57話 星の巫女
桃華のターンです。
桃華はじっと、相手の動きを観察していた。
間違いなく神社の主は、この狐耳女なのよね。さっきの狐は、この狐耳女のところに私を案内したかった。
そもそもあの狐、キャーキャー鳴いているだけで、意思疎通ができると思ったのかしら。正直、最初の態度から気に入らなかったのよね。
人を試すような態度を取って、誘っただけで簡単に着いていくとでも思ったのかしらね。
その飼い主が、私に何の用があるのか知らないけれど、気に入らない。
髪の毛から始まって、全身紫なのも気に入らない。紫好きなのに。
「それで、どういう用件なのかしら?」
狐耳女は、地面に跨がったまま、未だに荒い息を吐いていた。
私、そんなに早く移動していたかしら?
「あの……うちの者が、失礼をしたようで……」
しばらく呼吸を整えてやっと落ち着いたのか、その場で正座をして顔を上げた。どうも髪だけじゃなく、瞳まで紫色のようだ。
「ほんとうね。なかなか人を馬鹿にした狐だったわ。
それで、ここに私を閉じ込めて、何をするつもりだったのかしら?」
「えっ……あの、そんなつもりは……」
狐耳女は目を見開いて、両手を前に出して横に振った。
でもね、ここに入ったとき、扉はわざと閉めなかったのよ。でも、戻ってきたら閉まっていたと言うことは、つまり……ね?
『キ、キャァ……』
案内狐が、今頃追いついてきて、何か言いたげに鳴いた。
「まあいいわ。とりあえず、お茶にしましょう。
そんなところにいつまでも座っていないで、私の前の椅子に座ってほしいわ。お茶を入れるわね。
ところで、案内狐さんは、リンゴとかでいいかしら?」
『キャー』
「……あのね、それじゃわからないわよ」
桃華はため息をついた。
狐耳女は、おずおずと椅子に腰掛けた。膝に置いた手が、何となく小刻みに震えている様に見える。頭の狐耳も垂れている。
案内狐はその横に座った。
「今日はリンゴの香りを付けた紅茶よ。
お茶請けには、苺のショートケーキでいいわね。案内狐さんには、細かく切ったリンゴをあげるわ」
狐耳女も、案内狐も、目を見開いて固まっている。
手際よく二つお皿を並べて、ショートケーキを乗せた。深めの小皿に刻みリンゴを盛ると、狐の前に置いた。
「私は、桃華。白崎桃華って言う名前。もしかして、知っているのかしら?」
「あ……いえ。その……」
「今日は、新スワーレイド湖の近くにあるお魚屋さんに、夕食のお魚を買いに行くところだったの。
そうしたら、珍しい紫色の狐が居たのよ」
「えっ、ここ……かなり北の市街地なのですけど――」
桃華は首を横に傾げた。
「いいえ、私が向かっていたのは南の市街地よ、新しくスワーレイド湖国の方々が住んでいる場所だったかしら?」
「いえ、ですから……ダンジョンコアから見て、ここは北ですから――」
「あら、もしかして……」
桃華は考えた。
この人は、きっと私が少し、方向に疎いことに気づいたのね。それなら、お話ができるかもしれない。
「ここは、新手の観光案内所だったのね」
「えっ?」『キャッ?』
急いでショートケーキを食べると、紅茶を飲み干した。
「さあ、早く行かないと時間がなくなってしまうわ。
急いでケーキ食べて。あ、紅茶熱いから氷を落とすわね」
狐耳女は急かされるまま、あたふたとケーキを食べ始めた。狐もあわててガツガツとリンゴを食べ始める。
全部空になったのを確認して、クリーンの魔法をかけながら、食器から机、椅子まで一気にキャリーバッグに放り込んだ。
「狐さんは、裏に控えてる狐さんたちに、ちゃんと言い聞かせてきてね」
『キャー』
案内狐は、鳥居の方に駆けていくと、陰に隠れていたたくさんの紫狐たちと、キャーキャー話を始めた。
「狐耳女さんは――」
「ナナと言います。名乗り遅れました、申し訳ありません」
狐耳女――ナナは、その場で深く頭を下げた。
「ええ、ナナちゃんよろしくね。
それじゃ、あらためて。南の市街までお散歩再開よ」
「あ、はい……」
『キ、キャァ……』
ナナと、戻ってきた狐はあからさまに肩を落とした。
桃華は、紫一色の世界から、コマイナ市街に向けて歩き出した。
「あの……本当に申し訳ありませんでした」
「もういいわよ、何かちゃんとした理由があったのでしょう?」
ナナの後に着いてコマイナ市街を南下しながら、桃華は少し嬉しくなった。
正直言って、一人の散歩は寂しかったのだ。お連れが居るだけで、お散歩がさらに楽しくなる。
「実は、ここしばらくなのですが、星からの魔力が受け取れなくて、困っていたのです」
「星の魔力?」
「はい。この星はナナナシアというのですが、魔族や魔獣が魔法を使って、それを星が吸収します。
その吸収した魔力を、エネルギーや資源に変えていることは、ご存じですよね?」
……あらら、何のことかしら?
この間オルフが、そんなようなことを篤紫さんに説明していた気がするけれど、私には関係なかったから、ちゃんと聞いていなかったのよね。
「それで、私たちナシアの一族は、星の還元する魔力に異常がないか、調べる使命を持っているのです。
あの……私のこと、どう見えますか?」
「どうって、頭に狐耳が付いた女の子かしら?」
「あ、いえ……そういうことではなくてですね……」
ナナは、歩きながら顎に手を当てて考えている。
耳が頭頂に付いている以外は、自分たちとそう変わりは無いように見えるわね。いわゆる、獣人という人種かしら?
獣人なら、普通に新スワーレイド湖国にも、この間滞在していたシーオマツモ王国にもいたから、あらためて聞く必要は無いはずよね。
「もしかして、ナナちゃんは……宇宙人なのね?」
「あ、いえ……あの、ウチュウジンってなんでしょうか?」
「違うのね。難しいわね……」
立ち止まって考え始めた桃華に、ナナは慌てて手を振った。
「すみません、そういうつもりではなかったのです――。
えと……この子狐もそうなのですが、私達は一般に魔獣と呼ばれている種族なのです」
「へぇ、そうなのね」
「あ、え? ……その、私たちのこと、怖くないのですか?」
「どうして? ちゃんとお話しができるじゃない。
最初は馬鹿にされて腹が立ったけれど、顔を見て、こうしてお話しできるなら、何か怖がる必要があるのかしら。
魔獣といっても、別に襲われているわけじゃないし、何もしないわよね?」
目を見開いて驚いていたナナの瞳から、涙がこぼれた。
「はい……はい。もちろん、襲ったりなんて……しません」
ナナの足下に、狐が心配そうに体を寄せていた。
「魔獣だという理由だけで、人間族の冒険者に狙われていたのね」
近くにあった無人の喫茶店に座って、あらためて話を聞くことにした。
ハーブのお茶と、シナモンをきかせたクッキーを並べて、対面で腰を下ろした。
いつもの消滅光線の時間なのか、日差しがさっきよりも暖かい。
桃華は、ここがダンジョンの中でよかったと、心から思った。問題を解決するために北極を目指しているらしいけど、早く何とかしてもらわないと、世界旅行の計画が進められないわ。
「はい。今まで私以外の成体が全員が殺されて、幼体の子狐たちも、既に二十体ほどしか生き残っていません……」
「それは、さすがに許せないわね」
この子達には全く敵意がない。もともと好奇心が旺盛な種族なのでしょうね。
思い出せば過去に、人間族には私の娘達も狙われている。許せない。
「そういう理由から、ずっと隠れて暮らしています。
この都市の北に社の森があって、その辺りだけは何とか隠蔽できているのですが……。
食料の調達には、どうしても外に出ないといけないのです」
ナナは大きなため息をついた。
「それで、私を遠巻きに試すようなそぶりを見せたのね」
「はい。子狐たちはまだ人化できるほど経験を積めていないので、普段は人間族には無闇に近づかないようにさせているのです」
桃華は首を傾げた。普通に、近づいてきた気がするわ。
さっき案内されたのが、本拠地の社よね。
「でもそれなら、私をあの場所に連れて行って、良かったのかしら?」
「それは、私がこの子にお願いしたのです。
しばらく前からダンジョンに星の魔力を感じていまして、コマイナ都市遺跡が変わって、マスターが入れ替わったのかな……と。
ダンジョンマスターの交代は、最終的にコアに込めた魔力が多い方に移ります。今朝方、歩いている桃華さんを見て、今のマスターはあなたに間違いないと思ったのです」
他人の魔力を感知できるって事ね。
そういうことなら、いまこの都市で魔力が多いのは、私か篤紫さんか。
取りあえず、マスターは自分で間違いないし。
「そうそう。さっき星の魔力が受け取れない……という話だけれど、そもそも受け取れないと思うわよ」
「えっ、どうしてですか?」
「だって、コマイナは今、地面に付いていないのよ」
「なっ、えっ? どういう事ですか?」
「空を飛んでいるのよ、コマイナ」
「え、ええぇぇぇっ?」
ナナは大口を開けて、その場で固まってしまった。そのまま、しばらく帰ってこなかった。
ハーブのお茶が、ぬるくなっていた。
星の一族が出てきました。
全く想定外ですが、頑張って書いていきましょう(マテ




