71話 エル・フラウ第一階層の森
ダンジョンの中にある森に入ります。
深い森だ。立ち並ぶ木々は、かなり背丈が高い。負けじと、大地から伸びている下木を、慎重にかき分けて進む。
下木といっても、大人の背丈もあれば、立派な障害になる。
さらにダンジョン壁から離れると、あっという間に暗闇に包まれた。
「なんでかね、霊樹エル・フラウのダンジョンは、入ってすぐの場所だけ、いつも明るいんだよ。
そこからちょっと森の中に進むと、急に薄暗くなるんだよね。
ここの時間も外と連動しているみたいで、明るさも一日のサイクルが決まっているんだよ。今は夜だから、いつにも増して暗いかな」
言いながら、メルフェレアーナが魔法で光球を浮かべた。手分けして同じように、明かりの魔法で三つほど、光球を追加して浮かばせる。
木々に遮られて遠くまでは見えないけれど、明かりとしては十分な視界を確保できていた。
メルフェレアーナを先頭に、ゆっくりと森をかき分けて進んでいく。木々に遮られて視界が悪いので、お互いに触れる範囲で固まって進んだ。
光球が木々の間を抜けるたびに、様々な形の影が辺りに流れていく。まるで影絵のような流れに、女性陣が感嘆の声を漏らした。
その明かりに映るコスプレ隊に、篤紫は今日何度目かのため息を漏らした。
これ、まともなのって、自分だけだよね……。
「ねえ篤紫さん、何か失礼なこと考えているんじゃない?」
「あら、そうなの? アツシさん……?」
側を歩いていた桃華とシズカから、すかさずチェックが入った。
だって、ほら……。娘達三人は、魔法ワンドだから魔法少女の姿に変わるのは、何とか理解できる。
でも、刀を所望したタナカさん家の三人は、なんでか羽織袴姿なんだよ。今まで見てきた建物や文化が、現代式や様式だったから、何だか違和感を感じる。
「あの……なんでシズカさん達は、刀を選んだの?」
篤紫の質問に、シズカが少し考え込む。
「……そうね。しいて言えば、伝説の大魔導師が、世界を平定するために使っていたのが、刀と盾だったからかしら」
「なんて、アンバランスな……」
「ええ、確かに。それは言えるわよね。刀は基本的に両手持ちなのに。
刀についてだけど、彼女の直系と言われているマナヒューマンは、昔から刀を種族特有の武器として使っているのよ。
まさか、変身した姿が、季節の祭りに着る衣装になるとは、思わなかったわ。お祭りでは、盾の代わりに鞘を使うのよね」
と言うことは、鞘もニジイロカネで作って良かったのか。
はぐれないように二列になって、より深く繁っていく木々を、かき分けて進んでいく。足下の引っかかりが、少なくなってきた。
「ただ、当の大魔導師本人は、あんな格好だから不思議な物よ。どこかできっと、語り継いできた話が、変わってしまったのかしらね」
先頭を進む、二丁拳銃のアメリカンポリス姿のメルフェレアーナを見ながら、シズカも小さく息を漏らした。
ああ、大魔導師ってメルフェレアーナのことだったっけ。確かに、刀と盾を持っていないな。
そんなメルフェレアーナの動きが、ゆっくりと止まった。
身を軽く潜めて、辺りを見回している。
『ふむ。何者かに、囲まれたようだな。潜んで隠れているようだが、殺意までは隠せていないようだ。
数は、三十は軽く超えているか。奴らの縄張りにでも入ったのだろう』
「うん、そんな感じだね。エルフの集落はまだ向こうだから、この辺に棲んでる野生生物か、あるいはちょっと厄介な魔獣かも」
周囲に四つ浮かべている光が届かない範囲は、今も深い闇に沈んでいる。
耳を澄ませても、聞こえるのは風に揺れて、木々がざわめく音だけか。
自然と、全員が一塊に集まった。
「どうしましょうか」
「先手必勝といきたいところだけど、先に目立っているのはこっちよね」
「何とか、突破口ができればいいけれど……」
向こうもまだ動く気配がない。
風に吹かれて、木々がこすれる音だけが、しっかりと耳に届いている。
篤紫は、魔道銃を取り出して魔力を込めた。
みんなもそれぞれ、得物を取り出してて構えた。……あの、桃華はどうしてキャリーバッグの持ち手を持っているの?
もしかして、いつの間にか武器は、キャリーバッグなの?
「ね、明かりを増やしてもいいかな?」
真ん中にいる夏梛が、小声で呟いた。
『夏梛よ、多少明かりを増やしたところで、全体を明るくせねば、意味がないであろう。
下手な明かりは、逆にこっちが不利になりかねんぞ』
「大丈夫だよ。あたしには必殺の魔法があるんだから。ナナちゃんオルフのだっこ、お願いね。
それじゃ、いっくよ……」
「えっ、駄目だよ。夏梛、待ってよ。危ないから――」
メルフェレアーナが慌てて手を振る姿を横に、夏梛が魔法を発動させた。
夏梛が上に掲げたワンドの先から、大量の光の粒が生まれる。
光は、弾けるように四方八方に広がって、遙か遠くまで飛び散り、木々に吸い込まれていく。
木々が光り輝く。
「うわ、すごい――」
まるで真昼のように、辺りが明るくなった。
光源は、立木そのもの。見える範囲にある全ての木が、根元から葉っぱの先まで光り出す。
「えっと、たぶん三十分くらい? 光ってると思う」
「あら。さすが夏梛ね、さっきと違って周りがよく見えるわ」
『アアアァァァ――』
あちらこちらで、何かが悲鳴を上げた。ドサリドサリと、地面に落ちる音が聞こえてくる。
「光。ちょっと、遠くまで飛ばし過ぎちゃったかな……」
夏梛が、苦笑いしながら頭上に向けて、魔法ワンドで生成した石の槍を、シュッと投擲した。
『ギャアアアァァァ』
何かが木の枝を揺らしながら、すぐ側の地面に落ちてくる。
大人ほどもある大きな猿が、胸を貫かれて絶命していた。流れ出した血が、光りながら地面を染めていく。
光っているのは、木だけじゃないようだ。周りを見回せば、そこかしこに潜んでいた大猿たちもが、光り輝いて目立っていた。
標的が光っているから、そこからの動きは早かった。
樹上にいた大猿たちは、魔道銃と遠距離魔法で、次々に打ち落とされていく。地面で木陰に隠れていた大猿は、駆け出した近接三人に、次々と切り伏せられていった。
大猿たちが動く暇もなく、再び森は静まりかえった。そもそも明るさに視界が奪われ、動く気配すらなかった。
「しかしこれは、派手な魔法だな。ははっ――」
魔道銃をホルスターにしまいながら、篤紫は光っている自分の手を見た。思わず口から、乾いた笑いが漏れる。
そう、実は自分たちも、同じように光っていたのだ。夏梛が使った魔法は、全てを光らせる魔法だった。
あらためて見回すと、明るくなって見えるようになった森は、まさに大樹林だった。
奥に向かって、木がどんどん高く、太くなっているように見える。下木も大きくなっているからか、少し屈んだだけでけっこう先まで見える。
絶命した大猿は、流れた血も真っ赤に、キラキラと輝いていた。
なんだろう……たぶん、夏梛やりすぎ。
「今のうちに、大猿の死体を片付けましょう」
タカヒロとユリネが中心になって、地面に大きく開けた穴に、大猿を放り込んでいった。
シズカの口から、この子達美味しくないのよね、と言う声が聞こえる。
篤紫も、時折こみ上げてくる吐き気を押さえながら、大猿を引きずって穴に転がした。やっぱり、まだ死体には慣れない。
いやそもそも、初めて見る生の死体かもしれない。
桃華と夏梛も、青い顔をしながら一生懸命運んでいた。
きっかり三十分。明るかった森は、再び暗闇に包まれた。
あらためて光の玉を浮かべて、慎重に奥へと歩みを進めた。
出発してから三時間は経ったか。休憩を挟みながら、ゆっくりと進んできた。ニジイロカネ魔道具で変身しているおかげか、身体の疲労は殆ど無かった。
ただ、身体には傷を負わないとはいえ、精神的にはけっこう疲れた。
あれから何度か、野生動物と魔獣の襲撃に遭った。
中には食用の動物と魔獣もいたので、タナカ家三人の解体を見ながら、ゆっくりと命を奪う現場に気持ちを馴染ませてきた。
とはいえ、さっそく慣れることは、そもそも無理だよね。何回も口を押さえて、目も逸らした。
ある程度の肉塊になれば、それほど忌避感はなかったけれど……。
桃華は、新鮮な肉が手に入ったと、喜んでいた。意外と女性の方が強いのかもしれない。
既に大きくなって、樹になった下木を抜けて、その向かう先に、やっと明かりが見えてきた。
先頭を歩いていたメルフェレアーナが、ポケットから笛を取り出して、口に当てた。
『リリリリリリリィィ――――』
鈴の音に似た音が、森に響き渡る。
「ちょっと待ってて、たぶん迎えが来ると思う」
遠くにぽつぽつと光の玉が増えて、徐々に大きくなってきた。
暗いからはっきりとは分からないけれど、けっこうなスピードで走って来ている様に見える。
「メルフェレアーナ様、お待ちしていました――」
光の玉を浮かべたエルフが、十人ほど駆けてきた。メルフェレアーナの前まで来ると、一斉に跪いた。
緑色の長い髪が、照らされた光に揺れる。着ている衣服も、森に澄むエルフらしい、緑色を基調とした、すらっとした物を着ていた。
「あ、もう。いつも言ってるけど、普通にしてくれないかな。
そんなに大げさに傅いたりしないでよ」
「は、ありがたきお言葉……」
顔を上げれば、美男美女ばっかりだった。確かにこれは、人間族に狙われそうな容姿だ。
華奢でスレンダーな体つきも、エルフらしさを強調していた。
……っていうか、エルフか。
「族長がお待ちになっています、どうぞこちらへ――」
そのエルフたちに案内されて、暗闇の先にある光の元。エルフの集落に向かった。
普通のエルフが登場しました。
はっきりとした描写は、今回が初めてかもしれません。
この世界には、地域によって多種のエルフがいます。
ここにいるのは、次回のサブタイトル、ウッド・エルフになります。




