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はじめてのデート ③

ヒューゴ視点です。

 現場からそう離れていない路地裏で、物盗りは早々に取り押さえられていた。

 息を切らした警邏が数人で駆けつけたとき、刃物武装はヒューゴにあっけなく解除され、文字通り片手で締め上げられている最中だった。


「ひ、ひぃっ、す、すすすみませんでしたぁっ……!!」

「ああぁ、セレンディア将軍っ。そ、そのくらいで!」


 息も絶え絶えな犯人に、若い警邏たちが慌ててヒューゴを止める。


「人の休日を邪魔しやがって……」

「あとは! あとはこちらで! しっかりやりますので、はい!」

「ひえぇっ」


 犯人も警邏隊も揃ってギロリと睨めつけられて、仲良く竦みあがる。

 どちらが被害者か分からないほど、ヒューゴは怒っていた。


(……せっかくアンナが喜んでいたのに)


 外出は初めてだったが、あんなに楽しそうな笑顔を見られるのなら、もっと早くに連れてくれば良かった。

 今日のように市の日でなければここまでの混雑もなく、このような煩わしいこともなかったはずだ。

 どこにぶつけたらいいか分からなくなった不満に、ヒューゴの表情は一層険しくなる。


「……しっかり頼むぞ」

「は、はいぃっ!」


 萎縮しまくって戦意喪失した犯人を警邏に引き渡すと、ヒューゴはパンパンと両手の埃を落とす。

 すぐに犯人は詰め所に連れて行かれ、現場にはヒューゴと一人の巡査が残った。

 顔見知りの巡査は、ヒューゴに向ってパキッと音が鳴りそうに礼を取る。


「ご迷惑をおかけしました!」

「巡回の人数を増やしたほうがいいな」

「そうできれば。最近は特に人出が増えていますので」

「分かった」


 話を通しておくと請け負えば、ホッとした顔をしつつ巡査は申し訳なさそうにする。


「奥様とご一緒だったとか。合流されるまでお供します」

「構うな」

「いえ。万が一、お姿が見えなかった場合は探すお手伝いを」


 正直、杏奈を見せたくはないがこの人の多さでは確かにその懸念はある。しぶしぶ同行を許すと、待ち合わせの広場へと急いだ。





 いつも賑やかな広場だが、特別大勢が集まっている感じがする。

 奥から聞こえてくる音からすると、どうやら大道芸人が音楽を披露しているらしい。


 大道芸というが、この市の日は名のある音楽家がお忍びで演奏をすることも珍しくなく、きっとそういった有名人が来ているのだろう。

 心引かれそうになる音楽に頭を振って、ヒューゴは辺りを精査するように見回した。


(……服が皆、同じ色というのは厄介だな)


 デザインなど細部は違うのだろうが、ヒューゴの目にはそこまでは分からない。

 たとえばさっきのように追いかける犯人であれば、顔から髪色から服装まで一瞬にして覚えるヒューゴだが、こと平時の、それも女性の衣装など意識したことがないのだ。


「セレンディア将軍、奥様の服装は?」

「青だ」

「そ、それは分かっています。もっとこう……」


 その対象が杏奈であると、ヒューゴの目はもっと酷い。

 なにを着ても認識するのは杏奈自身だけなものだから、今日の服装だってよく覚えていない。


 思い浮かぶのは、柔らかな長い髪、白い肌、自分のごつい手に絡む細い指……髪飾りに手をやって嬉しそうに微笑む杏奈は後光が差して見えた。


「し、将軍! じ、じじ迅速に探しますのでっ!」


 愛しさが溢れる心とは裏腹に、表情はどんどん不穏になっていったようだ。

 おびえる巡査に、歩きながら思い出した杏奈の目印を告げる。


「ああ、髪飾りをしている。右耳の上だ」


 黒髪によく映える飾りだったから、目立つだろう。

 それが逆に目を引いて、そこいらの男が声でも掛けていたらと思うと腹の底が煮える気がした。


「かっ、髪飾りですね。了解です、参りましょう! それと、お願いですからどうか落ち着いて、その殺気を引っ込めてください! ほら、いい歌ですよっ」


 苦し紛れの巡査の言葉だが、たしかにギターやアコーディオンの演奏に合わせて歌声が聞こえる。


(うまいな。いい声だ。だが、どこかで聞いたか……?)


 穏やかでありながら伸びやかな声は高い音も低い音も耳に心地よく、もっと聞いていたいという気にさせる。

 ヒューゴは音楽など、服と同じでいいも悪いも分からないが、きっとこういう声を金糸雀(カナリヤ)のようだと讃えるのだろう。

 ――ふと、杏奈の顔が浮かんだ。


(そういえば、歌が好きだと言っていたな)


 子どもたちの教育の一環として、ジュリアが用意した音楽室にはピアノを始め楽器もある。

 だがヒューゴがそこに足を踏み入れたことはなく、子どもたちがどの程度演奏できるのかも不明だ。


(戻ったら、案内するか)


 楽器の演奏ができるかは知らないが、歌が好きなら喜ぶだろう。そう思えば、一刻も早く杏奈を見つけて連れ帰りたいと気が焦る。

 噴水前の混雑は、さっきから聞こえるこの音楽が原因のようだ。

 歌が好きな杏奈が聴衆に紛れている可能性は高いと判断して、まずはあの中を探すことにする。


「どこかの舞台の歌姫でしょうか。おなじみの聖歌ですけど、こうして聞くと新鮮ですねえ」

「お前……妻を探す気がないなら」

「い、いえっ! でもあれ? あの歌い手って髪飾り……しています、ね?」


 人混みをかき分けて演者の姿が見えるところまできて、巡査の指摘にはっとする。


「……!!」


 円の中心でギターとアコーディオンの男性を従えて、フロリアーナよりも小さな少女の手を握り、楽しげに歌っているのは、まさしく杏奈だった。


「えっ、もしかしてビンゴ? え、わあ、美人じゃないですか……って、痛たたたたっ、すみません何でもないです!」


 肩を押さえた手に無意識に力が入ったらしい。少し声高になった巡査の謝罪に気付いた杏奈の視線がこちらに向く。

 と、それまで以上の笑みが、ぱぁっと杏奈の顔に広がった。


「う、っわぁ……い、いだだっ」

「人の妻に見蕩れるな」

「す、スミマセンっ」

「コニー!」


 詫びる巡査に被さるように、別の女性の声が響く。


「あっ! おかあさーんっ!」


 ちょうど歌が終わったところで、杏奈と手を繋いでいた少女は、走り寄ってきた女性のところに駆けていった。

 抱き合って喜ぶ母子の姿に、自分が捕り物をしている間に妻は迷子を保護していたのだと理解する。

 すると、杏奈もこちらに向って弾むように駆けだした。


「――だんなさまっ!」

「!」


 勢いよく抱きつかれ、ヒューゴの耳元で杏奈の髪飾りがしゃらりと揺れる。

 しっかりと抱き留めると、ほう、と安心したように息を吐いた。


「ご無事でよかった……!」


(……!)


 この国で武術一番と言われるヒューゴが、物盗りの捕縛くらいで負傷するなどと心配する者はいない。

 だからか、気遣われたことが新鮮で、有り体に言えば嬉しかった。

 ますます腕に力が入り、半ば抱き上げている格好になる。


「無事もなにも。アンナも大変だったようだな」

「私は楽しかったですよ? 歌も歌えましたし、こうしてすぐに見つけてもらえました」


 言葉とは違って、やはり不安があったのだろう。上げた顔には安堵が広がっていた。

 あちらとこちらで感動の再会×二の場面だが、ヒューゴと杏奈のほうは美女と野獣すぎて、巡査が必死に「大丈夫です! ご夫婦です!」と説明をしている有様である。

 杏奈が自らヒューゴの頬にキスをするのを見て、歌姫をその筋の者から救いだそうとする観客たちはようやく納得したのだった。


 しばしの喧噪ののち。

 コニーと母は杏奈たちに何度も礼を言って、ギターとアコーディオンの二人組とは「またどこかで共演しましょう」とふんわりとした約束をして、将軍夫妻は広場を後にした。


「疲れただろう」

「そうですね。でも、楽しかったです。今度はハリーたちも一緒に、と思っていたんですけど、市の日じゃないほうが良さそうですね」

「そうだな」


 コニーは運良く杏奈と出会ったことで母と再会できたが、はぐれている間に拐かしに遭わないとも限らない。市の日は、子どもたちが普段の町に慣れてからが良さそうだ。

 杏奈と意見の一致をみたヒューゴは市中の警備態勢にも思いを巡らせながら、次回の予定を算段する。

 ――だが、どうしても気に掛かるのは別のことだ。


「……アンナが歌うのを初めて聞いた」

「そういえば、旦那様の前で歌ったことはなかったかもしれません」


 一人でいるときの鼻歌はしょっちゅうなのだが、杏奈というカナリヤはヒューゴといると啼かされてばかりで歌う暇がない。

 だから、これまで聞いたことがなかったのは半分以上ヒューゴの責任でもあるのだが……なんとなく面白くないのは、自分より先にあの歌声を聞いた人間が大勢いたせいかもしれない。


(こんなに狭量だったとは)


 己の余裕のなさに自嘲が出るが、心が勝手に感じるのだからどうにもできない。

 後ろ髪を引かれるようなそぶりで別れた巡査が、杏奈のことをどう同僚たちに話すのか。それを想像するだけで不愉快になることも含めて、すべて不可抗力だ。

 そんなヒューゴの心が分かるのか、杏奈がそっと顔を近づける。


「今度、旦那様のためだけに歌いますね」


(――だめだな、これは)


 杏奈の何気ない一言で救われてしまう。今の自分は、ずぶずぶと首まで恋というものに浸かってしまっているのだろう。

 そして、そんな自分を否定する気は全くない。


「っ、ん、そ、そうしてくれ」

「ふふ、なにを歌いましょうか」


 楽しげにリズムを取り始める杏奈の頭が揺れるたび、髪飾りが鈴の音のように小さく鳴る。

 ほんのりとした疲労を感じつつも、これまでにない心地よい帰路を辿ったのだった。





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