも「顔がかくれている」ことが重要だと思ったのだ。


 いい具合に、大人用のケープマントが小さな子どもの身体を十分に包むサイズだった。

 仮面も、フロリアーナが装着可能なものがひとつだけあった。

 それでもまだ大きくて顔の半分以上が隠れてしまっているが、その点はかえってよかったらしい。


「ノエルが、じぶんだけイヤって言ったから。ノエルがぬげないなら、わたしもかくしたらいいよね?」


 嬉しそうに話すフロリアーナを、ノエルはフードの下から瞬きも忘れて見入る。


「おそろい。ね!」

「……うん。そう、だね」


 風に紛れた返事は、少し掠れていたかもしれない。

 昨日会ったばかりの二人は、まるでずっと友達だったかのように並んで座って、その日も長くて短い時間を過ごした。



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