41話 太陽の異変
おや、風向きが変わったぞ……
「レアーナ! 大丈夫なの?」
客間の扉を開け放ち、桃華が部屋に飛び込んできた。
ベッドでは、青いワンピース姿のメルフェレアーナが、ちょうど蜂蜜水を飲んでいるところだった。
「あ、桃華。やっほ、死に送りされちゃったけど、わたしは元気だよ」
「もうっ、それは元気とは言わないわよ!」
部屋には白崎家の面々の他、南地区に再現されたスワーレイド城から、タカヒロとサラティも駆けつけていた。
桃華は、オルフェナの中で復活したと聞いて慌てて来たものの、確かにメルフェレアーナの顔色は悪くない。不思議そうに首を傾げた。
『それで、何があったのか説明をしてもらおう』
「あ、オルフェナちゃんの羊姿、相変わらずかわいいね。いいなー、夏梛は。オルフェナちゃんもふもふだから、絶対触り心地いいでしょ?
それより、びっくりしたな。コマイナ都市遺跡完全に再生してるね、桃華がやったの? 趣味いいね」
ベッドの縁に座りながら、メルフェレアーナが顔いっぱいに笑顔を浮かべた。相変わらずテンション高めなんだね。
『我から、レアーナの登録を外してもよいのだが?』
「あぁっ! まって、ごめんオルフェナちゃん、ゆるしてちょ。
話すから、お願いそれだけはやめて」
オルフェナが大きなため息を漏らした。
それまで暴走していたメルフェレアーナは、大きく深呼吸した。
雰囲気が変わったのを察して、全員が息をのむ。
「太陽にね、灼かれたんだよ」
そう言って、真剣な顔で語り始めた。
「諏訪湖とその周辺の大地の再生が終わってね、湖畔で一休みしていたんだよ。時間は三時ちょっと過ぎくらいかな?
そのとき太陽がね、急に眩しく輝きだして、周りの温度が一気に上昇したんだよね」
メルフェレアーナは自分を抱きかかえると、身震いした。
「せっかく水が溜まった諏訪湖……あ、スワーレイド湖ね。
溜まっていた水が一気に蒸発して、草原が焼けて真っ白な灰になった。周りの山も木々が一気に発火して、辺り一帯が全部真っ赤に染まったよ。
わたしも、どうもアクション起こす前に、焼けて蒸発したらしい……痛みは一瞬だったから、本当に蒸発したんだと思う」
部屋は無言だった。
ダンジョンの中にいたから分からなかったけれど、もし外にいたら全員焼滅していたのかもしれない……。
思い出して首を横に振っていたメルフェレアーナは、膝に両手を乗せて前屈みになった。
「あとは、一時間のクールタイムがあって、オルフェナちゃんの車内で復活できたってところかな。
確か……一万年前にも、チグリス川かユーフラテス川辺りで同じ現象が起きたよ、今もはっきりと憶えてる。
あ、川の名前は地球の呼び名ね」
そこで桃華が手を上げた。
「今回の現象はいきなり起きたの? なにか前兆みたいなものはなかったのかしら?」
「うーんとね、昨日辺りから、大きな地震が立て続けに起きていたよ。震度換算だと六か七はあったんじゃないかな?
びっくりしたよ。その都度、あわてて空飛んだもん」
そう言いながら、メルフェレアーナはベッドの縁からフワリと宙に浮いた。
しばらく滞空した後ゆっくりと、元の位置に下りた。
「話を戻すね。
一万年前は、あの時も確か地震が引き金だったかな。あの辺りも、それなりに地震が起きるんだけど、いつもよりも規模が大きかったよ。
三日くらい、震度6以上の地震が続いた。本番はそのあとだった。
朝の九時、それから午後の三時。
今回みたいに太陽の光で灼かれて、体が蒸発したんだよね。
最初の時点で、何も遮蔽物がなくなって逃げ場がないし、なすがままだったよ。
当時は、わたしの復活点である、星の石と月の石は持ち歩いていたから、一時間経ってその場で復活したんだけど……ほんと酷かった。
ちょうど、あの辺の戦争していた国とお話し合いをしていたんだけど、街の建物も人も全て、黒い影だけ残して焼滅していたよ。石造りの家屋なんて、石が結晶化していたっけ。
まだ当時は、こういう防御シェルターを作って無かったから、わたしもその都度死んでたかな。
それが、半年続いた。
おかげで、粛正しようとしていた人間族がほとんど絶えたのは、逆に楽だったけどね」
つまり外にいる限り半年の間、灼かれ続ける可能性があるということか……。
誰もが言葉を失っていた。その悪夢が、今また起きている。
「色々調べたけど、原因は分からなかったんだよね。
そのあと次のことを考えて、北極と南極に魔術塔を建てたり、魔族の街にソウルコアを配ったりしたかな。
念のために、ダンジョン型シェルターとかも作ったよ」
本当に激動の時代に生きてきた、伝説の人なのか……改めで、すごさを認識した。
「そうするとここはダンジョン型シェルターの一つなのですか?」
それまで目をつむって聞いていたサラティさんが、眉間にしわを寄せたまま尋ねた。
自国の民が避難しているからか、思い悩む部分があったのかもしれない。
「そだね。わたしの自宅近くに作ったシェルターで間違いないよ。
ただ、ダンジョンタイプの欠点として、ダンジョンの維持に通常の百倍の魔力が必要なんだよね。
だから、ここは五千年前から、高位魔物のノーライフキングに支配されていたはずなんだけど」
それを聞いて、篤紫が首を傾げた。
「そんなの、どこにも居なかったぞ?
確かにこのダンジョンに入ったときには、アンデッドがうじゃうじゃ湧いていたけど、ここの都市に着いた頃には何も居なかったが」
「そうなの? あいつには寿命が無かったはずだから、誰かが倒さない限りここに居座って、ダンジョンを維持しているはずなのに。
それにあいつの魔力も、存在値から考えても十万位はあったはずだから、……桃華さんがそれ以上の魔力を込めたってことなのかな。
ちなみに、どのくらい魔力込めたの?」
メルフェレアーナが、ニコニコ笑顔の桃華に尋ねた。
「そうね確か、コマイナさんが20億って言っていたかしら?」
「は? それはすごいね。それならしばらくの間、耐えられるね」
「いやちょっと違うぞ、ずっと20億のままらしいよ」
「えっえっ? さすがにそれは無いと思うんだ」
篤紫の指摘に、メルフェレアーナが目を白黒させる。
そうだよな、普通はそう思うよな。
「だったら、コマイナ本人に聞いてみればいいんじゃないかな」
「またまたぁ、まるでダンジョンコアに思考があるような言い方する?
ある程度の意思を持っているダンジョンはあるけど、本人ってか生きてるダンジョンなんて見たことないよ?」
メルフェレアーナがお腹を抱えて笑い始めた。
いやね、意思があって思考までするダンジョンなんて、確かに聞いたことないよ? びっくりしたもん。
メルフェレアーナが問題なく動けそうだったので、全員で白亜城の中枢に移動することになった。
『初めまして、それからお久しぶりです。
メルフェレアーナ様とお会いするのは、一万年ぶりくらいでしょうか。お元気そうで何よりです』
果たして、荘厳華麗になった部屋の中央、台座の上に紫色の妖精が座っていた。背中には虹色をした蝶の羽根が揺れている。
妖精は立ち上がってお辞儀すると、桃華の元まで飛んできた。
……まて、確か昨日までダイアモンドカットのダンジョンコアだったはずだぞ? いつの間に妖精に変化したんだ?
「うわあぁぁっ、まじだった! ほんとにダンジョンコア生きてるよ。
すごいよ、これ絶対に桃華がやったんだよね? 相変わらずだなぁ」
「あら、私なんてまだまだよ」
相変わらず、桃華は知らないとこで何をしているのだろうか?
『あらためまして、皆様。ダンジョンコアのコマイナです。
この姿になってもこの部屋からは出られませんが、前よりも皆様のお話が聞けるようになりました。要望などありましたら、気軽に声をかけてくださいね』
「やっぱりコマイナは、その姿が一番かわいいわよね」
桃華の肩で、コマイナがにっこりと微笑んだ。
「なぁ、オルフ……?」
『どうしたのだ篤紫よ』
「お、おとうさん……」
オルフェナに声をかけたら、夏梛に悲しい顔を向けられてしまった。
「俺って……ぜんぜん役に立っていないよね……」
『……』
「……」
冷たい風が吹いていった。
桃華が有能なだけで、篤紫は普通なのです




