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75話 魔力が足りない

メディ・アップルを配り終えて。

朝になったようです。

「ん……あ。まぶしいな……」

 あれからほぼ徹夜だったため、メディ・アップルがエルフ全員に行き渡ったのを確認した途端に、倒れるように眠ってしまった。

 ベッドに横になったまま窓の外に目を向けると、外はしっかりと明るくなっていた。


「なっ、やばい! 寝過ごした――」

 慌ててベッドから飛び起きて、窓際まで行って外を眺めた。

 太陽はちょうど中天にさしかかっていた。ダンジョンの中の疑似太陽だから、時間の目安にしかならない。それでも、空がある天井が無事だと言うことは、朝の焼滅光線は無事に凌げたのだろう。


 昨日のうちに、エル・フラウのダンジョンに入ってすぐのところで、ダンジョンに魔力を補充した。取りあえず朝の消滅光線に耐える分の魔力は、なんとか足りたのだと思う。

 でもそれが、いつまで持つのか分からないから、早めに下層を目指す必要があるけれど。


「あ、篤紫さん起きたのね」

 部屋付きの給湯室から、桃華がポットを持って入ってきた。

 あてがわれた部屋は、ベッドが四床ある部屋だった。篤紫が起きたので、今は誰も寝ていない。

 テーブルに向かうと、珍しく緑茶が淹れられていた。


「ありがとう。夏梛とナナはどこかに出かけてるのか?」

「夏梛なら、タナカさん家のみんなと、エルフの町にお出かけしているわ。

 ナナは、レアーナといっしょに、青い樹を見ているはずよ」

 取りあえずみんな、休んでから動き始めているみたいだな。メルフェレアーナと合流して、ティルナイアさんと話をしないとか。


 緑茶を口に運ぶと、爽やかなハーブの香りが鼻を抜けていく。少しぼんやりとしていた頭が、はっきりとしてきた。

 一息ついて立ち上がると、桃華と連れ立って部屋を後にした。




 外に出て、あらためて青い樹を見上げると、とても大きな樹だった。

 青い葉っぱに日差しが透過して、所々虹色に輝いている。

 葉っぱは風に揺れて、シャラシャラと不思議な音を立てている。まるで金属同士が擦れような、少し甲高い音が混じっている。この樹が植物ではなくダンジョンの一部――恐らく鉱物に近いものであることが、しっかりと感じられた。


「あ、お義父さん起きたのですね」

 オルフェナを抱えたナナが、篤紫に気がついて駆け寄ってきた。メルフェレアーナと、ティルナイアと一緒に樹を見上げていたようだ。

「ここにいっぱいのリンゴが実っていたのですね、私も見てみたかったです。

 お義母さんがお城の庭で、育てている苗木も、大きくなったらこんな木になるのでしょうか」

「ふふふ、綺麗な木になるといいわね」

 桃華が微笑みながら、優しくナナの頭を撫でた。

 昨日は夜も遅かったので、年少組の夏梛、ナナ、カレラは、篤紫が魔術を発動させる頃には、ベッドで寝息を立てていた。ここまで森を強行突破してきたから、疲れていたと思う。



 青い樹の側では、メルフェレアーナとティルナイアが、真新しいテーブルの上に、サンドイッチのバスケットを並べていた。チェアーがないから、恐らく立食形式なのだろう。

 エルフも数人、本宅との間をせわしなく動いている。見覚えがあると思ったら、森から案内してくれたエルフの皆さんだった。


 桃華が颯爽と近づいていき、喚び出したキャリーバッグから、果物やデザートを取り出して並べ始めた。エルフの皆さんも最初はびっくりしていたものの、桃華に対して何度も頭を下げていた。

 いまのエルフ達の食糧事情から考えれば、桃華の申し出はありがたい物だったのだと思う。


 それにしても、いったいあのキャリーバッグには、どれくらいの物が入っているのだろうか。

 キャリーバッグからサイドテーブルまで取り出して、上にポットと茶筒をのせて、いい笑顔で振り返った。


 このシチュエーションが、桃華の琴線に触れたのだと思う。景色だけ見れば、ヨーロッパの庭だもんな。

 あのサイドテーブルも、こういうシーンのために、わざわざ魔道具化させられたんだっけ。

 篤紫は鞄から赤い魔石を取り出すと、桃華に手渡した。


「篤紫様、昨日はありがとうございました」

 ティルナイアは、昨日と同じ青色の巫女服だった。うちのナナも普段着が紫の巫女服なので、二人並べるとけっこう様になる。ナナの身長が百十程しかないので、親子にも見えるけれど。


「あれから、町のみんなの経過はどうですか?」

「はい。ほとんどの民が、一眠りしただけで体の不調がなくなったようです。

 私も頂きましたが、重かった頭痛がすっかり良くなりました。本当に、ありがとうございました」

 メディ・アップルの効能の凄さなのかもしれない。でも頭痛まで出ていたとなると、相当症状が進行していたのではないだろうか?


 物知りオルフェナにあらためて聞いたら、壊血病の症状ではないか、と言われた。ビタミンCの摂取が少ないと発症するらしい。

 だとすれば、現状のままだとまた発症する気がするけど。後でティルナイアにそれとなく聞いてみよう。



 そんな中で、立食形式の昼食が始まった。

 エルフの町にお出かけしていた、夏梛やタナカさん一家も帰ってきて、賑やかな昼食になった。

 エルフだけの町は、タナカさん達も初めて見たそうで、異様に興奮していた。緑髪のウッド・エルフは美形揃いで、青い樹を中心に放射状に作られた街並みに綺麗に調和していたようだ。

 アクセサリーショップで買ったイヤリングを、みんなで披露してくれた。


 メルフェレアーナも上機嫌で、グラス片手に歩み寄ってきた。

「まったく、篤紫のやることは、いつも普通じゃ無いんだよね。この樹なんて、植物ですらないじゃないか。

 この木の枝に、メディ・アップルが数珠なりに実っていたなんて、今となっては奇跡でしかないよ」

 これは……ワインか? 誰だよ昼間からお酒を出した人は。

 しっかりと酔っ払っているメルフェレアーナは、一通り篤紫に話しかけると、他の人に絡みに出かけていった。






 篤紫は、青い樹の縁で赤いリンゴジュースを飲みながら、小さなため息をついた。

 エルフの町の問題は片付いたけれど、本家本元の問題がまだ残っている。ダンジョンコアの支配権は、ドライアドのまま変わっていない。安心して暮らすためには、誰かがダンジョンマスターになる必要があるけれど。

 ただ、そもそも現状を変える意味があるのだろうか。


 壊血病が再び起こらないように、ティルナイアと話をしないといけない。果物の木を植樹をするか、代替になる野菜を導入して貰うか。食糧事情の改善は、喫緊の事項だろうけど、どこまで踏み込んでいいのだろうか、難しいところだな。

 メルフェレアーナがいるから、話聞いて貰えると思うけれど。


「篤紫さん、また何か考えているのね」

 赤いドレス姿の桃華が、顔を覗き込んできた。これは変身したのか。この場での煌びやかなドレス姿は、ほとんど違和感がない。

 思わず感嘆の息を漏らした。


「今は、楽しみましょう。エルフの町七千人の命が助かったのだから、ひとまず解決でいいと思うの。

 もともと、レアーナのところに来ていた救援信号は、エルフ達の体の不調を治して欲しいと言うものだったはずよ。だから、もう大丈夫なのよ。


 食べ物の問題は、レアーナに話をするように頼んであるわ。

 レアーナの大切な家族の問題よ、まず母親であるレアーナが対処しないといけないのよ」

 ドキッとした。お見通しだったのか、桃華には敵わない。

 桃華はキャリーバッグから椅子を二つ取り出して、篤紫に座るように促した。


「そうすると、あとはダンジョンコア――」

「それも、無理だと思うの」

 バッサリと切られてしまった。開けた口をひとまず閉じた。

 桃華がそっと、左手に手を重ねてきた。


「篤紫さん、取りあえず変身して貰ってもいい?」

「わかった」

 空いた右手で、虹色魔道ペンに魔力を流す。

 虹色魔道ペンから光の粒が溢れ出して、篤紫の体を包み込んだ。優しく暖かい光は、ゆっくりと収束していって、黒のロングコートに変わった。元から黒かった髪が、さらに漆黒に染まった。


「変身すると分かると思うの。魔力が、足りないのよ。

 この変身魔道具の凄いところは、体の全ての能力を十倍に引き上げることなのよ。当然感覚も研ぎ澄まされるわ。

 そのうえで、エルフのみんなの魔力を感知してみて欲しいの。

 目をこらして魔力を捉えてみて、たぶん光の強さ、みたいな形で見えるようになっているはずよ」

「これは、弱いな……」

 エルフ達の光は、口に出したくなるほど弱かった。むしろ、この光が普通の強さなのかもしれない。

 対して、コマイナ組は目映いほどに光り輝いていた。タナカさん一家ですら、かなりの光量だった。きっと、自分たちが何かしら影響を与えているのだろう。

 目をつぶって、魔力の感知を意識しないようにすると、目を開けても普通の視界に戻った。


「つまり、ダンジョンの支配権を維持することができない、のか」

「私たちがダンジョンを下りて、ドライアドを討伐したとしても、支配権をエルフのみんなに渡すことができないの。

 知っていると思うけど、彼らはこの森の魔獣にすら勝てないのよ。

 すぐ他の魔獣に、支配権を奪われてしまうわ。


 そして、エルフのみんながたくさん魔法を使ったとしても、全てがダンジョンコアに還元されるだけなのよ。ここで使った魔力は、星に戻らないわ」

「ああ、そうか。ナナナシアに魔力が還元されない限り、本質的に強くなることができないのか」

「みんな、ナナとオルフの受け売りなんだけどね」

 桃華はいたずらっぽく笑った。


 青い樹の下に設けられた宴会場では、みんな楽しそうに歓談していた。

 木漏れ日が、料理が載ったテーブルを優しく照らしている。


 ともあれ、なにか手はないのだろうか。


実は、主人公達は立派なチートだったのですが……自覚ないです。

次回、ダンジョンに潜る、のかな?

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