82話 悪魔の光
ダンジョンの加護の偉大さが身にしみる。
巻角だけが焼滅を免れたようで、プチデーモンの体の部分は触れる端から、崩れて床に薄く広がっていった。
しばらくして落ち着いたメルフェレアーナは、残った巻角を一つずつ、鞄に収納していった。いつも明るく軽快な背中が、今はすごく小さく見えた。
「太陽の光が、ここまで侵入してきた……のか……?」
呟いて上を見た篤紫はゾッとした。
天井が無くなっていた。
いや、もともとそういう構造だったのかもしれない。ダンジョンであれば、もし塔のてっぺんに穴か開いていたとしても、有機物以外は侵入してこない。
例え光であっても、ダンジョンマスターが拒否すれば、入ることすら敵わないのだけれど。
いまは、ダンジョンコアが沈黙している。
遙か遠くで、たくさんの光が乱れ飛んでいるのが見える。
その光が一つ、落ちてきた。
「くっ、あっ――」
光の塊が篤紫に直撃して、急激に温度が上がる。いくら変身の魔道具を使っていても、圧縮された光線は強烈で、体の温度をも一気に上げていく。
熱い、これはやばい、アツイ……あ……つい。
篤紫はその場に、崩れるように倒れた。
「きゃああぁぁ! おとうさんっ!!」
遠くで夏梛の叫び声が聞こえた。
急激に体が冷えていくのがわかる。閉じかかっていた目を開けて、霞む視界に夏梛を捉えて一安心した。よかった、まだ自分は生きている。
家族にも、被害は無いようだ。
ただ、倒れたままの体が、全く動かない。すぐにふっと、誰かに担がれたことだけはわかった。
そのまま、篤紫は意識を手放した。
見慣れた天井だった。
気がつけば、白亜城の中、いつも寝ている寝室のベッドの上だった。
「か……は……」
声が出ない。それ以上に、体が全く動かせなかった。
たまたま立ったところに、たまたま落ちてきた光に貫かれた。運が悪かっただけなのだろうけど、それでも変身の魔道具に救われた。
もし、変身していなかったら、一瞬で消し炭になっていたはず。
扉が開く音がした。やっぱり、首が動かない。
「篤紫さんっ、目が覚めたのね……!」
辛うじて動く眼球の視界に、お盆を持っている桃華が映った。
桃華は近くに来ると、慣れた手つきで、キャリーバッグからサイドテーブルを取りだして、お盆をその上に置いた。
「よかった、意識が戻ったのね……」
「ぐ……すは……」
「慌てないで、まずはこれを飲んで」
桃華が篤紫の体を支えながら、上体をゆっくりと起こした。そのまま片手で支えた状態で、サイドテーブルに乗っているコップを手に取る。
桃華は真っ赤な液体を口に含み、口移しで篤紫の口に流し込んだ。
体が熱くなる。
視界が赤く霞んだ。視線を落とすと、体が赤く輝いていた。
体の感覚が戻ってきたのか、指先が動いた。
「はい、やっぱり効果てきめんね」
手を伸ばすと、桃華がコップを手渡してくれた。まだ少し震える手で、コップの中身を飲み干した。
また、体が熱くなった。
真っ赤な液体は、体から全ての傷を癒やしていく。これは、メディ・アップルを使ったポーションか。
焼けただれていた体が、見る見る間に元に戻っていった。
「……俺、光に貫かれて燃えてたんだよな」
「ええ、みんなすぐには動けなかったわ」
いきなり視界が真っ白に染まって、戻った視界に篤紫が真っ赤に燃えていたそうだ。全員が呆然とする中、最初に動いたのは夏梛だった。
温度を下げるために、風の魔法で篤紫を中心に小さな竜巻を起こした。竜巻に徐々に水を混ぜていき、最後に氷も混ぜて一気に温度を下げた。
倒れ込んだ篤紫は、全身がやけどを負っていた。あの太陽からくる焼滅光線を受けて、火傷で済んだのは奇跡だった。
次に我に返ったレアーナが、倒れていた篤紫を抱きかかえ、急いでコマイナに撤退した。その時、桃華の視界に映ったのは、涙でぐしゃぐしゃになったメルフェレアーナの悲壮な顔だった。
「レアーナが……そうか……」
「急いで全員でコマイナに戻ったわ。あのままあそこにいたら、誰もが被害を受ける危険性をはらんでいたのよ。
塔稼働用のダンジョンコアが落ちているから、魔術塔の中と言っても、状況は外と一緒だったのね」
「あれから、何日経ったんだ?」
「まだ半日よ? 今は夜の七時くらいかしら。止めても無駄だから言うけど、このあともう一度、魔術塔に行くわ」
一時間ほど前に前に、激しく降り注いでいた光の雨が止んだ。恐らく夜の間は、光の雨が止むのだろう。
メルフェレアーナは、最後までずっと悩んでいたらしい。危険だとわかっているところに、このままみんなを巻き込んでいいのだろうか、と。
あっという間に、全員に一蹴されたそうだけど。
家族なんだから、勝手に外すな。
「レアーナは、また号泣していたわ。
あの娘、ずっと独りぼっちで戦っていたのよね。一万年以上生きているって言っていたけど、肩を並べて笑い合える相手には、一度も恵まれなかったようなの」
「力がある者故の、切実な悩みか……」
そう考えれば、篤紫たちは幸せなのかもしれない。異世界に飛ばされても、家族がみんな側にいたのだから。
「さっそく行くのか?」
「二時間後、九時まで各々準備してから出発よ。
篤紫さんの目覚めが早くてよかったわ。さすがに私、置いていって後で恨まれたくないもの」
「ははは、大丈夫だよ。置いて行かれていたら、そもそも動けなかったさ」
「うふふ、それもそうね」
篤紫はベッドから下りて床に立ち上がると、いつも通りの足の感覚を確認した。大丈夫、すっかり元に戻っている。
銃も、魔道ペン三本にも異常は無い。
「いつもの研究室に行くのね」
「ああ、一緒に行こう。準備しなきゃ」
「はいはい、置いて行かれても付いていくわよ」
篤紫と桃華は、一緒に寝室を後にした。
再び訪れた魔術塔は、意識を失う前と変わっていなかった。
ただ昼間も見上げた視界は、完全な闇に沈んでいた。今は、みんなが浮かべた光の玉が部屋を明るく照らしている。
「本来はこの部屋が魔道エレベーターになっていたから、ダンジョンコアが落ちている今は、地道に階段を下りて行かなきゃなんだよ。
入ってきた入り口の隣に、階段へ繋がるドアが隠されているはずなんだど……」
非常用なのだろう、見つけた扉は子ども達が通れるくらいの、小さな扉だった。
光の玉を先行させて踊り場を照らすと、見慣れた螺旋階段が視界に入ってきた。コマイナの外壁の内側にあった、ものすごく長い螺旋階段と一緒だ。
ここを、また下りるのか……。
「なあレアーナ、ちなみにこの螺旋階段は、どのくらいあるんだ?」
「わたしに聞いてる? そんなのさすがに覚えてないよ。なんてったって、ここ作ったの一万年以上前なんだからね」
「さいですか……」
いつものメルフェレアーナの様子に、内心安堵した。
篤紫を先頭に、殿をタカヒロに任せる形で螺旋階段を下りていく。
やっぱりというか、気の長くなるほど長い螺旋階段だった。
一時間ほど下っただろうか、終点は天井が低い踊り場になっていた。背の高い大人が立ってすれすれくらいか。その部屋は、ぐるっと見回しても何も無かった。ここの壁は、塔の白壁のままだ。
「外に繋がる扉は、螺旋階段の裏だよ」
「それでは、開けますね」
一番近かったユリネが、外に繋がる扉をゆっくりと押し……逆だったようで、ゆっくりと引いた。
熱風が、吹き込んできた。あわてて、ユリネは扉を閉める。一瞬のことで、外が明るかったことしか分からなかった。
ユリネが、苦虫をかみ潰したような顔で、振り返った。
「みんな、変身は済んでいますか?」
いつになく真剣な顔に、全員がお互いを見て、確実に変身が終わっていることを再確認した。
再び扉のノブに手をかけたユリネから、凍えるような冷気が立ち上る。
これは、氷の魔法。それも、ほぼ全力に近いのか。
「どうしたユリネ。一体何があったんだ」
そばにいたタカヒロが、ユリネの方に手を置いて、思った以上の冷たさに慌てて引っ込めた。
「外は、見渡す限り火の海でした。それ以外は、分かりません。
今できることは、消火だけです。わたしが先陣を切って、全力で氷を振りまきます。
皆さんも、水の魔法、氷の魔法問いません。得意でも不得意でも構いません、わたしに続いて、精一杯周りに飛ばしてください」
そう告げると、扉を開けて飛び出していった。
「ジュワアアァァァ――」
氷が蒸発する音が聞こえる。そんなに燃えているのか。
次々と飛び出していく家族に、篤紫ははやる気持ちをグッとこらえた。メルフェレアーナが飛び出し、篤紫も外に飛び出した。
視界に入ったのは、もうもうと立ちこめる水蒸気の向こうに、真っ赤に燃える地下の町並みだった。
篤紫は、銃を構えて弾丸にありったけの水と冷気のイメージを、限界まで閉じ込めた。イメージは雨。
銃口を上空に向けて、撃ち放った――。
地下の町に突入します。




