60話 アイアン・ダンジョン
さあ、ダンジョンに入りましたよ
ダンジョンの前にある門をくぐると、大図書館と同じように体が重くなった。まるで水の中を歩いて進むような、そんな感覚だ。
時間差の調整。確か、そんな説明を受けた気がする。
それだけ、時間の壁は重いのだと感じた。
程なくして、洞窟の中に体がスッと入り込んだ。
洞窟の内部は、明るかった。
自然の光にはない、何となく不思議な光が天井や壁だけでなく、床からも発しているようだった。
「一階はね、この待機所だけなんだ。
基本的に、ここにキャンプを張って、長期間の探索に挑むんだけどね。今回は、篤紫がいるからキャンプ、いらないんじゃないかな」
メルフェレアーナが手に持った剣を振り回しながら、先導して進んでいく。
直径にして三十メートル程の空間だ。平らに均された床は、妙に金属質だった。それが光っているのだから、ダンジョンは不思議だ。
入り口とちょうど反対側の壁に、地下へと続く穴が空いていた。
「ねえ、レアーナお姉ちゃんは、どうしてずっと手に剣を持ったままなの?」
同じように棒を持っている夏梛が、メルフェレアーナの横に並んだ。
いつの間にか、カレラちゃんも棒を持っている。二人とも、来るときに拾ったものだ。
「そりゃもちろん、ゲームの勇者がみんな、手に剣を持ったまま冒険していたからだよ。それにこの方が、冒険しているっぽいと思わない?」
「えー、それはなんか、違うと思うんだけど……」
大人達はみんな手ぶらだった。オルフェナは、今日はナナが抱きかかえている。
どのみち、魔法を使うには得物が必要ないから、手ぶらの方が何かあったときに動けるのかもしれない。
「ところで、このダンジョンは、何が産出されるのでしょうか」
「ここはね、基本的に鉄が出るだけかな。ただ混じりっけなしの純鉄が出るから、ドワーフの鍛冶師に結構人気があったダンジョンだよ」
それが、なんでわざわざコマイナの中にあるのだろうか?
「ここにあるのは、何かしら理由があるのですか?」
「人間族がね、争いの種にしていたんだよ。
ここの鉄はダンジョン産だから、若干の魔力を含んでる。これで道具を作ると、魔石との相性がいいんだ。
そういう理由から、国同士で権利の奪い合いをしていた。だから、わたしが取り上げたんだ。
ダンジョンコアさえ移動すれば、そこはただの穴蔵になっちゃうからね」
メルフェレアーナは悲しい顔を浮かべた。質問していたタカヒロさんも、思い当たる節があるのか真剣な顔をしている。
「ちょうどね、ここに洩って来たらゴブリンキングがいたから、ダンジョンコアの管理をお願いしたんだよ」
「はっ? ゴブリンキング?」
やはり、初っぱなから話がおかしい。
ゴブリンキングと言えば、ファンタジーじゃ厄介な敵として、序盤から中盤にかけて主人公たちの壁として立ちはだかることが多い。
それが、管理している? 何かの間違いじゃないのか?
『ギャッ』
次の階に続く穴から、ゴブリンが顔を出した。
緑色の肌に尖った耳、顔は小さめの童顔だ。とくに醜くなく、服装も黒っぽいシャツにズボンを履いている。妙に小綺麗だ。
「――っ、ゴブリン!」
メルフェレアーナ以外が、一斉に警戒して腰を落とした。
緊張が走る中、当のゴブリンは首を横に傾げた。
……敵意がないのか?
『ギャッ、メルフェレアーナさんじゃないか』
ゴブリンは嬉しそうに笑うと、普通に話しかけてきた。なんだろ、片言でもないし、普通に会話ができるのか……。
「えっと、君はナニ君だっけ?」
『ルルガだよ。
メルフェレアーナさんズルいよ。ゲームで勝ち逃げするから、あの後キングが大変だったんだから』
頬を膨らませて、笑顔で抗議してきた。やっぱりイメージと違う。
「しょうがないよ、あの時は忙しかったんだ」
『今回だって、二千年ぶりくらいじゃないか、もうキング、メルフェレアーナには、鉄の供給してやらないってぼやいていたよ』
「えっ、待って待って、そもそも供給されてないよ」
『たぶん、寂しいんだと思うけどな。唯一の喧嘩友達だったからさ』
話の流れも、なんかおかしいし。
当然、全員が動きが止まったままだ。話について行けない。
「レアーナちゃん? この子は、敵じゃないのかしら。さっき話にあった、ゴブリンなのよね?」
桃華が、構えていた銃をしまいながら、メルフェレアーナに声をかけた。
そういえば……銃の使い方を説明していないな。違う意味で危なかった。
「ゴブリンは、魔獣の一種なんだけど、普通にお話ができるよ。
魔物として襲ってくるのは、レッサーゴブリンかな。それでも近くにゴブリンが居ると、ゴブリンに従う習性があるよ」
「それはなかなか面白い生態ね。そもそも、魔族と魔獣の違いって何なのかしら。うちのナナも魔獣の扱いだったわよ」
それは俺も気になった。
ナナのソウルメモリーを作ったときも、種族欄はマナフォックスの後に、魔獣と書かれていた。
そう、種族のくくりが少しややこしい。
今まででわかったことが、この世界には四つの大きな種族の区別がある。
まず、自分たちの属している魔族。それから人間族。
動物は、体内に魔石がない生き物が該当しているそうだ。
完全にグレーゾーンなのが、魔獣なのだけれど……。
「魔族と魔獣の違いは、進化するかしないかだけかな。
例えばさっきのレッサーゴブリンだけれど、経験と時間の積み重ねで、ゴブリンに進化することができるんだよね。
レッサーゴブリンのうちは、全く会話ができないから、単純に知恵が付いたから、進化したとも考えられるかな」
そういえば、目の前のゴブリンも二千年ぶりとか言っていなかったか?
時間の桁が、何かおかしい気がする。
『なあ、メルフェレアーナ? 後ろの人たちは、誰なんだ。オレなんか狙われていたみたいなんだけど、何か悪いことしたかな』
当然、そういう反応になるよな。
そんな中スッと、シズカさんが前に出た。
「ねえ、お名前は確かルルガさんでしたね。初めまして、私はシズカと申します」
シズカさんがゴブリン――ルルガの前にしゃがんで声をかけた。
『おう、オレはルルガって言うんだ。よろしくな。
あんたはシズカって言うんだな。覚えたぜ』
「さっきはごめんなさい、私たちにとってゴブリンと言えば、厄介な魔物という認識しかなかったのよ。だから、無闇に警戒してしまったのよ」
『それならわかるぜ。オレも二千二百年前まではレッサーゴブリンで、人間族や魔族に狙われていたからさ』
ルルガは、にかっと無邪気な笑顔を浮かべた。確かに、一概にゴブリンが悪だというのは、思い込みの領域なのかもしれない。
「ありがとう。認識をあらためるわ。
ところで、下から来られたみたいなのだけど――」
『おう、そうだ。キングに、客人が来たから見て来いって、蹴っ飛ばされたんだよ。あいつぜってー、ゴブリン使い荒いわ』
そう言いながら、ルルガはこちらを見回した。
『悪いんだけど、一旦、みんなでキングのところに来てくれないか?
それこそ、千年ぶりのダンジョン侵入者で、ゴブリンのみんな、けっこう警戒してるんだわ』
「えっ、誰かここに入ってきたの?」
メルフェレアーナがびっくりしている。
指を折りながら何か数えているけど、何だろう。
……そうか、ここって時間の流れが違うんだった。
このダンジョンの中では、一日が一時間換算だ。そうすると、千年前だとおよそ四十一年前になるのか。すごい時間スケールだな。
でも、そう考えると、ここのゴブリンたちが知恵を付けて進化しているのも、特に不思議でもない気がする。
『おうよ、来たのは人間族じゃなかったけどな。確か、アンデッド関係の奴らじゃなかったか?
ほら、外のダンジョンの支配者よ。今も居るんだろ?』
「ああ、あいつらか。それならもう居ないよ、今のマスターは私の後ろにいる桃華だから」
「あらあら、私ですか。言われてみれは、そうかもしれないわね」
安定の桃華に、篤紫は苦笑いを浮かべた。
一回も会った記憶が無いのだけれど、以前のダンジョンマスターは、ノーライフキングだったと、メルフェレアーナが言っていたはず。
でも、どうしていきなり居なくなったんだろう?
『なんだ、それなら安心なのか?
あいつらはその前にも、ちょくちょく来ていたからな。居なくなったんなら、みんな喜ぶよ。さあっ、着いてきてくれ』
ルルガは朗らかに笑った。
これ、完全にゴブリンのイメージが変わったよ。ものすごく、人間っぽい。この世界は、本当に未知だらけなのだろう。
早く、太陽の問題を解決させて、世界を旅したいものだ。
ルルガの後について階下に下りながら、篤紫は心から思った。
イメージしていたダンジョンと違う展開……
次回、ゴブリンタウンに行きますよ




