43話 月と星の石
なかなか大変なお話のようです
「それはそうと、何でオルフェナを借りる話になったんだ?」
結論としては確実に、魔術塔へは行かなければならない。
ただ、メルフェレアーナから最初に聞かされたのは、確かオルフェナを借りるとか借りないとか言う話だったはず。
「あー、それはね、オルフェナちゃんが、月と星の石と同じ性質だと思ったからなんだよ」
なんだと、新しい単語が出てきたぞ。
そもそも魔術塔に関係ない気がするんだけど。もしかして過去に聞いているのだろうか。
……思い出せない。
「わたしの今までの復活点が、北極と南極の魔術塔だった話、したよね?」
「……いやたぶん、初耳? じゃないかな」
「うわあ、そこからかぁ」
立っていたメルフェレアーナが天井を見上げた。篤紫もつられて見上げた。
大丈夫、天井に汚れはないはず。
二人で天井を見上げていると、夏梛が脇をつついてきた。目で何かを訴えてくる。
「篤紫さんもレアーナも、大丈夫よ。天井はコマイナちゃんがいつも綺麗に掃除してくれているわ。
それよりあそこに、もう一つシャンデリアをつけたいのだけど、いいかしら?」
「「……」」
さすが桃華だ。隣で夏梛がため息をついた。
「月と星の石はわたしがこの世界に転移してきたときに、足下にあった石なの。わたしが命を失うたびに、その石の上で蘇ってたのよね。
それこそ、数え切れないほどお世話になったな。最初のうちは月の石を杖に、星の石を帽子に変えて持ち歩いていたかな。
今は、月の石を北極の魔術塔に、星の石を南極の魔術塔に設置してあるの。
わたしの復活点は、オルフェナちゃんに上書き更新されたみたいだけど、それまでずっとあの二つの石にお世話になってたんだよ」
「確かに、桃華が復活したのも、レアーナが復活したのもオルフの中でだったな。それと今回の話と、何か関係があるのか?」
メルフェレアーナはテーブルの上に乗っていたオルフェナを持ち上げた。
てか駄目じゃないか、テーブルの上にオルフェナ乗せちゃ。
「月と星の石もそうだったけれど、オルフェナちゃんも絶対に破壊することができないんだよね。いわゆる破壊不可能オブジェクトかな。
オルフェナちゃんが本気出せば、例えばダンジョン壁であっても、壊すことができるんだよ」
ダンジョン壁は壊すことができない。物語の中だけでなく、それだけはこの世界でも有効な常識だ。
だから、いまダンジョンの外で起こっている、太陽の破壊光線であっても、コマイナダンジョンの中にいる限り、何の影響も受けずに過ごせている。オルフェナはそれよりも上の存在なのか。
『つまりレアーナは、車状態の我に乗っていけば、北極か南極に行くことができると考えているわけだな』
メルフェレアーナの腕の中から、オルフェナが顔を見上げて尋ねた。
「うん、そうなんだよ。一番安全に行けると――」
『だが無理だな』
オルフェナはメルフェレアーナの腕からするっと抜け出すと、夏梛の前まで駆けていった。そのまま夏梛が抱き上げる。
だから、テーブルの上乗っちゃ駄目でしょうが。篤紫は取りあえずオルフェナを睨んでおいた。
『確かに車の我は、全ての魔法を遮断できる。物理的にも強固で、極端な話をすれば深海でも問題なく行けるであろう。
だが、例外的に光は遮断することができない。宇宙線も一様だ。光は窓をすり抜けるし、宇宙線は我ですら透過していく。
レアーナの言うように確かに、我自体は一切の影響を受けん。
だが我は無事でも、中の乗員が守れないのだ。乗員の安全が守れない以上、外に出て魔術塔に向かうことはできん』
メルフェレアーナが口を開きかけて、そのままソファーに腰を下ろした。
何とも言えない空気が流れている。そんな中、桃華がすっと立ち上がった。
「話は終わったかしら?
メルフェレアーナさんは、この後オハナシがあるから私と一緒に厨房に来てもらうわよ」
「えっ? ええっ?」
笑顔の桃華は、目が笑っていなかった。声も心なしか低い。
いつもと違う雰囲気に、さすがのメルフェレアーナも驚きを隠せないでいた。篤紫に目で何かを訴えてくるけど、知らないよ? さすがに。
「もう少しで夕飯だけれど、その前にイイワケを聞かなきゃなのよね、メルフェレアーナさん。
ついでに、お手伝いもお願いしようかしら」
「あ、はい……」
呼び名もいつもの「レアーナ」じゃない。これは、なんだか怒っているぞ?
涙目のメルフェレアーナは、桃華にドナドナされていった。
『まあ当然の結果だな。先に着替えてきていれば、気づかれることがなかったものを』
「何かあったのか?」
『なに。さっき、外に出て行っただけなのだがな』
「……あ。あー、なるほど」
つまり、メルフェレアーナは蘇りを使ったと言うことか。それは、桃華の逆鱗に触れても仕方ないな。
解決策を探していたにしても、ばれないようにやればいいのに。苦笑いを浮かべるしかないかな。
リビングの窓から、夕日に照らされてオレンジ色の光が差し込んでいる。
それにしても――篤紫は思う。
太陽の焼滅光線はオルフェナの中だと危ないのに、ダンジョンの中では平気なんだよな。
お昼を挟んで、午前と午後の大半を、外の公園で過ごしていた。その間もずっと太陽の光を浴びていたけど、何ともなかった。
コマイナ都市の南側に住んでいる人たちも、ここ一週間、何の問題も無く生活ができている。差し込むのは、あくまでも自然な太陽光。
もしかして、ここが解決ポイントなのか?
『ここはやはり、篤紫の出番なのであろうな。
いつもの顔に戻っておる。
我はまた夕飯まで夏梛と魔法の練習でもしておる。なにか困ったときは、気軽に電話でもするがいい』
オルフェナには全てお見通しと言うことか。
夏梛とオルフェナに手を振ると、篤紫はリビングを後にした。
とりあえず、夕飯前に確認だけならできるはずだ。
中央のダンジョンコアルームは、相変わらず素敵な部屋だった。
全方位の壁にあるモニターは、ダンジョン内に問題が起きていないか、常に監視しているようだった。
通常のダンジョンと違って、ダンジョンコアが生きているため、一日一回くらい、桃華がお茶を飲みに来ているようだった。
いつの間にか、鉢植えの花と観葉植物が増えていた。コマイナのための小型ベッドや、本棚まで設置されている。
桃華がコマイナのためを思って持ってきているようで、真ん中は生活感溢れる空間に生まれ変わっていた。
何というか、頭が下がる思いだった。
桃華はちゃんと、コマイナを家族として受け入れている。その証拠に、コマイナ用の小型ソファーでは、ちょうどコマイナが小さな羽根をたたんでお茶を飲んでいるところだった。
「コマイナ、少しいいか?」
『はい、何でしょうか篤紫様。
あ、すみません、お茶をいただいています』
最初会ったときよりも、笑顔が柔らかい。
「ダンジョンに、魔術を描きたいんだ。許可がもらえるかな?」
『桃華様から、篤紫様がいらしたらこれを渡すように頼まれています』
コマイナがテーブルの引き出しから魔術ペンを取り出して、篤紫に渡してきた。
緑と紫のグラデーションが入った、綺麗なペンだった。
「これは?」
『ダンジョンコアを使った魔術ペンになります。
必ず必要になるからと、昨夜のうちに私と桃華様とで作らせてもらいました。これならば、魔術式の効果が確実に上がるはずです』
「桃華が……まいったな、すべてお見通しか」
『コマイナダンジョンの外装に、魔術式を書き込むのですね?
私が扉の開閉をサポートしますので、くれぐれも太陽の焼滅光線にだけはお気を付けくださいね』
「わかった。ありがとう」
受け取った魔術ペンを握りしめる。
これならば、思い描いた魔術が書き込める。
腰のペンケースに魔術ペンをしまって、夕飯を食べるために再びリビングに向かうことにした。
出がけに、壁のモニターをもう一度ながめてみた。
一部には、外の様子が映し出されていた。
薄暗くなっていく中、森が煙を上げて燃えていた。見える範囲の地面は、熱で溶けて波打っているようだ。もしかしたら、まだ冬だというのに外は暑いのかもしれない。
調べることが、たくさんあるってことか。
今夜から、忙しくなりそうだな……。
次回、男の子の夢が実現する……のかな?