83話 生存者
久しぶりの魔道銃。
篤紫の撃ち放った弾丸は、上空彼方の天井付近まで飛んでいくと、一閃。一気に厚い雨雲に変わった。
それは瞬く間に町全体の天井に広がっていき、雨となって激しく降り注いだ。
先に外に出ていたみんなが、呆然と立ちすくんでいた。誰もが予想していなかった状態らしい。
降り突ける雨は、燃える町並みに一気に降り注ぎ、立ちこめる水蒸気とともに、燃えさかる火を急速に鎮火させていった。
辺りが暗闇に沈んだ。あちこちで、光の玉が浮かんだ。
『す、すごいです』
近くで消火をしていたドライアドが、オルフェナを抱えて駆け寄ってきた。すでに全身ずぶ濡れになっている。
周りに散らばっていたみんなも、光の玉を携えて篤紫の側に集まってきた。
「この雨は、アツシさんが……?」
降り突ける雨で、全身を氷まみれにしたユリネも帰ってきた。
先陣を切って、一番遠くまで行っていたのだろう。気の抜けたような顔に、何だか申し訳ない気持ちになった。
「ああ、この魔道銃に冷たい雨のイメージを乗せて、天井付近で炸裂させたんだ。ちょうど鍾乳石がつららになっていたから、その先端だけ破壊するように打ち込んだだけなんだけどな」
「えっ、あの距離を?」
「あ、それはこの眼鏡の効果だよ」
篤紫の顔には、今まで無かった眼鏡がかけられていた。眼鏡があるだけで、かなり顔のイメージが変わる。
「相変わらずアツシさんって、色々なもの作るのね」
眼鏡には一切触れず、ただただ呆れられてしまった。
しばらくすると、魔力が切れたのか雨が止んだ。
火災も鎮火したため、手分けして生存者を探すことになった。
念のため、子どもと大人をペアにして、制限時間を二時間に設定してから、一旦解散した。
篤紫は夏梛と一緒に、南の方角に向かった。
「おとうさん……外で飛び回っていた光が、ここまで届いたってこと……かな?」
光の玉に照らし出されたのは、地面に穿たれた沢山のクレーターだった。家は大半が壊滅状態で、まともに建っている家を探す方が難しかった。
そのまともだった家でさえ、全てが焼け落ちて、真っ黒な消し炭になっていた。そこに、命の灯火を見つけることすらできない。
そこには魔道エレベーターホールで見た、プチデーモン達の巻角さえも残っていなかった。メルフェレアーナが、この町にはプチデーモンしか住んでいないと言っていた。
町の規模からしても、五百人近くのプチデーモンがいたはず。それが、全く痕跡が掴めない。
そしてなにも見つからないまま、二時間が経過した。
散開した位置、魔術塔の下に集合するも、全員の顔色はよくなかった。
「あと探していないのは、この魔術塔のコアルームだけかな。
魔道エレベーターも動いていないから、また階段を下りていかないとだけど……」
落胆しているメルフェレアーナに付いて、魔道塔の正面入り口から中に入った。
さすがに魔道塔の中までは火災の被害は無かった。ただ、床にいくつもの血の跡が残っていた。
血の跡は入り口から入って、魔道エレベーター扉脇の扉の前まで続いている。
メルフェレアーナが飛ぶように駆けていって、ドアノブを一生懸命に動かし始めた。
「くっ……あかないっ……!」
篤紫たちも遅れて駆け寄ると、メルフェレアーナが歯を食いしばって、目尻に涙をためていた。口の端から、血が一筋流れる。
しばらく粘っていたものの、メルフェレアーナは、急にその場で糸が切れたように崩れ落ちた。慌てて桃華とシズカが駆け寄って扉から離した。
無理をし続けたからか、メルフェレアーナは眠るように気絶していた。
「篤紫さん……」
「ああ、分かっている」
篤紫は腰元から虹色魔道ペンを取り出した。相手は機能を停止しているとは言え、ダンジョンの一部だ。使えるのは、これしか無い。
扉の前に立ち、扉に直接魔術を描き込む。
ここはもう、シンプルに目の前の扉の消滅だけ。
Make this door disappear.
ピリオドを打つと、淡く輝きながら、扉が消えて無くなった。
階段の先は真っ暗だった。明かりの魔法を飛ばすと、魔術塔の中心に向けて緩やかに曲がっているのがわかった。流れ落ちた血の跡も、階段に沿って下まで続いているようだ。
「タカヒロさん、メルフェレアーナをお願いしてもいいかな」
「連れて行くのですか?」
メルフェレアーナは未だ、桃華とシズカの手で床に敷いた布団……何で布団があるの? に、寝かされていた。
篤紫は目を見開きつつ、タカヒロに頷き返した。
「どのみち、全員下に下りなきゃ駄目だからさ。
日没からけっこう時間が経っている。このままここに残っても、太陽が昇ってくれば、決して安全とはいえない。
それに、タナカさんたちと、ナナ、ドライアドは、一つしか命が無い」
それが大前提の、現実だった。
メタヒューマンである、メルフェレアーナと白崎家の三人は、何度でも蘇ることができる。死ぬ気は毛頭無いけれど。
「わかりました。レアーナさんを背負って、殿を下りていきます」
「お願いする。早く何とかしてあげたい」
全員の顔を見回して、篤紫は階段を下っていった。
階段の終点は広い空間が広がっていた。
部屋に入る前に、篤紫は光の玉を複数創り出して、部屋の中に飛ばした。
広い部屋だ。
足下にある血の跡は、そのまま部屋の真ん中に向かっていた。その十メートル四方の部屋の真ん中に、何人もの人の姿を捉えた。
じっと、目をこらしてみてみる。
「生きてるっ! みんな、急いで――」
篤紫は駆けだした。
同時に、部屋全体が明るくなるように、さらに沢山の光の玉を飛ばした。
そばまで駆け寄ると、少年少女が全員円形になって、真ん中にある星形の石に両手をかざしていた。
篤紫は慌てて近くの少年を抱え上げようとして、思わず手を止めた。
星の形の石――もしかして、これがメルフェレアーナの言っていた星の石か?
少年少女も、見れば頭部に立派な巻角が生えている。この子達が、メルフェレアーナが言っていた、プチデーモンに間違いない。よく見ると全員、体に少なくない傷を負っていた。
意識が朦朧としているのか、薄目を開けたまま、浅い呼吸をしている。
そんな状態でも必死に、星の石に魔力を注いで――魔力?
「夏梛、急いで星の石に手分けして魔力を注いで。
桃華、それからシズカさんは、夏梛達が魔力を注ぎ始めたら、この子達を助けてほしい」
慌ただしく、動き始めた。
幼少組がプチデーモン達の隙間をぬって、星の石に手を付けて魔力を流し始める。桃華とシズカがプチデーモンを運び始めると、開いたところにタカヒロとユリネ、オルフェナが入ってさらに魔力を流し始めた。
布団に寝かせたプチデーモンには、桃華が真っ赤なポーションを飲ませ始めた。
篤紫は、沢山の魔石とルルガに分けてもらった魔鉄を取りだした。
今はとりあえず、星の石が魔力を取り込んでくれるように、アンテナを作らないといけない。
イメージは塔。底を広げて安定させ、高く伸ばした塔の本体に沢山の魔石を埋め込んでいく。魔石を埋め込みながら、ダンジョンコア魔道ペンで、魔力受信のための魔術を同時に書き込んでいく。
最後に、ミスリルのペンで硬化処理を施すと、娘達の間を縫って、慎重に星の石の真ん中に運び入れて、作ったばかりの受信塔を乗せた。
最後に、塔の頂上に起動を促す魔力を流す。
塔に填められた魔石が輝き始めた。
「みんな、ありがとう。もう大丈夫だ」
大きく息を吐きながら、星の石に魔力を込めていたみんなを労った。
夏梛とナナ、カレラが、ぺたんと座り込んだ。ドライアドはオルフェナを抱え上げた。よほど緊張していたのか、魔法少女三人は、立ち上がって少し離れたところに移動すると、仰向けに横になった。
桃華とシズカの応援に向かう、タカヒロとユリネを視界の端に見ながら、ふとこの部屋に、ダンジョンコアが見当たらないことに気がついた。
あらためて一周見回しても、それらしき物が無い。
『うっ……』
その時、プチデーモンの少女が、うめき声とともに意識を取り戻した。
少女は周りを見回して、ふと、メルフェレアーナの方を見て動きが止まった。
『あ……え? 鳴海麗奈様……?』
何故かそこで、懐かしい名前が聞こえた。
確か、東京にいる桃華の妹、その娘の名前が鳴海麗奈だったか。数年前に忽然と、行方不明になったままだ。
あの時は桃華と夏梛と、慌てて東京まで飛んでいって、一緒になって行方を捜したけど、一週間探しても痕跡すら掴めなかったんだっけ。
その妹夫婦も、去年二人とも病気で亡くなっている。
桃華の方を見ると、桃華が口を大きく開けたまま、その場で固まっていた。
まさかの再会。
次回、緊急事態です。




