77話 魔獣ドライアド
第二階層に向かいます。
「あのね、まったく意味がわかんないんだけど」
あれから急いでみんなに話を付けて、青い樹の門の先にある虚に入って、二階層に下りた。
出た先には、一階層と同じ青い樹があって、一階層に戻るための昇りの虚が口を開けていた。
下りてすぐ右側、うっそうと茂っている森が、そこだけ蔦が編み目状に編み込まれた、アーチ状の道になっていた。
ぐるっと見回すと、二階層の森は一階層の森よりも深く、普通に探索したらあっという間に迷子になりそうだった。
遠くで、甲高い何かの鳴き声が聞こえる。上を見上げると、天井のダンジョン壁には青空が再現されていた。太陽がだいぶ傾いてきている。
「ねぇ篤紫、聞いてる? この蔦のアーチ、何なのさ」
メルフェレアーナがジト目で睨んできた。
正直言いたいことはわかってる。
どうして、第二階層を安全に移動できているのか。
ここは、まさに魔境の森だった。
念のため、ティルナイア以外のメンバーには、変身の魔道具で変身してもらっている。とはいえ、綿密に編み込まれた蔦のアーチは、他の魔獣を一切寄せ付けていなかった。
そもそも、第二階層が未踏破だったのは、植物が織りなす自然の罠だけでなく、そこに棲息している魔獣が強力だったからに他ならない。
いまも、蔦の編み目から覗いているのは、見上げるほどの大きさの青い虎だ。その身体から漏れている冷気が、周りに霧となって漂っている。
上空でも、大型の鳥が甲高い声で鳴いている。今は見えないけど、森の奥には様々な魔獣が跋扈しているはず。
蔦のアーチに守られていなかったら、それらの魔獣との戦闘は避けられなかったはずだ。
「さっき説明したよな。俺たちは、ドライアドに招待されたんだよ。
だから、安全な通路を確保してくれているんだ。そうじゃないと、ナイアさんを連れてこられなかったはずだよ」
「それがそもそもおかしいんだって。
わたしがエルフのみんなを引き連れて、この霊樹エル・フラウに来た時なんて、ダンジョンの中は魔獣の巣窟だったんだからね。
必死の思いでみんなを守りながら、あの青い樹の下まで行ったんだから。
あそこだけ、一切の魔獣を寄せ付けない安全地帯だったから、助かったようなものなんだよ?」
……待って、今のメルフェレアーナの話にドライアド、どこかに出てきたか?
篤紫は一抹の不安を感じた。
「この第二階層だって、少しでも青い樹から離れると、途端に魔獣が襲ってきたんだからね。こんな森の中にできた安全地帯なんて、おかしいって。
絶対にドライアドの思惑が絡んでいるよ。
だから一階層は、青い樹を中心にして、住む場所を整えたんだからね」
篤紫は内心、盛大なため息をついた。
なんだ、やっぱりドライアドは、悪いことを何もしていないじゃないか。
少なくとも、あの青い樹の周りの一定範囲は、ダンジョン特権で、敵意を持った魔獣が寄りつかないようにしている。
さらに一階層で遭遇した魔獣は、全てその場に遺体が残っていた。つまり、魔獣はダンジョンモンスターではない。
もともとが、苛酷な自然に生存していた、屈強な魔獣なのだろう。むしろ、ダンジョンの中に棲息することを許可している辺り、ドライアドは寛大なのではないだろうか?
膨れながら文句を言っているメルフェレアーナに、篤紫は冷たい視線を向けて放置することにした。
ただの言いがかりだからね。
「おとうさん見て、蔦が凍ってるよ」
歩みを進める中で、青い虎がしびれを切らしたようだ。
夏梛が指さした先では、青い虎が大口を開けて、蔦に冷気を吹き付けているところだった。
「カナちゃん、ちょっと離れていて。
このままだと危険だわ。それに冷気で負けるわけにはいかないわね」
夏梛を後ろに下がらせると、ユリネがゆっくりと動き出した。
青い羽織袴姿のユリネが、刀に手を当てて片足を一歩進めて、じっと沈み込んだ。
「行きます――」
一歩踏み出して、刀身を滑らせながら鞘から抜き放った。と、同時に二歩目を踏み出したタイミングで、刀身を鞘に収めた。
カシャン、という鞘にはまる音とともに、青い虎が縦に両断された。虎は、分断されて左右に地面に倒れる瞬間に、真っ赤な断面が綺麗に凍り付いた。
居合抜き。
それも、蔦のアーチを斬ることなく、青い虎だけを倒す絶妙な技。
「綺麗……」
夏梛が口に手を当てて、目を見開いていた。
ナナに抱かれていたオルフェナが近くに駆け寄って、蔦の編み目越しに青い虎を回収してていた。おい、オルフェナ空気読めよ。
「見事な物ね、ちゃんと抜刀術が身についているようね」
「ありがとう。でも、本気を出したお母さんには敵わないわよ」
ユリネが謙遜していると言うことは、母親のシズカが操る刀はもっと上なのだろうか。そういうことなら、親子夫婦で羽織袴姿というのも、納得できる。
話の通り、三十分ほど歩いた先に、青い樹があって虚が口を開けていた。
ここがドライアドのすみかに続く、唯一の入り口なのだろう。全員でうなずき合うと、意を決して虚に足を進めた。
半径五十メートルくらいの、ドーム状の空間だった。
林の真ん中に池があって、橋が渡された中央の島に、青い樹が立っていた。木の横には、こぢんまりとした家が建っている。
あれが、ドライアドの住処なのだろう。やけに人間くさい。
「綺麗な景色ね。絵はがきにしたら、喜ばれそうよ」
「エハガキって何かしら?」
「私たちの前いた地球では、こんな感じに写真に撮った風景を紙に写して、お友達に送る習性があるのよ」
桃華とユリネが楽しそうに話している。スマートフォンで写真を撮って、ユリネに説明していた。ユリネも一緒に、スマートフォンにアップテートした自分のソウルメモリーで、写真を撮り始めた。
ふと思い立って見回せば、ここにいる全員のソウルメモリーが、全てスマートフォンに変わっていた。なんと、まあ。
『いらっしゃい、お待ちしていました』
橋を渡って島に着くと、家から緑色の少年が出てきた。
敵意は――ないな、むしろ歓迎してくれている感じだ。案内されるまま、全員で家の中に入った。
『本日は、わざわざお越しいただき、ありがとうございます。
えと……』
「あ、篤紫です。こっちが桃華で――」
自己紹介の間、ドライアドは終始ニコニコと笑っていた。心なしか、嬉しそうに感じる。もしかして、ここにずっとひとりぼっちだったのか?
『昨日、皆さんが魔力を補充してくれたおかげで、何とか太陽の焼滅光線に耐えることができました。
この分であれば、半年くらいは大丈夫だと思います。
メディ・アップルのおかげで、エルフの皆さんも元気になったようなので、また今まで通り生活していただければ、霊樹エル・フラウは太陽に負けずに済みます』
「ありがとうございます。それから、始めてお目にかかります。
私は、一階層で生活させてもらっている、ウッド・エルフの町長、ティルナイアです。
私たちが住むことを許可していただき、感謝しています」
『許可なんて滅相も無いです。ボクの方こそ助かっていますから』
話をしてみると、やっぱりメルフェレアーナとエルフ側の、完全な思い違いだった。
もともとドライアドは、霊樹エル・フラウのダンジョンコアから産まれた魔獣だった。たまたま長く生きたおかげで、ダンジョンコアを支配できるだけの、強い個体に進化することができた。
外が苛酷な寒冷地だったため、ダンジョンを整備していく中で、外にいた魔獣が棲み着き始めたらしい。
青い樹の周りだけ、安全地帯という形でダンジョンの力を残して、ここにひっそりと過ごしていたそうだ。
そして今回の、小エル・フラウにメディ・アップルを実らせたことがきっかけで、もう一段階進化して、人型になることができた。同時に、今まで薄かった自我も芽生えて、初めて声をかけようと思ったのだとか。
『だから、こうやって話ができることが、すごく嬉しいんです。
またこうやって、ボクのところに遊びに来ていただけますか?』
無邪気な顔で、首を傾げてきた。
これは、逆に悲しい思いをさせてしまうことになったのか……。
篤紫は内心、心苦しく感じた。
もし小エル・フラウに、魔術でメディ・アップルを実らせ無かったら、このドライアドが寂しい思いをすることが、そもそもなかったのかもしれない。
このあと、篤紫たちは間違いなくここを去る。
いま目の前で、無邪気に笑みを振りまいているドライアドに、いったい何を残してあげられるのだろう。
実は、魔族と魔獣の違いは、子孫を残せるか残せないかの違いだけなのです。
ドライアドに自覚はありませんが、数万年生きている個体です。
ただ、意識覚醒下ばかりなので、子どもの意識です。
次話では、篤紫と桃華がまたやらかします。




