62話 異文化交流
ゴブリンのルルガさん家に向かいます。
ルルガに案内されながら、大通りを進む。
歩きながら眺めてみても、そこに居るのはゴブリンだけだった。それも、見える範囲だけでかなりの数がいる。
大通りは商店街になっているようだ。
馬車などが通らないのだろう、道の真ん中には露天が連なっている。近くの露天では、ゴブリンの店員がいて普通に果物を売っていた。
不思議な感覚だ。他にも店舗になっている建物で、普通に商売をしている。ゴブリンが、だ。
当然、買い物をしているのもゴブリン。道で談笑しているのもゴブリン。見渡す限りゴブリンの、ゴブリンタウンだ。
『いらっしゃい、おや珍しいお客さんだね。今朝方、下のダンジョンで採ってきた、採れたてのリンゴだよ。銅貨一枚だよ』
興味が湧いて露天を覗いてみると、そのおすすめのリンゴは、青い色のリンゴだった。どう見ても毒リンゴに見える、毒々しい色のリンゴ。
「そのリンゴ、もらえるかしら?」
『はいよ、まいどありっ』
「ちょっ――」
横で覗いていた桃華が、銅貨一枚を払って青いリンゴを買っている。篤紫は伸ばしかけた手のまま固まった。
桃華はそのまま、リンゴにカプリと齧り付いた。中は、赤い果実のようだけれど……。
「あら、美味しいわね。食感はリンゴだけど、味はブルーベリーに近いわね。
もし良かったら、他のもいただいていいかしら?」
銅貨を渡しながら次々に味見をし、気に入った端から購入。見ている間に露天に並んでいた殆どの果物が、桃華のキャリーバッグの中に消えていった。
『ありがとうな。こんなに買ってくれたのは、お嬢さんが初めてだよ。
あんた、ゴブリンが売っている物でも、物怖じしないんだな』
「うふふ、当たり前じゃない。本物を売っている人に、悪い人は居ないわよ。それが例え、ゴブリンさんであっても、美味しいは正義なのよ」
『違いない。人間族にしちゃ珍しいけどな』
遠巻きに様子を伺っていたゴブリン達も、みんな笑顔になって話し始めた。耳に入ってくる言葉は、好意的なものが多い。
『さすがメルフェレアーナさんの友達だな。オレでも分かるぞ、街の空気が変わったな』
ルルガがわざわざ戻ってきて、嬉しそうにメルフェレアーナを見上げている。
当の桃華は、次々に露天を覗いては、ほぼ片っ端からものを買っている。
夏梛が大きなため息をついいるのを見るに、いつもの光景なんだろうな。桃華に付いて一緒に露天を覗いているナナも、嬉しそうに顔をほころばせている。
「モモカさん、すごいですね。さっきまでの殺伐としていた空気が、一気に柔らかくなったじゃないですか。
彼らにとってみれば、我々は完全に異種族の敵ですからね。この流れは、すごくいいですね」
「モモカって、意識してやっているんじゃないかしら?
さすがの私も、これはすごいと思いますよ」
タカヒロさんと、手を繋いでラブラブ状態のユリネさんまで、桃華の評価を上げてきた。
どうなのだろう、天然じゃないのかな?
篤紫は、首を傾げた。
『狭い家だけど、お茶淹れるから飲んでいってくれよな』
ルルガの家はなかなか大きな家だった。玄関は人間基準で作られていたので、特に屈まずに入れることができた。
もしかしたら、この家は元からこのダンジョンにある家なのかもしれない。
道中、ゴブリンが建てたと思われる家は、玄関の高さが胸の辺りまでしかなかった。普段ゴブリンが使うのならば、ドアは低くても問題ない。
「ここって職人街じゃなかったっけ? ルルガが古株だから、この家を使っているのかな?」
メルフェレアーナが、物珍しそうに周りを眺めながら出されたお茶に口をつけた。
「あ、なにこれ。めちゃめちゃ美味しいじゃん」
ローテーブルに、人数分のコップが並べられ、緑色のお茶が注がれた。口元に運ぶと、緑茶のいい香りがした。
あらためて、ゴブリンの文化度の高さにびっくりする。
『ははは、そう言ってもらえると嬉しいよ。
ここは以前は、ドワーフの家だったと思うんだ。メルフェレアーナさんにこのダンジョンをもらってから、キングに割り振られたんだ。
オレって手先が器用だからさ、鍛冶任されたんだよ』
ドワーフが使っていたと言われて、あらためて家の中を見回してみた。
確かに調度品の配置が低く、ゴブリンにもちょうどいい高さのようだ。床張りのレンガは隙間無く並べられていて、ドワーフの職人気質を感じた。
玄関の間口が高いのも、ドワーフが人間相手に商売していたからなのだろう。
『ところでメルフェレアーナさんは、これからどうするんだ? まさか、オレらに会いに来たってわけでもないんだろう?』
「あー、それなんだけどね――」
考えてみれば、ダンジョンに冒険をしに来たんだった。
でもこの分だと、文化交流をして終わりじゃないかな。
メルフェレアーナにも想定外だったのだろう。ダンジョンコアを託したゴブリンキングが、普通に成長して文化的な生活をしていた。
ファンタジーだと、敵モンスターの代表格のゴブリン。その面影が一切無い相手とは、さすがに戦えない。
『そういう理由だと、階下も無理だな。地下二階はコボルトが林業やっているし、地下三階はオークが豚の畜産やっている。
それより下も、喧嘩にならないようにって、魔獣ごとに区画分けして平和に交流してるからさ』
思った以上に、カオスな状態なのか……。
少なくとも、メルフェレアーナがダンジョンコアを託したゴブリンキングは、いい仕事をしているようだ。
「もしかして、ノーライフキングのせい?」
『ああ、みんなあいつに追われて、ここに逃げてきたクチさ。
と言っても、来た時点である程度知恵を持っていた奴に限るけどな。生粋の魔獣は今でも普通に、外で野山を駆けまわってるんじゃないか?』
「ここの方々が襲われたのは、どういう理由からですか?」
横から、タカヒロさんが疑問を挟んできた。
『ノーライフキングが自分の配下に、知恵が高い個体が欲しかったんじゃないか?
たまに一階まで偵察に行ってるが、ここ二、三年はえらい外の空気が変わったから、きっと何かあったんだろうが』
ああ、時間の流れが違う事の弊害か……。
「時間魔法、解除しとかなきゃだ……」
メルフェレアーナが、ぼそっと呟いていた。
「そうなると、ここの方々との交流も考えないと行けませんね」
タカヒロさんが腕を組んで考え始めた。
今までコマイナが廃墟だったから、ここに影響はなかったけれど、これからはコマイナに人が増える事が予想できる。
そうなったときに、先にこのダンジョンを認知しておかないと、後々大きな問題に発展するのは、簡単に想像できた。
『なあ、さすがに状況が分からないんだが。誰か詳しく説明してくれないか?』
新スワーレイド湖国の代表として、タカヒロさんとユリネさんが話をする中で、ルルガも頭を抱え始めた。
『ちょっと待っててな、キング呼んでくるわ』
そう言うとルルガは、慌てて外に走って行った。
『あ、てめぇメルフェレアーナ。そんな面白い話からオレを外そうって、考えてるわけじゃねえだろうな。
反対はしねえが、侵略だけはするんじゃねえぞ』
相変わらずいい笑顔のゴブリンキング――名前もキングらしい――が、酒瓶を片手にルルガの家に入ってきた。座っている面々を見て、さらに笑みを深くする。
『もう、キングもちゃんと話を聞いてくれよな。どう転んだって、キングがここのダンジョンのマスターなんだからさ』
『うるせえよ、ルルガ。お前は黙ってないで、オレを言うこと聞かせてりゃいいんだよ。マスター欲しいならお前にやるわ、もってけ』
『ああ、もうっ! 魔力足りないから無理だよ。せいぜいが、ここの溶鉱魔炉を動かす程度が精一杯だよ。
それすらも、最近調子悪いから魔鉄精製できないんだから』
溶鉱魔炉に魔鉄精製か。なんか、楽しそうなワードが出てきたな。
『そんなん、メルフェレアーナが何とかできるだろう。な?』
「あー、むりむり、わたしの専門外だよ。
でも、ちょうどここに、専門家が来てるから何とかなるはずだよ」
メルフェレアーナは篤紫を指さして、ニッと笑った。
全員の視線が篤紫に集まった。
ダンジョンの中は、もの凄くカオスだったようですね。
どうもこの世界の魔獣は、少し特殊みたいです。個人的には、人間が一番怖いと思っているんですよね。
次回、溶鉱魔炉の様子を見るようです。




