64話 修理失敗?
管理室にいって修理しますが……
魔石灯が照らす階段を下った先は、だだっ広い部屋だった。
部屋の真ん中には、溶鉱魔炉の下部分が天井から床に抜けて建っていた。
『こっちだよ、篤紫。ここの板に溶鉱魔炉を動かす魔術が書かれているんだけど、何書いてあるかさっぱり分からないんだ』
ルルガに案内された先は、溶鉱魔炉から少し離れた場所だった。地面から伸びた太い柱の上に、大きな鉄の板が斜めに乗っている。
これは溶鉱魔炉の一部なのだろう、柱が綺麗に赤く染まっていた。
「この部屋が管理室なのか?」
『そうだよ、管理って言っても魔石がけっこう早くなくなるから、普段は魔石を持ってきて溶鉱魔炉に入れる管理だけだよ。
あとは起動と停止のレバーがあるだけかな?』
ルルガは溶鉱魔炉まで行くと、側面にある蓋を開けた。
とすると、蓋の横にあるレバーだけで起動と停止を制御しているのか。
篤紫は一旦、溶鉱魔炉に近づいて周りを一周見てみる。特に、魔術文字が書かれている様子はなかった。
念のため、魔石を投入する蓋、さらに中も覗いて見るも、何も書かれていない。
「つまり、問題が発生したのは、鉄の板がある方か」
『そうだと思うよ。オレは詳しくないから、ちらっと見ただけでそこは触っていないんだ。
それにここには誰も来ないし』
本体は問題ないとして、鉄の板を見てみることにした。
「んー、えらい錆びているな……」
何故ここを鉄にしたのだろうか。ドワーフは先のことまで考えていなかったんじゃないか?
最初、柱と一緒に鉄の板も赤く染まったのだと思っていた。でも実際には、ただただ赤錆びで表面が覆われていただけだった。
「なぁ、ルルガ。これっていつから錆びてるんだ?」
『篤紫ちょっと待って、そもそもサビって何なのさ?』
あー、なるほど。
この世界では、鉄が錆びるという認識がないのか。ただ、これがゴブリンのルルガだから、なのかは分からない。
少なくとも、錆びて文字が消えかかっているのが、一番の原因のようだ。
篤紫は、ため息をついた。
「錆を取るには、クリーンの魔法でいけるのだろうか」
『何となくだけど、磨けばいいんじゃないか? 上に行って道具を取ってこようか』
「いや、とりあえず魔法で試してみるよ」
鉄の板に魔法をかけると、一瞬輝いた後に、流れるように錆が落ちていった。錆は床に落ちる前に、光の粒になって消えていった。
久しぶりに魔法を使った気がする。
自宅として使っている白亜城には、妖精コマイナに頼んでお風呂を設置してもらったから、クリーンもしばらく使っていない。
他にも魔導水道に魔導コンロ、魔石灯……魔道具の方が、気楽に使える。
魔法は使えるけど、習慣がないからどうしても魔道具に頼ってしまうわけで、だからいつまで経ってもまともに魔法が使えないのかもしれない。
『その魔法すごいな、篤紫が編み出したのか』
「これは、生活魔法の魔道具を使って憶えたんだよ。ルルガ達は、普段の生活で魔法を使わないのか?」
『オレはさっきの、ドワーフが使っていた家に色々魔道具があるから、ほとんど魔法使ってないな。
他のゴブリンも、水は湖から汲んできてるみたいだし、薪も地下二階のコボルト達から買っているよ。
服が汚れたら洗えばいいし、体だって水浴びすれば済むかな。
魔法は、外敵から身を守るためにしか使っていないな』
「なんか、そういうのいいな」
あるものを使って、その範囲で生活していく。当たり前のことだけれど、何か羨ましいと思ってしまった。
それにここのダンジョンは、異種族で本来なら縄張り争いで敵対する相手であっても、仲良く手を取り合って暮らしている。
地球だったら考えられない関係だ。
『グギャ? そうでもないぞ、けっこう不便だし』
唇を突き出して眉をひそめているルルガを見たら、思わず吹き出してしまった。
錆が取れた鉄の板は、滑らかに磨かれた表面が光り輝いて見えた。
板の真ん中には、溶鉱魔炉の図面が描かれていて、それぞれの部位から引かれた線の先に魔術文字が描かれていた。
一番下に箇条書きされているのが、全体の制御をするための魔術文なのだろう。
思わず感嘆のため息が漏れる。
魔術にこんな使い方があるなんて、想像すらしていなかった。
接続されていれば、図面指定でも魔術が発動するのか。確かに、魔法現象を起こすのがナナナシア星のコアだから、コアが理解できる状態になっていれば問題ないのかもしれない。
「これは、かなり効率が悪い術式だな」
『グギャ? 篤紫には何が書いてあるのか分かるのか?』
「ああ、基本的に英語の単語が羅列されているだけだからな。おそらく、もっと具体的に記述すれば、かなり動作が改善されるはずだよ」
『エイゴ? 篤紫はたまに知らない言葉使うよな。やっぱりメルフェレアーナさんが認めるだけのことはあるんだな』
「あー、ははは」
しまった、つい癖で英語って言ってしまった。魔術言語だな。
気を取り直して、左手にスマートフォン、右手に紫の魔道ペンを握ると、溶鉱魔炉の改良にとりかかった。
「ここの、魔力付加値って、変更してもいいのかな?」
『それをオレに聞くか? さっき篤紫が捏ねた魔鉄ができれば、問題ないぞ』
「そういうことなら、この数値は原材料によって変わるようにしないと駄目だな。素材の性能が安定しないと、いい物が作れないぞ?
ここは、元の材料によって性能にばらつきが出ないように、自動判別にしておくな」
『そういうもんなのか。それで頼むわ』
「この、魔力伝導効率ってのは?」
『あ、それならオレも分かるぞ、かなり重要だな。
捏ねて形成するときの、イメージの再現性に影響があるぞ。細かい造形を作るためには、少しでも高い方がいいかな。
あとは、単純に仕上がりの強度も変わってくるよ。魔鉄の純度が違ってくるんだと思うんだ。
でも魔鉄なんて、せいぜい五パーセント位しか伝導率ないんじゃないかな。有名なミスリル銀でさえ、三十パーセントだって言うし』
「わかった、これも自動判別にしておく」
『もしかして、伝導率百パーセントの魔鉄ができたりしてな』
「はははは、まさか」
「この魔力保存値は、俺にも分かるぞ」
『なんだよ、オレにはわからないぞ? 説明頼むよ』
「文字通り、素材に魔力を貯めることができる容量値かな。
例えば、この収納鞄とかがいい例だね。空間拡張の維持のために、魔術で魔力を貯めるようにしてあるんだ。そうしないと、魔力が切れた途端に袋が破裂しちゃうんだとか。
その点、素材自体に魔力が貯められるなら、魔剣が打てるぞ」
『いいな、魔剣! 確かに伝説の魔剣が、そんな希少素材使ってるらしいぞ。それがお手軽にできるなら、世界が変わるなんてもんじゃない』
「よし、これも自動判別な」
『いいねいいね、やっちゃえ篤紫』
「あとは、追加のプレートで、色々な数値を手動入力できるようにして、完成かな?」
『すげえな、ほんとうに直ったのか。考えられないよ』
「これは後で上の壁面に付けるよ。手元で細かい数値を操作できた方が、何かと使いやすいはずだからな。
それから、魔石が少なくなったときも、このプレートに表示されるよ」
『それはありがたいな、いつも突然動かなくなって、慌てて魔石入れに行っていたからさ』
溶鉱魔炉に魔石を入れる様子を見ながら、大昔のドワーフが持っていた技術力に今さらながら感動していた。
今は下の部分しか見えないけど、本体のどこにも継ぎ目がない精緻な作りだ。そもそも、この大きさの物を作れる技術力は、素直にすごいと思う。
鉄は溶かしてゴミを分離した鉄を、加熱して初めて加工できる。
それが、ここには必要ない。
硬かった鉄が、魔力で粘土状に柔らかくなる。
それを好きな形に形成して、仕上げにミスリルのハンマーで叩くと、一瞬で硬化するのだとか。まさに、魔法の神秘だ。
それをここまで大きくして、作業効率を上げた。
この設備が争いの種になるのは、当然のことかもしれない。それに、素材の原鉄がダンジョンから採れるわけだ。
『篤紫、準備できたよ』
ルルガが笑顔で手を振ってきた。
手元の第一起動スイッチを入れて、手を振り返す。それをうけてルルガが、第二起動レバーを動かした
キイイィィィン――――――。
甲高い音とともに、溶鉱魔炉が起動した。音とともに本体が淡く輝く。
「よし、ちゃんと動いたな」
『上に行って、精製できているか確認しよう!』
作業場に戻ると、赤い溶鉱魔炉が淡く輝いていた。
ルルガが鍛冶場からトレーを持ってきて、排出口の下に置いた。そして、ゆっくりと開閉レバーを操作した。
『グギャッ?』
「なん……だと……?」
排出されて出てきたのは、虹色に輝く謎の金属だった。
謎金属が生成されましたが……。
すこし、やり過ぎたようです。




