55話 銃型魔道具
コマイナ出航します
シーオマツモ王国の復興の目処が立ったことで、コマイナは再び空の旅人となった。
徐々に小さくなっていくシーオマツモ王国を眺めながら、篤紫はソファーに深く腰を落とした。ずっと張り切って、復興の手伝いをしていたからか、身体のあちこちが痛かった。
『篤紫様、北極点まで、直線距離およそ六千キロほどの予測ですね。前回同様、魔力消費率は三十パーセントですよ。
現在は時速換算で三十キロを維持しているので、およそ九日程で目的地に到着すると思いますよ』
妖精コマイナが、コア台座の上から篤紫の座っている場所まで飛んで来た。テーブルの端に据え付けられた、妖精コマイナ専用のソファーに、ちょこんと座った。
「ありがとう、そのまま維持でお願い。何か変わったら、メールか電話で知らせてくれるかな」
『分かりました。篤紫様、復興で頑張ってお手伝いしていたみたいですし、色々と大変でしたもんね。
私も妹がいる国なので、張り切って建材を放出しちゃいましたし』
あれは、本当に助かった。
ちなみにだけれど、妖精コマイナの言う妹とは、シーオマツモ王国のキャッスルコアの事だ。確かに、同じ神晶石を使っているから妹で間違いないと思う。
シーオマツモ王国の復興に際して、何よりも困っていたのが、建築用の木材の確保だった。
国土自体はキャッスルコアのおかげで、太陽の焼滅光線から逃れることができた。ただ、国壁の外は、焼滅光線が普通に照射されるため、黒炭結晶になった木しかない。
そこで活躍したのが、コマイナだった。
もともとコマイナは、十メートル四方の黒曜石の箱なのだけれど、内部には五百キロ四方の空間が展開されている。
想像を超える広大な土地と、都市遺構があるダンジョンとして、遙か昔から存在していたコマイナは、中の自然が全て手つかずのままだった。
当然、建築に使えるような大木が、森林地帯に大量に生えていた。それが魔法と魔術を駆使して運ばれ、加工され、復興の一役を担っていた。
篤紫も半月ほど、張りぼてハウスの内部建築の手伝いをしていた。
資材の運搬には、魔法文明らしく肉体強化の魔法を使っていた。その反面、建築自体は金具や釘を使った、人の手作業だったのには、ものすごい近親感を感じた。
「そういえば街のみんなが、コマイナにすごく感謝していたよ。
太陽の異常が解決できるまでは、外から建材を手に入れられないからね。死活問題だったと思うよ」
『確かに今は、北極での作業が無事終わるまでは、外出ができないですからね。喜んでくれてたのなら、冥利に尽きます。
北極までちょっと遠いですが、はやく現象が解決できるように、頑張って行きましょう』
両手に握り拳を作って、うんうんと頷いている妖精コマイナに、思わずほっこりしてしまった。
実際問題、メルフェレアーナが、北極に行けば何とかなる、と言っていたのだけれど、何をどうするのか想像がついていなかった。
「それじゃ、進路の維持はお願いするよ」
『はい、了解しました』
篤紫は妖精コマイナに一声かけると、コアルームから退出した。
廊下を進み、篤紫お手製のプレートが下げられた部屋のドアを開けた。
ドアの動きで、プレートがカランと言う音が聞こえる。
魔道具研究所。
夏梛に汚い字だと笑われたプレート。復興の手伝いの時に、建築出てた端材に文字を書いて、紐をつけたものだ。
ここは篤紫が魔道具を研究するために、一室確保した部屋だった。
コマイナの中心にある白亜城は、城という字面からも分かるように、大きな建物だ。
そのためか、みんなで寝る寝室以外に、それぞれの趣味の部屋を割り振ることができた。
もちろん、北極行きに同行している、メルフェレアーナ専用の個室も割り振ってある。
部屋に入って、鞄からいくつかの素材を取り出した。それを大きな魔術台の上に置き、流し台に急須を取りに向かった。
緑茶っぽい茶葉を入れて、魔法でお湯を注いだ。
研究室と言っても、それほど変わったものが置いてあるわけじゃない。
部屋の半分を占めているのが、大型の魔術台だ。
他にはテーブルとソファー、机と椅子がある程度で、部屋の中はまだ質素なものだった。
ソファーに腰掛けて一息つくと、篤紫は腰に提げていた銃型魔道具を取り出して、分解を始めた。
「おとうさん居る?」
顔を上げると、夏梛とメルフェレアーナが部屋に入ってきた。
「何してるの? ……あ、もしかして、それってパソコン?」
「ん? ああ。ノートパソコンかな、オルフの一部になっていたものなんだけど、取りだしたら独立して使えそうなんだ」
「インターネットもないし、パソコンなんて何に使うの?」
夏梛が向かいのソファーに腰を下ろした。
無理はしていないだろうか、顔色を見るといい笑顔を浮かべている。取りあえずは、落ち着いたとみていいのだろうか。
「これは魔術を整理するのに使えるかな。
確かに他には使い道ないけれど、正直俺は、そこまで英語が得意じゃないから、記録しておかないと忘れちゃうんだよ」
「確かに、おとうさんが英語を喋ってるの聞いたことないかも」
夏梛がカラカラと笑い出した。
『ふむ、それで魔術を描いているときに、その都度スマートフォンを見ていたのだな。ただ逆に、そのパソコンがなくなると我が魔術を描けないのだが。まあよいか。
篤紫がいれば、わざわざ我が魔術を描く必要がないから、特に問題はなかろう』
マジですか、オルフェナさん?
もしかしてノートパソコンを搭載していないと、いつものうんちくも聞けなくなるのだろうか?
『なに、心配せずとも我の頭脳は別にある。
そのノートパソコンは、それこそ高速演算と、魔術文の変換に使っていただけだ。普段は車内に置いてあっただけだよ。
我のメインは、ナビゲーションと車のコンピューターが担っている。特に行動に差し支えはないよ』
「そっか、なら俺が使ってもいいのか」
篤紫は、心の底から安堵した。今までもそうだけれども、オルフェナのことは非常に頼りにしている。
普段の行動に関する部分に影響がないのは、ありがたいことだった。
「ねえねぇ、いつになったら銃型魔道具、作ってくれるの?」
メルフェレアーナが、夏梛の横に座って、両手を前に出してきた。
目が異様に輝いている。
「ごめん、復興の手伝いをやっていて、まだこれからなんだ。
今からこの分解した、試作の銃型魔道具の魔術式をメモしながら、再検証しないといけないんだよ」
「そうなの?」
「うん。実は、魔術文はその都度、スマートフォンで調べながら書いているから、原文が全くないんだ。今までメモすら取っていなかったんだよ。
もともと、魔道具を量産する気がなかったからさ」
テーブルの上に並べられたパーツには、たくさんの魔術文字が描かれていた。正直言って、自分でも何を書いてあるのか分かっていない。
「じゃあさ、わたしの二丁拳銃を作るのに、どれくらいの時間がかかるのかな? パパッと、今日できる?」
「いや、さすがに今日は解析までしかできないよ。解析さえできれば、あとは材料を加工しながら描き込むだけだけれど」
「ちなみに、北極までどのくらいの時間がかかるの?」
北極まで六千キロ。確か九日くらいの旅だと言っていたか。
材料も妖精コマイナに分けてもらっているから、解析さえできればそれ程時間はかからないはず。
「来週末には、北極に到着する予定だよ。
明後日には、銃型魔道具もできる予定だけれど――」
「よし、明後日みんなで冒険に行こう!」
メルフェレアーナの宣言で、篤紫は固まった。
え、冒険って、あの冒険だよね? 一体何をするつもりなのか……。
「あ、レアーナお姉ちゃん。冒険なら、あたしも行くよ」
夏梛が華麗に宣言する。え、マジですか。
『城にいて何もしないのも問題だな。我も行くから、なんとでもなるであろう、あとは誰が行くのだ?』
オルフェナも行く気満々のようだ。
「桃華と、シズカ、あとはカレラちゃんを誘って行く予定だよ。
サラティやタカヒロは無理だからね。ユリネは聞いてみてかな?」
冒険と言うより、ピクニックのノリなのだけど……。
そのまま、夏梛とメルフェレアーナは部屋を出て行ってしまった。篤紫は、大きなため息をついた。
おや、なにやら雲行きが怪しくなってきた……




