78話 メディ・アップルの苗木
トライアドはまだ子どもなのかな。
魔獣の生態は不思議が多いのです。
ドライアドが、子ども達と一緒に楽しそうに遊んでいる。
ダンジョンコアの場所を聞いたところ、あっさりと隣の青い樹の中だと教えてくれた。守るべき大切な物じゃないのだろうか?
タナカ一家は子ども達を眺めて、ゆっくりとしているとのことだったので、桃華と二人でコアに向かった。
ダンジョンコアは、青い樹の虚の中にひっそりと鎮座していた。台座の上で黄緑色に輝くコアが、哀愁を醸し出していた。このコアは、ドライアドの寂しさを知っていたのかもしれない。
「今回は、篤紫さんの思うとおりにやった方がいいわね」
桃華がそっと手を握ってきた。今も楽しそうにしているドライアドの姿に、後悔の思いがどうしても抜けない。
魔術を行使した結果、ドライアドにしっかりした意思が生まれた。それは同時に、ここでひとりぼっちになると言うこと。
「間違いなく、今回のは俺の罪だな。
確かにエルフのみんなを救うことができた、でも逆にこのままでは、あのドライアドを救うことができない……」
「篤紫さんらしくないわね。さあ、いつも通りやるわよ」
桃華がそっと、手を握ってきた。二人で虚から外に出て、篤紫は青い樹を見上げた。
どの階層の青い樹も、風に揺れるとシャラシャラと、独特の葉音をたてて揺れている。この樹はいったい、何なのだろうか?
見れば見るほど、綺麗な樹だった。
葉や枝はほどよく光を透過させ、大地を煌めかせていた。ひんやりとした幹は、吸い込まれるほど青い。
もしかしたら、この青い樹を覚醒させられれば、ドライアドを救ってあげられるんじゃないのだろうか……。
「よし、いっちょうやりますか」
「ええ、久しぶりね」
青い樹の前で、篤紫と桃華は、向かい合って両手を繋いだ。やることは、かつてスワーレイド湖国でやった、魔力暴走。あの時は、本当にたまたま制御できたから、神晶石を作り出せた。
あれをもう一度、ここで再現する。
お互いに右手から左手に、魔力を流す。二人の瞳が赤く染まった。
互いの手を経由して、膨大な量の魔力が流れているのがわかる。しまった、二人とも変身したままだった。
ジジジッ――ジジジジ――。
あの時とは違う、制御された魔力は、綺麗な紫電となって舞うように踊り始める。二人の周りに発生した紫電が、二人の周りで鳥籠状の東屋に形成された。
子ども達のはしゃぎ声が止んでいる。見れば、みんな一カ所に集まって、遠巻きに様子をうかがっていた。あー、いきなり始めたからな。
リリィン、リリィン――。
鈴の様な音色が聞こえる。
この音色は、魔導城でコアの世界に飛んだときに、自分たちを導いてくれた、あの優しい鈴の音か。
桃華の髪の毛が、深い紫色に染まった。
「あら、その紫色の髪色も似合うわね。まるで宝石みたい」
「そういう桃華も、髪の毛が紫色に染まっていて、綺麗だぞ」
「あら、ふふふふ」
手を繋いだまま、微笑み合った。時折、髪の毛が青白く瞬いている。
周りを漂っていた紫電が、二人の真ん中にゆっくりと収束していく。
紫電は、ゆっくりと球状にまとまっていき、拳大まで成長すると、淡かった輝きが一瞬だけ強くなった。
そして、東屋もろとも紫電が霧散した。
「愛の結晶、またできたな」
「くすくす。あの時も、同じ会話したわよ」
「うん、知ってる。結局、あの時も今も大した魔法が使えないけどな」
「いいじゃない、代わりに偉大な魔術師よ?」
「ぐはぁ……」
繋いでいた手を離すと、二人の間に浮かんでいた神晶石を、両手でそっと受け止めた。
そしてお互いに、子供じみた顔でニカッと笑った。瞳の色も、髪の色もいつもの黒に戻っていた。
「おとうさん! おかあさん!」
遠巻きに様子をうかがっていたみんなが、慌てて駆け寄ってきた。
夏梛はそのまま、ひしっと桃華に抱きついた。よほど心配だったのか、身体が小刻みに震えている。
『まさかとは思うが、神晶石を創り出したのか? あの紫電は、この世界でも神の雷と呼ばれている光だぞ。
お主らはどれだけの力を秘めておるのだ。我にも想定外だぞ。よもや、空を自由に飛び出すのではないだろうな?』
「あ、空ならわたし飛べるよ」
『揶揄だ、レアーナは関係ない』
「ええぇぇ……」
オルフェナでさえも、異様に慌てているから逆に滑稽だった。スワーレイド湖国で暴走させたときには、確か出かけていて見ていないんだっけ。
タナカ一家は、完全に呆気にとられているようだった。雷が得意なシズカでさえ目を見開いているのだから、紫電はきっと普通の雷とは違うんだろうな。
ナナは何か感じたのか、一人だけニコニコしている。
篤紫は、同じように呆けているドライアドに歩み寄ると、手に持っている神晶石を差し出した。
『これは……?』
「トライアドが、ここのダンジョンのマスターなんだよな」
『はい。ボクがここのマスターで間違いないですが』
「その神晶石をダンジョンコアに捧げるんだ。ドライアドが捧げることで、心が望んでいる通りになるはずだよ」
『ボクの、望んでいること……?』
おずおずと神晶石を受け取ったドライアドは、思うところがあったのか、しばらくじっと神晶石を見つめていた。
意を決して、ゆっくりと青い樹の虚に向かって足を進めた。
『本当に、ボクがこれを使ってもいいのですか?』
振り返ったドライアドにしっかりと頷くと、まっすぐダンジョンコアに歩み寄って、神晶石をその上に乗せた。
チャプン、という音とともに神晶石がダンジョンコアに沈んでいく。
「あっ……眩しい……」
光が溢れだした。辺り一面が真っ白に染まった。
温かい光は、ドーム全体を覆い尽くした。
光が収束すると、青い樹とダンジョンコアが無くなっていた。かわりに、一人の女性が立っていた。
青い髪の女性は、ゆっくりと瞳を開ける。その青い瞳が、目の前で立ちすくんでいるドライアドを捉えると、そっと歩み寄って両腕でドライアドを抱きしめた。
『長い間、エル・フラウを守ってくれていましたね。ありがとう、我が子。
あなたのおかげで、新しい姿を得ることができました』
『えっ、えっ……』
戸惑うドライアドの頭を、青い髪の女性――霊樹エル・フラウが優しく撫でる。
『あなたが生まれて二万年。今でもはっきりと、あの時のことを覚えています。長い間、私の隣に生えていたあなたは、私の思いを一身に受けて、優しく育ってくれましたね』
はっきりと人型になったのは、エルフ達が入植したときだったそうだ。
それまでも、木の姿のままダンジョンマスターだったドライアドは、エルフ達の魔力を受けて、歩ける姿にまで進化した。
そこで少しだけ意思が生まれた。霊樹エル・フラウを守ること、自分の身を守ること、そしてエル・フラウの中の生命の営みを守ること。
「え、それじゃわたし達は、拒絶されていたんじゃなくて、守られていたってこと?」
メルフェレアーナが驚きの声を上げた。
まあそうなるよね、ある意味ここは特殊なダンジョンだったと思うよ。一体もダンジョンモンスターがいないんだもの。
『ごめん、ボク何も知らなかったんです。
この家だって、エルフさんの町長のお家が素敵だったから、真似して作ってみただけなんです』
「つまり、森の守り神だったのですか……」
ティルナイアが唯一残った家、ドライアドの家をじっと見つめた。エルフの町長の家と瓜二つの建物。そして、長年脅威に思っていたドライアドが、本当は森を守っていた事実に、いたたまれない気持ちになった。
『ドライアド、これからは私がこの森と木を守っていきます。
あなたは自分が用意したメディ・アップルの苗木とともに、この方たちについて行きなさい。
そして、自分の目で、広い世界をしっかりと見てきてください』
霊樹エル・フラウはそう告げると、そっとドライアドの背中を押した。篤紫の前に立ったドライアドは、慌てて振り返る。
『駄目です、ボクがいなくなったら、他の魔獣にダンジョンマスターが変わってしまいます。
そんなことになったら、この森を、霊樹エル・フラウを守ることが――』
『心配いりませんよ、我が子』
慌てるドライアドの前に、霊樹エル・フラウはしゃがみ込んで微笑んだ。
『私もあなたと同じ、ダンジョンマスターです。そして私は、ダンジョンコアでもありますから、常にあなたと魂で繋がっていますよ。
決して、滅びませんから、安心して旅立ちなさい、我が子……』
立ち上がった霊樹エル・フラウは、篤紫と、桃華を交互に見つめた。
篤紫と桃華は、しっかりとうなずき返した。
『この家はダンジョン権限で、エルフの町長の家の、小エル・フラウを挟んだ反対側に移します。
ティルナイアさん、これからよろしくお願いします』
「は……はい、こちらこそ、よ、よろしくお願いします」
突然話を振られたティルナイアは、勢いのまま頷くしか無かった。
もっとも、ダンジョンの守りが側に移住してくること自体は、とても嬉しかったらしい。その後ずっと、霊樹エル・フラウを見ては、ニコニコと笑っていた。
こうしてまた一つ、規格外のダンジョンが誕生した。
この後全員で、エルフの町に戻って、盛大に霊樹エル・フラウの歓迎会を開くことになった。ティルナイアの紹介に、全てのエルフが歓迎の意思を示したため、より盛大になった歓迎会は、数日にわたって続いたそうだ。
町長家の木を挟んだ反対側に、ダンジョン権限で小さな家が移動したときには、神の奇跡だと大騒ぎになったとか。
そしてこれ以後、小エル・フラウには、常にメディ・アップルが実り続けて、エルフ達の健康をサポートし続けたという。
去り際に、霊樹エル・フラウがドライアド向けた言葉が、とても印象に残った。
『わたし達魔獣には、寿命はありませんから、その目でしっかりと世界を見てきなさい。
あなたの帰る家は、ちゃんとここにあります。でも、気が済むまで帰ってきてはいけませんよ』
取りあえずハッピーエンドですね。
次回から、またコマイナに戻って空の旅です。




