植物図鑑の正しい使い方
「しかし、歩くとなると遠いね」
「がー君、もしかして疲れました?」
確かに周りは木々が生い茂り、湿気が異様に高くそれが体力を削っている。
だけど俺が弱音を吐くわけにはいかない。
「いや、大丈夫だよ」
「ガリウスは村から出ないから、あんまりこう言うのなれてないんだよ」
「おいおい、ミスティアさん俺を舐めてもらっちゃ困るね。こう見えてもリンドンバルグの町にはしょっちゅう行ってたんだからね」
リンドンバルグとは隠れ里をマイラ達が来た方向に戻り十数キロ歩くとある町だ。
「ガリウス出歩くの禁止されてたでしょ」
「いつの話だよ。もう数年前から自分で狩った魔物の素材を売りにいったりしてるよ」
そのお陰で交渉術も身に付いたしお金の蓄えもいくらかある。
「でも、魔物の素材の買い取りはギルドに加入しないと買い取ってくれないでしょ」
「そうなのか? 俺が行くといつも普通に買い取ってくれるぞ」
念のため市場価格も調べたけど普通に適正価格だったし、なんなら高く買い取ってくれる。
「がー君、もしかしてそのギルドからタグ、ペンダントのようなものもらってませんか?」
「ああ、それならこれだろ」
俺は胸元にしまってあるペンダントを取りだし二人に見せた。それはキラキラと輝く銀色のペンダントだった。
「「え、A級!?」」
二人は俺のペンダントを見て驚く。特にあまり驚かないマイラが驚いたのは少し嬉しかった。
「A級? 売買のときに、これを見せろと渡されただけだぞ」
「ガリウスそれ冒険者ギルドのタグで銀色はA級冒険者の証なんだよ」
A級と言われても、俺自身冒険者ギルドの試験も受けてないし加入申請もしてないんだけど。そのことを二人に言うとマイラが何か気が付いたように手を叩く。
「たぶん最初は小遣い稼ぎだと思って買い取ってあげてたんでしょうね。そしたらがー君がとんでもない素材を持っていった。それでギルドががー君を囲いこむために特別にA級タグを渡したと言うところでしょう」
ギルドはその場所で加入したものの実績が成績になるのだと言う。だから俺のように実績があるものがいるとそれだけでリンドンバルグのギルドの地位が上がるということらしい。
「それはあるかも、良い素材を持ってきてくれる冒険者はギルドの宝だからね。ガリウス何の素材持っていったのよ」
「ドラゴン系の素材、多数」
「え? だって村の周辺ドラゴンなんて出ないでしょ」
「精霊龍が訓練だと言ってドラゴンを出して、それを倒してたから」
「ガリウス……ドラゴンキラーじゃない」
「まあ、ここまで弱くなっちゃうともう倒せそうにないけどね」
俺がそう言うとマイラの瞳がキラリと光る。その目はまるで獲物を見つけたハンターだ。
「がー君、ちょっと手合わせしようか」
「え? なんで嫌だけど」
「がー君の太刀筋を見たいのよ。それで戦略も変わるから」
「必要なこと?」
「大事よ」
大事と言われて断れるわけがなく、俺は渋々手合わせすることにした。
「分かった。万が一があったら嫌だからひのきの棒で戦うけど良い?」
「わかったわ」
俺がひのきの棒を拾うとマイラも地面に落ちているひのきの棒を拾い俺と対峙した。
「ミスティア号令お願い」
「じゃあ小石投げるから地面に落ちたら試合開始ね」
ミスティアが石を拾い空中に投げる。どこまで投げてんだって言うくらい落ちてこない。さすがに落ちてこなすぎなので上を向いた瞬間。地面に石がぶつかりトスッと音をたてる。
マイラは一気に間合いを摘めひのきの棒を突き刺してくるが俺はそれを紙一重で避ける。
しかし練習とは言えひのきの棒は固い、万が一にもマイラに怪我をさせたくないな。
攻防は10分以上に及んだ。
ステータス5倍のマイラの攻撃が当たらないわけがなく多分手加減しながら戦っているのだろう。しかし、マイラはこれでまだ勇者に覚醒してないのだから勇者に覚醒したら一秒も立っていられる気がしない。
一瞬マイラが体勢を崩した。俺はそれを見逃さずひのき棒で薙いだが紙一重で避けられてしまった。
だが軽くかすったようでマイラは「分かりました」と言い模擬戦は終了になった。
よく見ると少しマイラの腕に傷がついてる。守る人を模擬戦とは言え傷つけてしまった。
真名命名があればすぐに治せるのに。
俺がそう思った瞬間、ひのきの棒が草へと変わった。
「なんだこれ!?」
マイラが落ちた葉を見て鑑定する。
「薬草ですね。なんでこんなことが」
「なにしたのガリウス」
「なにもしてないよ」
「なにもしないならこんなことになら無いよ」
ミスティアはまるでまあガリウスだから何があってもおかしくないけど、というような諦め顔で俺を見る。
「俺はただマイラの傷を見て治したいと思っただけだよ」
「なるほど、がー君にある神の祝福は植物図鑑だけですから。植物図鑑の能力と考えた方が妥当ですね」
マイラはそういうと周りから木や草を引っこ抜いて俺の前に置く。
「ちょっと他の植物に変えてみてください」
マイラの指示にしたがい俺はひのきを持ち、サツマイモに変えた。しかしその変化でひのきの棒は蔓になったが根に芋はできなかった。
「蔓とただの根だけですね」
「そうだね。芋も付くと思ったんだけど」
次に俺は杉木を手に取り植物図鑑を使った。しかしなにも変化はなく杉木は杉木だった。
「変わりませんね」
「変わんないね」
マイラとミスティアが首をかしげて杉木を見る。
俺は草を手に取り植物図鑑を使ったがこれも変わらなかった。
「なるほど」
「なにか分かったのマイラ」
「ええ、植物図鑑は図鑑以外にも、ひのきを図鑑通りの植物に変える力があるみたいですね」
「でもこんな芋がついてない芋を作っても意味ないだろ」
「たぶん質量が足りなかったんですよ。今度はこのひのきに直接植物図鑑を使ってください」
俺はマイラに言われるまま伐採してない桧木に植物図鑑を使った。
木はみるみる変わっていき、ただの蔓になった。
「失敗?」
「いいえ、これ地面に芋がなってるんじゃないですか?」
マイラはそういうと木を倒してその先端を杭状にして地面を掘り出した。
掘った地面からは大量のサツマイモが現れた。たった一本の蔓にここまで大量の芋がつくのはの見たことがない。
「どうしようこのサツマイモ」
「食べられるよね?」
「たぶん大丈夫だと思いますよ。でもこれだけあると食べきれませんね、保存食にしますか。これ焼き芋にすると美味しいんですよ」
マイラは次々とサツマイモを空間にしまいこんでいく。
だがミスティアはマイラの美味しいと言う言葉に喉を鳴らしている。
「少し食べてみる?」
ミスティアは俺に強制力の強い言葉で聞いてきた。この問いにダメとは俺は言えない。
「う、うん?」
「夕食で出しますよ」
さすがマイラさんミスティアにダメ出しできるのは君だけだよ。
「夕食……」
ミスティアは肩を落として俺を見る。
まるで俺からマイラに焼くように言ってくれと言わんばかりに。だが、さすがに今は逃亡の身ゆっくりしてられないんだごめんなミスティア。
俺はそっと顔を横に向けミスティアに見られなかったと言うような雰囲気を醸し出した。