79話 中庭の果樹園
新章です。
再びコマイナに乗って、空の旅に出ます。
正味三日、慌ただしく過ごした霊樹エル・フラウからコマイナに戻って、再び北極点を目指して飛び立った。
北上して北極圏に近づくにつれて、視界が猛吹雪に覆われる時間が多くなっていった。北に進むにしたがって、太陽の焼滅光線が照射される時間が、徐々に長くなっているのを感じる。
空の旅をする上で、気象状況は最悪の状態だった。
とはいえ、コマイナの中にいる限り、それらの自然現象に全くの影響を受けていなかった。旅は順調そのもの、まさにダンジョンチート、目的地まではあと四日程の行程だ。
外の状況とはうって変わって、新しい家族を迎えた白亜城は、大騒ぎになっていた。
『待って、待ってください、桃華さん。
あの……苗木は無くなりませんから、ボクが作れますから、慌てないでください』
目の前を慌てた様子のドライアドが走り過ぎていく。
「いくわよぉ――」
先に中庭に飛び込んだ桃華が、気合いを入れて中庭を破壊し始めた。
篤紫は廊下から、中庭の惨状を皿のような目で眺めていた。オルフェナを抱えた夏梛と、ナナも一緒に立ちすくむ中、出かけていたメルフェレアーナが帰ってきた。
「え、なにこれ。中庭がめちゃくちゃじゃん」
白亜城には、城内に四カ所の中庭がある。その全てが、桃華によってメディ・アップル果樹園になりつつあった。今も赤いドレス姿で、全ての植木を引っこ抜いている。
廊下の端では、疲労困憊のドライアドが、心配そうに桃華を見ていた。
篤紫はため息を吐きながら、朝の出来事を思い起こした――。
霊樹エル・フラウからコマイナに戻ってきた翌日。朝から、桃華の暴走が始まった。
ぐっすりと寝ていた篤紫は、桃華の甘いキスで起こされた。目を開けると、横で寝転がっている桃華が、とびっきりの笑顔で頭を撫でてきた。
「ね、急いで鍬と、解体用の包丁を作って? 朝ご飯の準備するわ」
「え? ええ?」
それだけ告げると、桃華はベッドから下りて、目の前で赤いドレス姿に変身しながら、軽い足取りで部屋を出て行った。
時計を見ると、朝の四時。まだ周りは暗い。
部屋の反対側にあるベッドでは、夏梛とナナがまだ夢の中だった。
とはいえ、桃華がはっきりと何かを欲しがるのは初めてだったので、眠い目をこすりながら、篤紫も魔道具研究室に向かった。
魔鉄を加工して、解体用の大包丁と鍬を形成させ、鍬に簡単な土壌攪拌の魔術を描き込み、仕上げをしたところで、そのまま寝落ちした。考えてみれば、昨夜もここで遅くまで作業してたっけ。
目が覚めると、作った大包丁と鍬がなくなっていて、代わりにテーブルの上にメモ書きが置かれていた。
『夏梛とナナを起こして、朝食を食べてください。用事があれば、中庭に来てくださいね。桃華』
この時点で、何だか嫌な予感はしていた。
そして、朝食を食べ終えて移動しているときに、目の前で桃華による破壊作業が始まったわけで――。
「どうも、中庭全部をメディ・アップルの農園にするみたいだよ。
朝から鍬と、何故か解体用の大包丁を作らされたからさ……」
篤紫がメルフェレアーナに説明している間も、中庭の作業は着々と進んでいた。
解体用の大包丁を構えた桃華が、真ん中に積み上げた庭木に向けて、めった切りを始めた。瞬く間に細切れになっていく庭木に、誰も声が出せない。
確かに作った大包丁は、見方によっては刀にも見える。ほら、市場でマグロ解体ショーとかで使っている、解体用の大包丁。
そもそも、それ包丁だよ? 桃華は、いったい何してるのさ。
細切れになった庭木を、生活魔法の着火で……着火だよな?
桃華の指先から、火炎放射器ほどの青い炎が吹き出して、瞬く間に庭木が灰に変わった。桃華の熱意が生活魔法の壁を突破した瞬間だった。
「いい感じね。でも、肥料としてはもう少し欲しいわね」
キャリーバッグから何かいっぱい取りだして、またさっきと同じように、細切りに切り刻んで、青い炎で燃やし尽くした。何を取りだしたかすら、確認する間もない。
メルフェレアーナが眉間を揉みながら呻いた。
「うーん、メディ・アップルの木、自体はいいと思うよ。エルフの町でも、効果の程は実証されたし、でも桃華の目の色変わりすぎじゃない?
このまま中庭全部を、果樹園にする気なのかな。
ああっ、それよりドライアドちゃん大丈夫?」
庭の端でしゃがみ込んでいるドライアドに、メルフェレアーナは慌てて駆け寄って、鞄から取りだしたコップに水を注いで渡した。
受け取ったドライアドは、待っていたとばかりに飲み始めた。
『あ、ありがとうございます。生き返ります。
ここと、あともう一ヶ所で植樹が終わるので、桃華さん張り切っているんですよ』
「え、まだ朝の八時だよ?」
そう、まだ八時。豪華な朝食が用意されていたから、そんなに早くから作業を始めたわけでは無いと思う。鍬と大包丁を仕上げたのだって、確か六時頃だったはず。
「ドライアドちゃんは、いつから桃華と作業しているのさ」
『桃華さんに呼ばれたのが、確か七時でした。
ボクが付いていったら、もう最初の中庭は更地になっていました。二十本ほどメディ・アップルの苗木を作って、あっという間に桃華さん植えちゃいまして……』
中庭と言っても、結構広い。正確に測っていないけれど、正方形の庭は二十五メートル四方の面積はあると思う。コマイナダンジョンのマスター認証をして、最初のダンジョン変形の時に、白亜城の中に庭が形成されたはず。
その時に、四つとも西洋の森と庭園が混じったような庭になって、けっこうな数の庭木が生えていたんだけど。
『そのあと、池があった中庭に行ったのですが、そこを鍬一本であっという間に更地にひっくり返していました。
庭石まで粉砕したときには、さすがにびっくりしちゃいました』
おかしい。魔鉄と行っても、有名なアダマンタイトほど硬いわけじゃない。岩なんて砕けるはずがないのに……?
「普段の桃華から、イメージできないよ。いつもはあんなにおっとりしているのに」
「あー、桃華な。食べ物が絡むと、あんな感じに暴走するんだよ」
鍬を舞うように振り回して、あっという間に中庭が更地になった。いや、既に苗木を植えるための穴が無数に空いている。
ドライアドが立ち上がって、桃華の元に駆けていった。
祈るような格好で、ドライアドの体が緑色に輝き始めた。髪の毛が木の枝のように伸びていき、瞬く間に先端に無数のメディ・アップルが実った。
その実が落樹して地面に落ちると、実を突き破るようにして一メートルほどの苗木に成長した。
「ありがとう、ドライアドちゃん。これ飲んで休んでいてね」
『はい、いただきます』
ドライアドにオレンジ色のジュースを渡すと、桃華の残像とともに全ての穴に苗木が植えられた。
それこそ、何が起こったのかわからない。ドライアドの周りにあった無数の苗木が、瞬きしたすぐに、全部植え終えていたのだから。
「す、すごいよ。桃華、完全に時間系の魔法を使いこなしているじゃん。ほら、シーオマツモ王国で使った、時間停止魔法。あれの応用みたいな物だけど、何これすごいよ」
メルフェレアーナが異様に興奮しているけど、何のことだかさっぱりわからなかった。桃華がすごい、これだけは理解できた。
植樹を終えた桃華は、ドライアドの前にしゃがみ込んで、枝が消えてまたサラサラの髪の毛に戻った頭を、優しく撫でていた。
「ドライアドちゃん、次行くわよ」
『あ、はい。待ってください、これ飲んだら急いで行きますから』
桃華は有無を言わせずに、スッとドライアドを抱き上げた。
そしてあっという間に、桃華とドライアドは走り去っていった。今度は普通に見える速度で。
「行ったな」
「お、おかあさん……すごい」
「お義母さんが、私のお義母さんでよかった……」
夏梛が感動している隣で、ナナが心の底から安堵していた。ナナ、いったい過去に何があった?
『桃華は、昔から食べ物が関わると、見境が無くなっていたからな。それに賢い女だ、篤紫が振り回されていたのさえ、全て計算ずくだろうて』
「えっ、そうなのか?」
『うむ。常に篤紫を立てて行動していたようだな。もっとも、方向音痴と迷子は天然だから、見たままではあるが』
「まじか……まじか」
苦笑いを浮かべながら、篤紫は夏梛とナナを連れ立って廊下を歩き始めた。メルフェレアーナが、何か考えながら一人で呟いていた。
今日は午前中、夏梛とナナはシズカのところで勉強をする予定になっていた。たまには、送っていくのもいいかもしれない。
篤紫の提案に、夏梛とナナは二人とも大喜びだった。
そして、廊下に一人残ったメルフェレアーナは……。
「やっぱりすごいよ。
時間停止のアレンジで、時間巻き戻しをすることで、死の衝撃を吸収してるみたいなんだ。
加速でさえ、あの一瞬で緩急自在だったんだよ。
だから……あれ……?」
取り残されたことに気づいたのは、みんなが去って一時間経ってからだった。
ももかは、ねんがんの、かじゅえんをてにいれた。
北極点にある、北の魔術塔に向かいます。




