68話 エル・フラウ島
次の舞台は、エルフ達がいる島です。
土砂降りの雨が降っていた。
ちょうど海岸に近づいたところで、それまでの雨が嘘のように止み、午前中の焼滅光線が差し込んできた。
海岸線の真上から見たエル・フラウ島は、酷い有様だった。
ブロッコリーの様に見えていた物は、大きな樹だった。その大樹が、光線に当てられて、激しく炎上していく。メキメキと言う派手な音ともに、焼けただれた枝が、重さに耐えきれずに折れていった。
海は一瞬で干上がり、海底は結晶化した塩で、一面真っ白に染まる。塩はそのまま熱で茶色く溶けていき、海底の深いところに流れていった。
その海底も、既に何回も焼滅光線に当てられているからか、表面が溶けて硬化している。考えてみれば、海辺に来たのは初めてだった。
焼滅光線が照射されるたびに、海の水が一時的に干上がっているのだろうか。来るときは豪雨でしっかり見えなかったけど、焼滅光線が照射する前は、確かにそこに海水があったはず。
『海岸に、コマイナを着陸させますね』
そう告げながら妖精コマイナは、溶けて滑らかになった砂浜に、ゆっくりと着陸させた。
「海辺ってこんな状況になっているんだね、万年を生きてるけど、初めて見たよ。こんなのひどすぎる……」
モニター越しに外を見ていたメルフェレアーナが、苦い顔をしながら吐き出すように呟いた。そのまま篤紫の向かいのソファーに座った。
焼滅光線の時間は、外に出ることができない。
燃え上がる大樹を見ながら、時間が過ぎるのをただただ、待つしかなかった。地面に生えていた木々は、ある木は炭結晶化し、ある木は燃え尽きて真っ白な灰になっていた。
「レアーナ、ここに本当にエルフがいるのか?」
「いるよ、あの大樹の下がダンジョンになっているんだよ。エルフ達は人間族に特に狙われていたから、ここに隠れて住んでいるんだよね。
ここまで辺鄙な北方の、夏以外が氷点下になるような場所に、わざわざ住む選択をしなきゃ、エルフは人間族に狩られ放題だったんだから」
珍しくメルフェレアーナが、感情的になっている感じだった。
どこまで、人間族は腐っているのだろう。聞いているだけで、腹が立ってくる。
「つまりここは、ダンジョンを基準にした都市なのか。具体的に、どういう感じの都市なんだ?」
「ここは今は、見ての通り炎上している、霊樹エル・フラウの幹が、空洞化したダンジョンになっているんだよ。
地上に広げた大樹の葉で日光を受けて、それを魔力に変換してダンジョンを維持しているんだ」
「え、葉っぱ、燃えて無くなってるよ?」
霊樹エル・フラウは、篤紫が見ている前で灰になって、地面すれすれの幹を残して全て焼滅してしまった。
恐ろしく巨大な樹なんだな、幹だけで島の半分を占めている。炭化結晶化した木々の隙間から、ぽっかりと空いた空間が見える。
「見てて、霊樹が復活するよ」
消滅光線の時間が終わり、ぽつりぽつりと降り出した雨は、瞬く間に豪雨に変わった。嵐のように降り突ける雨は、結晶化した地面を伝って、海へと流れ込んでいった。
モニターが揺れている。
正確には、映っている島が揺れていた。幹が淡く光を放ち、徐々に上に向かって伸びていく。エル・フラウ島に響く音だけが、コアルームに響き渡る。
百メートル近く伸びた幹から、たくさんの枝が伸びていく。枝は雨に打たれながら、次々に細分化していき、たくさんの葉を広げた。
雨が止む頃には、元の大樹、霊樹エル・フラウがそこに立ち戻っていた。
「すごい。でも、これじゃ……」
「うん、昼間のうちはまだ失った魔力を、ある程度補充することができると思う。でも、一日二回焼き尽くされて、どんどん魔力のストックが無くなっていってる。
いずれは、ダンジョンが維持できなくなるよね……」
篤紫は口を開けて、次の句が継げなかった。
太陽の消滅光線が始まってから、結構長い時間が経過している。この大樹は、その間ずっと、燃やされては再生してを繰り返してきたのか。
これは確かに、いつまで魔力が持つのかわからない。
「それでごめん、篤紫たちはここで待ってて貰ってもいいかな?」
立ち上がったメルフェレアーナの言葉に、篤紫は目を見開いた。
「いや、待てよ。俺も行くよ、補充する魔力がいるだろう?」
「あー、そなんだけどね。篤紫たちって、飛べないよね」
「空をか? そりゃ無理だけど……」
「エル・フラウの入り口まで、飛んでいっても三時間はかかるんだよ。
もし徒歩で行ったとしたら、間違いなく途中で、次の消滅光線に焼かれちゃうよ。それを分かっていて、一緒に行ってなんて言えないよ」
メルフェレアーナは泣きそうな顔で、無理矢理笑っていた。
ふつふつと、怒りが湧いてきた。
ここまで来て、指をくわえて待っていろと?
確かに、自分たちは非力かもしれない。でも、魔力だけなら膨大な量を秘めている。絶対に無駄にはならないはず。
「いや、連れて行けよ。っていうか、行くからな」
「駄目だよ。篤紫たちを危険に晒せない――」
『話は聞かせて貰ったぞ』
篤紫とメルフェレアーナの動きが止まった。
開け放たれた南の扉から、夏梛に抱きかかえられたオルフェナが入ってきた。続いて、桃華とナナも部屋に入って来る。
「はい、これ朝ご飯よ。まだ食べていないのでしょう?」
「お、お義父さん。可愛い杖、ありがとうございます……」
徹夜で作った杖を、ナナが大事そうに抱えていた。そういえば起きたら渡すように、桃華に頼んであったんだ。
ナナのはにかむ様な笑顔に癒やされて、篤紫は少しだけ落ち着きを取り戻した。
『外に出るなら、我に乗ってゆけばいいだろう?
レアーナが飛ぶよりは遅いかもしれんが、消滅光線程度ならば、余裕で防げるぞ』
「そうだよ、レアーナお姉ちゃん。一人だけ格好付けようとしても、駄目なんだからね」
桃華に広げて貰った朝食をありがたく頂きながら、篤紫はメルフェレアーナを見上げた。
さっきサンドイッチを食べたなんて、言えるわけないじゃないか。
「ほらな、絶対に付いていくからな」
「篤紫さん、ご飯食べながら喋るのは、マナー違反ですよ」
桃華に怒られた……。
コップに、温かいお茶が注がれる。
『今から急いで行っても、それほど事態が急転するわけではない。これからしばらく日に照らされるだろうから、霊樹には魔力が補充される。
だが、急いで行こうとするに、何か他に理由があるのだろう?
さしずめ、ダンジョンマスターの問題か』
「うん、オルフェナちゃんの言う通りかな。
あの霊樹エル・フラウのダンジョンは、エルフがダンジョンマスターじゃないんだよ」
ソファーに座り直したメルフェレアーナは、両手で顔を覆った。
篤紫は切り分けた目玉焼きをハムに巻いて、口に運んだ。トーストされた食パンには、たっぷりと蜂蜜が塗られていた。
「とりあえず、みんなで行けばいいわね。
シズカさんにユリネさん、タカヒロさんとカレラちゃんも呼びましょうか。みんなで行けば何とかなるわよ」
桃華の言葉に、メルフェレアーナがバッと顔を上げた。
「駄目だよ、ここのダンジョンはいままでの緩いダンジョンじゃ無いんだよ?
昔ここにエルフ達を連れてきたとき、やっとの思いで一階層だけ入植することができたんだよ。たぶん今でも、不干渉を続けているはず。
そうでなきゃ、わざわざ救援要請が来るわけないよ」
メルフェレアーナは立ち上がって、腕を大きく広げた。
「相手はドライアド、強力な樹の魔獣だよ。
今までみたいに、話し合いで済む相手じゃないんだから――」
「大丈夫よ、何とかなるわ」
桃華は両手でそっと、メルフェレアーナの顔を包み込んだ。
「こっちには魔法少女がいるんだもん、絶対に負けないわ」
メルフェレアーナが、口をパクパクとさせたまま、その場に固まっていた。
まあ、当然だけど、意味が分からないよね……。
篤紫は、大きなため息をついた。
魔法少女……何の話でしょう?




