45話 コマイナ空を飛ぶ
絶対に空を飛べると思っていた。
全員が呆然としてモニターに映る景色を眺めていた。
少なくとも、ダンジョンであるコマイナが、空を飛んでいることだけは理解できたようだった。
「ど、ど、どど、どどどど」
メルフェレアーナは壊れてしまったようだ。『ど』生産機になった。
目が完全に点になっている。
その前に座っているタカヒロさんとサラティさんも、口をあんぐりと開けて固まっていた。
「「「どうやって飛ばしているの(ですか)?」」」
そして、白崎家以外の三人の声が、見事に重なった。
太陽の光が強くなっていく。時計を見ると、九時十分だった。
調光のため暗くなっていくモニター越し、遙か遠くに富士山が見えていた。何度見ても、噴火でもしたのか、形が変わった富士山が悲しかった。
「念のため、ダンジョンの扉は四枚とも閉めてあるよ。
さすがにこの状況で、外出しようとする人はいないと思うけれど……」
みんなが落ち着いたところで、篤紫は話を再開した。
「……いつの間に空に飛んでいたのですか?」
「ぜんぜん気づかなかったよ、振動とかもなかったし」
モニターに近寄って景色を見ていたタカヒロさんとサラティさんが、謎カメラ越しに映っている外の景色を、まじまじと見つめていた。
コマイナダンジョンは高度を少し落としながら、ゆっくりと北上していた。制御は妖精コマイナが全てやってくれている。
「昨日の夜、最後の調整が終わってから一晩は、高度一万メートルの上空に滞空していたよ。
何度か浮遊テストはしていたけど、長い時間飛んでいたのは今回が初めてかな」
『篤紫様、高度が四千メートルに達したので平行飛行に変えますね。
巡航速度は時速三十キロを維持しています。魔力消費率はいまのところ三十%ですね、もうじきシーオマツモ王国が見えてくると思います』
魔術で空を飛ぶ事ができるのでは?
ダンジョンコアである、妖精コマイナと何度も実験を繰り返した。魔術文字の文面を何度も改良し、ダンジョン外壁からダンジョンコア台までたくさんのパスも繋いだ。
そうした分かったことが、少しおかしな事だった。
魔術は、物理法則を誤魔化すことができる。
なんとも、不思議な現象だった。
確か、メルフェレアーナは言っていたはず。魔法は万能じゃない、本質的な部分で物理法則を超えられない、と。
魔法は、体内の魔力器官から魔力を汲み出して、魔法という現象を起こす。だから物理法則の壁にぶつかると言うことが分かった。
逆に魔術は、魔術文字に魔力を込めて、ナナナシアに。星のコアに働きかけて、魔法現象を起こすという流れを取っている。
飛ぶための魔術文は至って単純だった。
Comaina can be 5000 kilometers away from the Nananacia core.
おわかりいただけるだろうか?
この魔術文を、ナナナシア星(?)のコアが理解してくれたと言うことになる。
私から五千キロ離れるの? うん、いいよ。手伝ってあげる。……という流れ。
もちろん、他にも姿勢制御とか、ナナナシアに今の距離をお知らせしたりとか、様々な魔術文を組み合わせてある。
「まさか、そんなカラクリだとは、わたしは大魔導師失格なんじゃないかな? そんなこと、ぜんぜん思いつかなかったよ」
『確かに、我もそこは盲点だったな。魔術が発動する根源の部分か。
しかし、なぜその考えに行き着いたのだ?』
メルフェレアーナとオルフェナを唸らせることができた。これで今回の魔術理論は大成功だったと言える。篤紫は桃華に目配せした。
「答えは、これかな」
いつものように、桃華がキャリーバッグを召喚した。上空四千メートル。何事もなく、桃華の足下にキャリーバッグは顕れた。
桃華は中から、苺のショートケーキを取り出すと、みんなのお皿に並べ始めた。
「桃華のキャリーバッグには、呼び寄せの魔術が使われているんだ。これ自体はオルフが作った物だよね」
『うむ、それは確かに、我が桃華に作ってあげた物だな』
「どんなに離れた場所にあっても、このキャリーバッグは桃華の元に戻ってくるんだよね? たぶん星の反対側にあったとしても」
『間違いない、そういう術式で書き込んであるからな。
そうしておかないと、世界の果てまで取りに行かねばならなくなる』
オルフェナの嘆きに、桃華が拳を頭上に上げて、頬を膨らませている。目が笑っているけど、怒っているらしい。
篤紫は苦笑いしながら、今度はメルフェレアーナの方を向いた。
「レアーナは確か、魔法では空間転移ができないって言っていたよね?」
「うん、そうだよ。魔法だと危ないから、転移することはできないよ。
空間を越えるには、莫大な魔力がいるし、遮蔽物があれば普通にぶつかっちゃうよ。篤紫も知ってるでしょ?」
メルフェレアーナは人差し指を立てながら、鼻息を荒くした。
「そもそも、さっき説明したはずだよ? わたしだって、空は飛べるけど、空間転移は一度も成功したことがないんだから」
メルフェレアーナの主張に篤紫は、勝ったと言わんばかりの笑顔を向けた。
「実はこのキャリーバッグ、昨日のうちにダンジョンの外に置いてきたものなんだ。本来ダンジョンは別空間、その空間すら飛び越えて来ている。
そして……桃華、お願い」
桃華は頷くと、キャリーバッグから箱を取りだして、テーブルの上に置いた。
それはゲームでよく見かける宝箱だった。
宝石が随所に付けられている、よくダンジョンにあるあの宝箱だ。
「開けてみて。もちろん、罠はないよ」
「わ、わたしが? わかった、開けてみるね」
メルフェレアーナが恐る恐る宝箱を開けた。
蓋をいっぱいまで開けると、中から赤い実をいっぱい付けたリンゴの枝が伸びてきた。
枝の真ん中ほどで、リスの親子がリンゴを囓っていた。リスはメルフェレアーナに気がつくと、びっくりしてリンゴを落としてしまった。
床にリンゴが転がって、リスが悲しそうな顔をした。
「あ、ごめん……えっ? 何で何で?
この箱、桃華のキャリーバッグから出できたはずなのに、この子たち生きてるよ?」
メルフェレアーナが目を白黒させた。
リスたちは、新しいリンゴを囓り始めた。
基本的に、空間を拡張した箱や袋。いわゆるアイテムボックスには、生き物は入れられない。これは、魔道具化した時点で必ずそうなるようになっている。
そこに一切の妥協はなかったはずだ。
「この箱はね、魔術でダンジョン化した魔道具なんだよ」
「はっ? 待って、意味分かんないよ?」
「ダンジョンボックスはアイテムボックスに生き物ごと入れられるんだよ。
もちろん、アイテムボックスに入っている間は、絶対にダンジョンボックスの蓋は開かないけどね。
魔法だと、確かこういうことはできないはず。
でもこの通り、魔術なら世界の法則すら誤魔化せるんだ」
メルフェレアーナは完全に動きが止まった。
上空から見えるシーオマツモ王国は、酷い有様だった。
城壁は溶けて丸くなり、綺麗だった街並みはあちこち崩れて、無残な姿を晒していた。
唯一、魔導城だけがその姿をとどめている。
「ソウルコアの障壁で、二回くらいは凌げているはず。
その間に、魔導城に避難できていれば、死者は少ないはずだよ」
そう言って、メルフェレアーナは唇を噛みしめた。
その姿だけで、魔導城がダンジョンであることが分かった。
太陽の破壊光線に、傷一つ付いていない。
「篤紫、ごめん。魔導城に寄ってもらえるかな」
「もとより寄るつもりだよ。たぶん、コマイナの中に移動させられると思う。あの城がなかったら、今の俺はここにいなかったからさ」
「……うん、ありがとう」
メルフェレアーナはしっかりと、魔導城を見つめていた。
「コマイナ、魔導城の門前に西門を向けて、着陸してほしい」
『了解しました』
コマイナは、ゆっくりと魔導城に近づいていった。
朝の光で熱せられた大地が、陽炎のように揺らめいていた。
篤紫がやっと日の目を見たよ。
いままで影が薄かったからね……。




