73話 集落の食糧事情
エルフがあまり目立っていない気がする。
何でだろう……?
細かい状況を把握するために、エルフの族長と、メルフェレアーナ、篤紫の三人で応接室に移動していた。
青い家の外見と違って、内装は普通の木の色が使われていた。椅子や長机も、木の優しい色合いを使った、落ち着いた感じの物だった。
篤紫は、主賓であるメルフェレアーナの隣に座った。
「お口に合えばいいのですが――」
そう言いながら族長は、ポットに水と茶葉を入れて、外から魔法で加熱させる。それをカップに注いで、三人の前にそれぞれ置いてくれた。
エルフの族長が手ずから淹れてくれたお茶は、薬草の香りがするさっぱりとしたお茶だった。
大広間では、桃華達残りのメンバーが、エルフ達の用意してくれた料理をごちそうになっていた。
「こんな物しか用意できませんが、召し上がってください」
「まあ、美味しそうね。ありがたく頂くわ」
「「「いだきまーす」」」
各々で取り皿を持って、出してくれた料理を取っていく。
急ぎだったからか、振る舞われていた料理は質素な物だった。
山菜の煮込みご飯に、肉の香草焼き、キノコと野菜の炒め物など、殆どが野菜を使った料理だった。野菜にはしっかりと熱が加えられていて、生野菜は一切なかった。
果物も出ていなかった。
聞けば果物の収穫は、森に自然になっている物に頼っていたため、ここ半年ほど満足な収穫ができず、数がほとんど出回っていないのだとか。
それでも急いでいて、ちゃんとした夕飯を食べていなかったので、みんなでありがたく頂戴していた。
……俺たちの食べる分も、残っているだろうか。
ちなみに、族長の家に入る前に、全員変身を解除している。
さすがにコスプレしたまま、族長さんの家に入るわけにはいかないもんね。いきなり服装が替わったため、エルフのみんなが目を丸くして驚いていた。
冷めたお茶を口に運びながら、篤紫は内心頭を抱えていた。
「それじゃ、わたしたちって、霊樹エル・フラウの事で呼ばれたんじゃないの?」
「あの……申し訳ありません。
霊樹エル・フラウで、何か問題が起きているのでしょうか……」
エルフの族長との会話は、まるでかみ合わなかった。
聞けば確かに、メルフェレアーナ宛に救援信号は出したけれど、霊樹エル・フラウとは一切関係がないのだとか。
こういう場面で、情報伝達技術が進んでいない不便さを感じる。
そもそも救援信号を出していた理由が、ここ一週間ほどで、体調を崩すエルフが急激に増えて、対応に心底から困り果てていたからだとか。いろいろ手は尽くしたけれど、原因の究明に難航しているそうだ。
迎えに来てくれたエルフ達も、実は本調子じゃなかったようで、明かりの下であらためて見てみると、みんな顔色がよくなかった。
またエル・フラウの外の状況を知らない理由も、けっこう切実で、聞きながら思わず同情してしまった。
半年ほど前から急に魔獣の数が増えて、森の中が危険になったため、集落の外にほとんど出られなくなったそうだ。外周を囲っている柵も、その頃に急いで作ったため、実は作りが荒いと説明してくれた。
食糧事情はさらに深刻で、森に狩りや採集に行くことも難しくなっていて、ほぼ集落の中で作っている野菜だけで生活をしていたらしい。
「それじゃ、ここ毎日、霊樹エル・フラウが燃えていることも、そもそも知らなかったってことなのかな?」
「はい、メルフェレアーナ様からお話を聞くまで、外のことは何一つ知りませんでした。
メルフェレアーナ様もご存じですが、このエル・フラウ島は、立地的に文明圏から孤立しています。ですから、あまり外に出る必用がなかったのも、知らなかった理由の一つでしょうか。
外ではいったい、何が起きているのですか?」
メルフェレアーナが順序立てて、外で起こっていることを説明していくと、エルフの族長の顔がみるみるうちに青くなっていった。
「つまり、霊樹エル・フラウが、焼滅の危機に陥っているのですか。
もっと早くに外の状態がわかっていれば、集落全体にお触れを出して、魔法の使用頻度を上げていたと思いますが……」
途中で難しい顔で俯いてしまった。
たぶん、無理だと思う。
ここのエルフ達の体調が、万全じゃないと言っていた。
魔族は身体が不調になっている状態だと、実は魔力の回復速度が一気に悪くなる。
この世界は、例え魔力が枯渇していても、気絶したりすることはない。
ただ逆に、食べた食糧を消化して、その上で魔力が回復するため、体調不良が続くと、普段生活に使っている魔法でさえ、あっという間に使えなくなっててしまう。
つまり、ダンジョンに十分な魔力を還元できない。
「もし、外の事情を知っていたとしても、何もできなかったかもしれません」
「いったい何があったのさ」
「はい。先週辺りからですが、集落の全員の顔色が悪くなって、身体の怠さを訴える者が一気に増えました。
いくら食事を取っても改善せず、日に日に弱っていく姿を見て、もうメルフェレアーナ様のお力をお借りするしかないと……」
エルフの族長は、目に涙を浮かべた。
「消化にいいように、米はおかゆにして、野菜も柔らかくなるまでしっかりと熱を通しています。
水も加熱させて白湯にし、煎じた薬草なども積極的に与えるように指示していたのですが、体力のない者から次々に寝込んでいきました……」
嘆いているエルフの族長も、言葉に覇気がない。
メルフェレアーナは机に肘をついて悩み始めた。
「なんかね、なんとなく原因が分かる気がするんだ。きっと食べ物関連だと思うんだけどな」
「そ、それはどんなことでしょうか?」
こういう時は、桃華が頼りになるんだけどな。
篤紫はそっと立ち上がって、大広間に向かった。二人とも、篤紫が動いても気がつく気配すらなかった。まあ、我々はメルフェレアーナのお連れだからね、未だにエルフの族長の名前を知らないし。
「この食事から見るに、果物がないからだと思うのよ」
桃華を見つけて軽く説明すると、すぐに答えが返ってきた。大広間のテーブルに、確かに果物が載っていない。
「あとは、野菜を加熱しすぎだと思うのよね。ジャガイモも無いみたいだから、けっこう深刻かもしれないわ」
「つまり、何が足りないんだ?」
「単純に、ビタミンCが足りていないのよ。
果物は柵の外にある森が頼りだったのでしょう? 篤紫さんの話だと、半年近く果物の供給が底だって言うじゃない。
それにビタミンCは熱に弱いから、野菜もここまで加熱しちゃうと、ビタミンCがみんな壊れてしまうのよね」
「あー、そういうことか」
出されている料理も、しっかりと加熱した野菜ばっかりだった。肉やキノコもあるけれど、確かにビタミンCは含まれていないな。
「ちなみに、いつもみたいに、鞄から出てきたりしないか?」
「もちろんあるわよ」
桃華の足下に、光とともにキャリーバッグが顕れた。中からおもむろに、青いリンゴを取り出した。また、なにもそれを取り出さなくてもいいのに……。
「あ、その顔。この青りんごのこと、軽く見ている顔よね?
このリンゴは見た目は悪いけど、もの凄く栄養価高いんだから。ビタミンCだけなら、レモンにすら勝てるのよ」
どうやら、やぶ蛇を踏んでしまったらしい。
「あー、桃華のお気に入りだもんな。種があったら育ててみるのもいいかもしれないよ」
「もちろんよ、すでにコマイナちゃんに頼んであるわよ」
「まじですか――」
あまりの用意周到さに、乾いた笑いしか出なかった。
「それでこの後だけど、私が族長さんのとこ行って話をするわ。
あと、篤紫さんはダンジョン宝箱を用意して欲しいの」
「ん? そうか、忘れていた。そう言えば作った気もするな」
篤紫も肩掛け鞄から、宝箱を取り出して床に置いた。蓋を開けると、光のエフェクトとともに、宝箱の口から大きなリンゴの木が生え繁った。心なしか、リンゴの木が大きくなっている気がする。
……いやまて、なんでミカンやレモン、他の果実もなっているんだ?
前にもいたリスの親子が、梨とマンゴー(?)を囓っている。なにか、記述魔術を間違えたのだろうか? 後で確認してみよう。
リスが近くに近づいてきたので、桃華が青いリンゴを手渡した。リスは青いリンゴを一通り確認すると、桃華に頷いてから宝箱の中に入っていった。
「おとうさん、それ。ここでやっちゃ駄目だと思うよ……」
夏梛が近づいてきて、そっと篤紫の手を引いた。
そのままつられて振り返ると、大広間で動いてくれていたエルフのみんなが、大口を開けて固まっていた。美形エルフの間抜け面は、さすがに絵にもならなかった。
篤紫は、そっと宝箱を閉めた。
また光のエフェクトとともに、木が宝箱に吸い込まれていく。何事も無かったかのように、鞄にしまった。
未だ動けずにいるエルフ達を尻目に、篤紫と桃華は大広間を後にした。
青いリンゴは、ゴブリンの町で買った物です。
ちなみにダンジョン宝箱は、以前、篤紫が作った物です。
蓋が開いている間は、中に入ることができます。




