74話 青いリンゴ(無毒)
霊の青いリンゴが再登場です。
桃華と一緒に応接室に戻ると、メルフェレアーナとエルフの族長は、いまだに苦い顔のまま、頭を抱えて話をしていた。
桃華は小さなため息をつくと、メルフェレアーナの側まで行って、肩を叩いた。
「あ、桃華。どうかしたの?」
「はい、これ。族長さんに渡して。エルフ達の症状が回復すると思うわ」
肩を叩かれるまで、全く気づかなかったメルフェレアーナは、桃華に手渡された青いリンゴを見て、眉をひそめた。
「これって、この間桃華が食べていたリンゴだよね?
確か中が真っ赤だっけ。さすがにこの色だと、食べてもらえないんじゃないかな」
そう言いながら、メルフェレアーナはエルフの族長の前に、青いリンゴを置いた。
「えっ。あの……これは……?」
目の前に置かれた青いリンゴを見て、エルフの族長は目を見開いた。
いい加減、名前で呼んであげたいのだけど……今さら名前を聞きづらいんだよね。あとでメルフェレアーナに聞くしかないか。
「あー、見た目は悪いけど、味はいいらしいよ。わたしは食べたことないんだけどね。彼女、わたしの家族の、桃華が持ってきてくれたんだよ」
「初めまして族長さん、白崎桃華です。
篤紫さんから聞いた症状だと、エルフの皆さんにはこの青いリンゴが一番、治療効果が高いと思うのよね」
「こちらこそ初めまして、桃華様。
私はこのエルフの集落で、現在族長を担っています、ティルナイアと申します。ナイアとお呼びください。
ところでこのリンゴですが、どこで手に入れたのでしょうか……?」
エルフの族長はティルナイアっていうのか。さすが桃華だな、話の掴みがうまい。
ティルナイアはどうやら、青いリンゴの出どこが気になるようだった。机に置かれた青いリンゴを、大事そうに手で包み込んでいる。
「これ? うちのダンジョンの中にある、ダンジョンの中で、ゴブリンさんのお店で売っていた物よ。
リンゴ自体は、下層の果樹園階層産らしいわ。そこでメディ・アップルっていう樹人族の人たちが、専門で作っているんだってね」
ややこしい場所だな。それになんの話だか、さっぱりわからない。
この間のメルフェレアーナ主催、ダンジョンツアーでの出来事だと思うけど、ルルガと工房に籠もっている間に何があったのか。
「それです。メディ・アップル。そのリンゴの名前です」
「あら、まあ」
「失礼かと思いますが、これ以外にお持ちでは無いですか?」
机から身を乗り出して、必死の形相のティルナイアに、桃華は柔らかい微笑みを返した。
「ナイアさんは、このリンゴ――メディ・アップルって言うのね。
それでメディ・アップルの価値を知っているのかしら」
「はい。ウッド・エルフに伝承として伝わっていますから、しっかりと存じ上げています。
これは神の奇跡とも言われている、幻の果実です。実際に現物を見るのは、これが初めてです。
この実は、全ての果物の頂点と言われていまして、万病をも治す、文字通り奇跡の果実だそうです。真っ青な外皮に、血のように真っ赤な果肉をしていて、食べると甘酸っぱいのが特徴だと伝わっています」
『ふむ。聞いたことがあるな。
そもそもが、メディ・アップルは樹の魔獣だな。基本的に森の奥深くに、ひっそりと生えている、不動の魔獣だ。
確か、数千年に一度実を付けて、そのまま枯れてしまうはずだが』
篤紫は突然の声に、慌てて下を見た。足下でオルフェナが見上げていた。
気がついたメルフェレアーナが椅子から下りて、オルフェナを抱き上げた。顔がにやけている。抱っこしたかったのか。
しかしオルフェナは、いつの間にここにいたんだ?
「あら、そうなの? メディ・アップル族の皆さんは、普通に木を栽培しているみたいよ」
『それは興味深いな。メディ・アップルの樹が樹人になっているのか?
本来、ただの樹の魔獣であったはずだ。樹人なら、木を枯らすこと無く結実させ事ができるのかもしれんな』
桃華が首を傾げて、記憶を辿って思い出していた。樹人っているんだ、今度見に行ってみようかな。
話を聞いていたティルナイアが身を乗り出してきた。
「それでは、桃華さんのダンジョンまでいけば、手に入れることができるのですね?」
「可能かと言えば可能だけれど、患者の数にもよるわよ。
このエルフの町に、いったい何人のエルフがいるのかしら?」
「集落の全体数は七千人ほど、患者も恐らく同数かと……」
桃華は思わず首を横に振った。
「無理だわ、そんなに数がないわよ。
果樹園と言っても、メディ・アップルばっかり作っているわけじゃないのよ。確か樹は十本ほどって言っていたから、到底足りないわ」
「そんな……」
ティルナイアは肩を落とした。あからさまに落胆しているのがわかる。
桃華が、篤紫に振り返って、パチッとウインクしてきた。
……出番だと言うことか?
今やらなければいけない事は、メディ・アップルを増やすことか。
とはいえ、さすがに単純に増やすことは難しい。メディ・アップルに魔術を描き込んだ時点で、メディ・アップルではなく、別の魔道具に変わってしまう。
本当は、植物を使って増やせればいいのだけれど、実は生き物や植物に対しては、直接魔術が描き込めない。
とすると、ダンジョン自体に働きかけるしかないか。
とはいえ、魔術を使った結果、ダンジョン全体に影響があると、今度はダンジョンの魔力が枯渇する恐れがある。
なかなか、難しいな。賭けるとすれば、あの青い大樹か。
「ナイアさん、外にあった青い樹は、植物ですか?」
「いえ、あれはダンジョンの下層に向かうための、ゲートです。
一見植物に見えますが、実際には鉱物に近いです。叩くと甲高い音がしますから。
どちらかというと、ダンジョンの一部じゃないでしょうか」
よし。それなら、何とかなるな。
篤紫はティルナイアにお礼を言うと、家の外に向かった。
それじゃ、いっちょう派手にいきますか。
夜もだいぶ更けてきているにもかかわらず、たくさんのエルフが集まってきていた。
ざっと見ても、千人はいるだろうか。さすがにこの人数のエルフは、見たことがなかった。
並んだ顔が美形だらけで、眼福ではあるけれど。
遠巻きに囲んだ先頭には、ティルナイアと、森に迎えに来てくれたエルフ達が、心配そうな顔で見ていた。
ティルナイアの隣には、メルフェレアーナが並んでいた。少し離れたところに、白崎家とタナカ家の面々が並んでいる。
顔を向けたら、年少三人が手を振ってきたので、手を振り返した。
青い樹の前に立ち、篤紫は虹色魔道ペンを取り出した。
今回は、魔方陣一個を線で繋げるだけの、簡易術式で行こう。幸いなことに、ダンジョンの入り口自体は、半分地下になっているので、魔方陣から一筆書きで幹を一周繋げられる。
念のため、落ちないように入り口の上に板を渡してもらった。
「あの、いったい何をなさるのでしょうか?」
「大丈夫だよ、ナイア。魔術に関しては、篤紫に任せておけば、まったく問題ないよ」
メルフェレアーナの全幅の信頼は、何なのだろうか。さすがに背中がくすぐったい。
青い樹に、小型の虹色スコップでくぼみを作って、そこにメディ・アップルを乗せた。
今回は、一回だけの発動にしないとまずい。
青い樹にメディ・アップルを取り込んでもらって、それを文字と同時に込めた億の魔力を使って、大量にメディ・アップルを実らせてもらわないといけない。
そんなわけで、魔術文字文はこんな感じになった。
One time activation, take in a blue apple, and let the branches bear many apples.
「よし、魔術式起動――」
青い樹に描き込んだ魔術文に、魔力を一文字百五十万。合計で一億くらい魔力を込めながら、最後のピリオドを打つ。
樹の幹を一回り繋いだ魔術文が、光り始め輝きを増していく。くぼみに乗せたメディ・アップルが、すっと青い樹に吸い込まれていった。
魔術文からあふれ出た光は、木の幹を上って葉先の方へと伝わっていく。樹が青く輝き始めた。見物していたエルフ達から、大きな歓声が上がる。
光は、先々で蕾に変わり、真っ赤な花を咲かせた。そのまま花が落ちて、青い実が膨らんでいく。
樹の枝いっぱいに、メディ・アップルの実が結実した。
最後に残った光は、葉先から粒になって、空中に消えていった――。
あまりの衝撃に、その場にいたエルフが全員固まった。
溢れんばかりの歓声が上がる。
そして全員がその場で篤紫に跪いた。族長であるティルナイアですらも、震えながら跪いていた。
「うわあ……待って、みなさん、頭を上げてください」
突然のエルフの行動に、篤紫サイドも慌て始めた。
正直、やり過ぎだったと思う。
メディ・アップルはウッドエルフにとって、もとはお伽話の果物だったとは言え、神聖な物だった。
それを一気に、大量に実らせれば、畏敬の対象にもなるよね。
エルフのみんなと協力して、青い樹からメディ・アップルを収穫して、夜遅くなんて関係ない勢いで、全戸に配った。
作業は朝方までかかったけれど、何とかエルフの町の全員にメディ・アップルを配ることができた。
メディ・アップルを配り終えて、そのまま倒れるように寝てしまった。
当然朝になって、エルフの不調回復に目処が立って、みんなで一安心していたけれど、肝心なことを忘れていた。
九時過ぎ、焼滅光線の時間が過ぎていた。
「なあ、桃華。ビタミンCだけなら、ミカンとかでよかったんじゃないか?」
「だめよ、メディ・アップルを広められないじゃない」
「あ、そうですか」
桃華は、どうしてもメディ・アップルを流行らせたいらしい……。




