59話 ピクニック?
お出かけするようですが……
丘に登る草原には、心地よい風が吹いている。気温は高めで、ぽかぽかした春の陽気を思わせる。
拡張収納袋のおかげで荷物は少ないものの、歩くだけでもけっこう汗ばんでくる。
空は相変わらず、突き抜けるような晴天だ。
ていうか、コマイナで天気が悪い事なんてあるのだろうか?
ダンジョンの中なんだから、天気は妖精コマイナの気分次第なのか。今度、天気予定なんてものを作ってみてもいいのかもしれない。
「おとうさん、早く早く。あそこにオオカブトムシいるよ」
夏梛が、棒を振り回しながら駆けてきた。腰に下げた篤紫特製の魔導銃はとりあえず用がないらしい。
街の西側にある門を抜けて、三十分くらい進んだ丘の上に来ていた。ちょうど森との境になっている場所には、体長一メートル程の大型のカブトムシが木の蜜を吸っていた。
つぶらな瞳が、握り拳くらいある。てか、大きいな。
「あーっ、あそこにも、大きなクワガタが居るよ」
「あ、わたしも行くっ」
「あらあら、みんな元気ね」
メルフェレアーナが羽目を外して森に駆けていく。その後をカレラちゃんとシズカさんが追いかける構図もできている。
あ、なんで大きなクワガタを、剣で半分に斬ってるのさ。
危険を察知したのか、メルフェレアーナが腰の剣で大きいクワガタを倒していた。腰の二丁拳銃は今のところ飾りらしい。
出発する前から手に持っていた剣は、飾りじゃなかったのか……。
「わかったよ夏梛、お願いだから待ってくれ。みんな、はしゃぎすぎだよ」
「おとうさんが、覇気がないだけだよ? そんなんじゃ、立派な冒険になれないよ?」
などと、夏梛に意味分からない呆れ方をされてしまった。
そもそも、自ら危険な世界に飛び込む気はないのだけれど、夏梛は冒険者になりたいのだろうか?
「篤紫さん、歩くの辛そうね。徹夜なんかするからいけないのよ」
「そうですよ、お……お義父さんは頑張りすぎです」
桃華が、狐耳少女のナナと手を繋いで、篤紫の後から着いてくる。
結局、夏梛の妹扱いで、ナナは白亜城に住むことになった。この世界では神様がいないせいか、神社に全く馴染みがないようだった。
そのため、社に常駐している必要がない。
普段は、紫狐たちが社にいて、何かの修行をしているそうだけど。
てか、ナナはせめて名前で呼んでほしい……。
「む、無理だよ。昨日の夕方になって、ここにいる全員分の銃を作れって、レアーナが言い出すんだからさ」
結局合計にして、十丁の魔導銃を作ることになった。
型を削り出して、魔術を刻む。そこまでなら、だいぶ慣れてきた。その後の個人登録の段階で、色つけの注文が追加された。
素材を発色させる魔術で誤魔化したものの、最終的に全部の魔導銃に使用者ロックをかけ終えたのが、朝の四時だった。
「徹夜は大変ですからね、メルフェレアーナさんも強引すぎますよ」
後ろのタカヒロさんから、同情のため息が漏れる。左手は、ユリネさんがしっかりと手を繋いでいた。
二人とも、とても嬉しそうだ。
「でもアツシさん。これからは私も、ガンガン着いて行きますよ」
「そうですよアツシさん。私も絶対に行きますからね」
まさか、こんな大所帯になるなんて、想定していなかった。
ここで、今回のピクニックに参加したメンツを見ていこう。
まず、白崎家からは、篤紫、桃華、夏梛、オルフェナ、ナナ。
タナカ家から、シズカさん、タカヒロさん、ユリネさん、カレラちゃん。
そして、メルフェレアーナ。
特にタナカさんたちとは、もともと世界旅行に行くなら、ぜひ声をかけて欲しいと頼まれていた。今回のピクニック――篤紫以外は、冒険と言っている――に、一家全員で参加してもらえるのは、嬉しい話だった。
新スワーレイド湖国が、今後もあの場所。コマイナ都市の南側一帯に定住することになったようで、国を守る騎士が不要になった。
意図せずに、ダンジョンの力で平和がもたらされたようで、当面の間休職の扱いになったそうだ。
「そう言えば、魔王のサラティさんは、どうしているんだ?」
「あと五年はきっちり魔王をやると、依然張り切って政務に励んでいましたよ。
あの日、目の前で壊滅したスワーレイド市街が、コマイナにそっくりそのまま再現されましたからね。各組合と連携して、国の立て直しをしているはずですよ」
確かにあれにはびっくりした。コマイナ都市の南側湖畔に、スワーレイドの街並みがそのまま再現されていたんだもん。
桃華がやったと思うのだけれど、そこまでできてどうして道に迷うのだろう……。
「とすると、タカヒロさんやユリネさんは、どういう扱いなんだ?」
「休職から、退職の流れでしょうね。
シーオマツモ王国で、偶然サラティの同郷に合いまして、彼が私の後を引き継いでくれましたから。
偶然とは言え、ちょうどいい機会だったと思いますよ」
「私も、周辺警備の必要がなくなりましたから、同じ流れですね」
国の防衛が不要になったことで、探索者が増えたそうだ。
同時に農業人口も増え、畜産にも力を入れる話になっているのだとか。長命な魔族だからこそ、ゆったりとしたスローライフが望まれているのかもしれない。
「結果的に、ダンジョンを掌握できたことが大きなプラスになったのか」
「それもありますが、妖精コマイナさんの誕生で、ここの土地にもの凄い価値がうまれたのでしょうね」
そんな大ごとに、自分たちが絡んでいるのは、何とも不思議なものだった。
「ちゅうもくー! やっと、本日の目的地に着いたよ」
丘を登り切ったところで、メルフェレアーナが大きく宣言した。
遅れて頂上に着いた篤紫は、目の前にある建造物に首を傾げた。
天気もいいし、丘の上でピクニックをする話じゃなかったのだろうか?
「なあ、レアーナ。これって何なんだ?」
「あ、篤紫にしてはにぶいな。
ここは見ての通り、ダンジョンの入り口だよ。いわゆるダンジョン・インザ・ダンジョンってとこかな」
目の前にある苔むした門の先には、地中へと繋がる大きな穴が口を開けていた。
間口は広く、車になったオルフェナが二台並んで走れそうだ。
「ピクニックじゃなかったのか?」
「何言ってんのよ、冒険って言ったらダンジョンでしょ?
コマイナの中には、あちこちに自然のダンジョンを移植してあるんだからね。ちゃんと中に、ダンコア、ダンマス、ダンボス、みーんないるよ」
「えぇ……」
それで全員分の銃が必要だったのか。
しかし、周りを見ても、誰も冒険ができる格好をしていないぞ?
確かに女性七人、だれもスカート姿で来ていない。普段着のまま、多少厚手の衣類は着ているが……。
あとは、みんなそれぞれに拡張鞄を持っている。
至って、ピクニックに行くくらいの格好なのだけど……。
「それじゃ、このダンジョンの説明をするよ。
まず、中に入ると時間の流れが違うから、注意してね。シーオマツモ王国の大図書館と同じで、一日中にいると、現実の時間で一時間だけ時間が進むよ。
中は一階層ごと趣が違う、個別のフィールド型ダンジョンだよ。
最初は、ゴブリン辺りが出たかな?」
そのまんま、ダンジョンなのか。しかし……。
「いや、危ないんじゃないか? 当然、襲って来るんだろう?」
「相変わらず篤紫は硬いなぁ。危険なのはここでも地球でも、一緒だったはずだよ。むしろ、日本人なんて海外旅行に行ったら、それだけで危険だったじゃないか。
それとももしかして、まだ地球に戻れるとか思ってるわけじゃないよね?」
それは……。
次の言葉が出てこなかった。
「おとうさん。レアーナお姉ちゃんに聞いたんだけど、ここも地球なんだよね? 遠い過去に枝分かれした、星の進化が違う地球だって」
『篤紫もそうだが、日本にいた頃よりも、危険に対抗できる力を持っているだろう。太陽の消滅光線さえ何とかできれば、むしろこの世界の方が安全だろうに。
レアーナともすり合わせたが、今回の件は星のポールシフトが影響している可能性が高い』
それも、薄々は感づいていた。
「だから今のうちに、戦うことに慣れなきゃ駄目なの。ね、おかあさんもそう思うでしょ?」
「そうね、夏梛の言うとおりだわ。
私もね、戦う力が必要だと思うの。そうでないと、夏梛も、ナナも、それと紫子狐たちも守ってあげることができないわ。
冒険もピクニック気分でもいいじゃない、もともと私たち最強よ?」
あらためて、周りを見回す。
夏梛も、カレラちゃんも魔法の腕はすでに一流か。タカヒロさんもユリネさんも、シズカさんも相当尖った魔法使いらしい。
オルフェナは言うまでも無い、メルフェレアーナはそれこそ大魔法使い。
桃華は、既に得体が知れない力を隠しているみたいだし……そうか、杞憂か。
「わかった。考えすぎと、心配しすぎなんだな。
俺だって魔術しか使えないけど、少しずつこの世界に慣れていかなきゃ駄目だもんな」
大きく息を吐いて、みんなを見回した。いい笑顔が返ってくる。
「それじゃ、あらためて出発するよ」
メルフェレアーナを先頭に、ダンジョンゲートに足を踏み入れた。
『この世界では、魔術師が最強なんだがな』
オルフェナが呟いた一言が、耳に残っていた。
さあ、ダンジョンらしいダンジョンに向かいますよ




