40話 ダンジョンの事情
やっちゃえ桃華さん
『新規所有者とのリンクが必要です。
ソウルメモリーの接触、若しくは手を接触させることによる生体登録が可能です。いずれかの方法で、登録を進めてください。
なお、現在設備維持のための保有魔力が少なくなっています。そのため魔物の排出抑制をしています。残存保有魔力による、現在の維持期限は残り87年』
「そうなのね、わかったわ」
ダンジョンコアが淡く輝きながら、告げてくる。
四つん這いになってうなだれている篤紫を尻目に、桃華は自分の持っているスマートフォンをダンジョンコアの上にのせた。
「これでいいのかしら? こういうの詳しくないから、本当は篤紫さんにやってもらいたいのだけれど……」
『データを確認しました。白崎桃華様。ダンジョンマスターとして登録しました』
なんの躊躇いもなく、桃華が手続きを進めていく。
あっという間に、ダンジョンマスターとしてコマイナ都市遺跡を支配してしまったようだ。
『ふむ。さすが桃華であるな。想定の遙か彼方すら飛びこえておる』
「……ねぇ、オルフ? おかあさんは……大丈夫なんだよね?」
『心配あるまい、このダンジョンが桃華の持ち物になっただけであろう』
「え……ほんとに? それ、すごすぎ」
抱えたオルフに聞いていた夏梛が、思わず苦笑いを浮かべた。
桃華の暴走はさらに続く。
「ダンジョンコアさんは、魔力が必要なのかしら?」
『肯定。通常稼働時の消費魔力は一日あたり1万です。現在低消費モードに移行したため消費魔力は一日あたり1まで軽減されています。
現在の保有魔力は31,760です』
「それなら、たくさん魔力込めれば普通に動けるのかしら?
きっと、この紫色の綺麗な石にいっぱい魔力を流し込めばいいのよね……」
誰も止めないので、桃華がどんどん進めている。桃華は顎に手を当てて少し考え込んだ。
その頃になってやっと、篤紫が復活して立ち上がりかけ――。
「そうよ、ダンジョンコアさん綺麗な紫だから、この間作った石を乗せてもいいんじゃないかしら」
おもむろに、キャリーバッグを召喚。中から篤紫と二人で作った魔晶石を取りだして、ダンジョンコアに乗せた。
篤紫が、止める間もなかった。驚いて手を伸ばしたが、時既に遅し。
丸い魔晶石は、チャプン、と言う音とともにダンジョンコアに吸い込まれていった。
『高濃度魔晶石を受納いたしました。自立稼働が可能になりました。
魔晶石を解析、登録情報に白崎篤紫を追加いたしました。
保有魔力は20億。通常稼働が可能です。イメージの読み込みが完了しました、反映します』
「よかったわ、これで面倒なことは篤紫さんにお願いできるわね」
桃華は手を伸ばしたまま固まっている篤紫に笑いかけた。
天然は怖い。
ドームが静かに動き始めた。
むき出しだった地面が、大理石を模した硬質の床に一気に変化した。
周りに次々に壁が生えてきて、20畳ほどの部屋に変化する。屋根が低くなり、さらにシャンデリアが天井から生えてくる。
4面の壁それぞれにドアが付き、ドア以外の壁には液晶モニターのような黒く四角いプレートが多数現れた。そのまま点灯、遺跡内各地を映し出した。
ダンジョンコアの台座からは清涼な水が湧き落ちて、せせらぎが聞こえ始める。その周りにテーブルがせり上がり、机ごとに数脚の椅子が現れた。
モニターの一つが、山の上からコマイナ都市を映していた。そこにはドームに代わって、白亜の城が建ち変わっていた。
『……全データの反映が完了しました。起動します。
おはようございます。コマイナです。
桃華様、篤紫様。それから夏梛様、オルフェナ様、今後はわたくしコマイナが、都市を含めた全体の維持管理をさせていただきます。
今後とも末永くよろしくお願いいたします』
ダンジョンコア――コマイナが明滅しながら挨拶をした。
モニターに映された、夕焼けに染まるコマイナ都市に明かりが灯る。丸い湖が湖底からライトアップされ、白い三日月と、青い太陽の姿に変わった。
「はっ? ……はあっ? そ、そこまでできちゃうの?」
びっくりした篤紫は、そのまま床にへたり込んだ。
『ふむ、これはすごいな。遺跡自体を魔法生物化したのか。
さすがの我も、ここまでは想定していなかったな』
「えっ、どういうことなの?」
『つまり、ここに新しいダンジョンが誕生したと言うことだな。
ダンジョンは亜空間にあって外界と隔離されている。通常はダンジョンマスターの魔力と、侵入者の使った魔法の魔力を回収して、ダンジョンは稼働する仕組みとなっておるのだが』
「もしかしてさっき、おかあさんが入れた魔晶石がダメだったの?」
『逆だな。ダンジョンコア自らが、生き物として魔力を生成できるようになったから、誰の魔力も必要なくなったというわけだ。
おそらく、このダンジョンの中だけで、生産からはじめ全ての事象が完結できるのだろうな』
「ふえぇぇぇぇっ、す、すごいねオルフ」
ダンジョンコアのコマイナを撫でている桃華を見ながら、夏梛とオルフェナ、そしていつの間にか横に来ていた篤紫は呆然と立ちすくんだ。
「と言うことがありまして、ここコマイナ都市遺跡は安全地帯になりました」
ダンジョン魔法でコマイナ都市南門と南の拠点が繋がった。
橋の隣に突然現れた転移門に、警戒して攻撃されかけたのはお約束。
救出部隊が橋の側で準備していたのも、騒ぎが大きくなった原因でもある。
「義母のシズカから聞いていましたが、まさか遺跡そのものを掌握してくるとは……」
タカヒロさんも絶句していた。
篤紫の報告を踏まえた緊急協議の結果、騎士の一部は予定通り翌朝から、橋を渡って向こうの部隊と合流の後、コマイナ都市に移動することになった。
また、南島に避難していたスワーレイド湖国の国民は、移転門を経由してコマイナ都市に移動。スワーレイド湖の様子が分かるまでそこで生活する運びとなった。
東西南北の閉じられていた門も、篤紫の指示で全て開け放たれた。
もっとも、外界とは門を隔てて隔絶されているため、冬の寒い外気がコマイナ都市ダンジョン内に入ってくることは無いようだ。
実は、都市に戻って一同は唖然とした。
大正から昭和初期の建物が建っていたはずの街の風景は、一夜にして、おしゃれな白壁の街に変わっていた。屋根のオレンジ色のスレートが、いいアクセントになっている。
街路樹や街灯も、華やかに彩られていた。
それはまさに、桃華がイメージしていた都市そのものだった。
「これが、ダンジョンの力……」
魔術で制御を奪おうと画策していた篤紫にも、ここまでの想像はしていなかった。それほどまでに街は美しくなっていた。
そもそも、図書館に籠もって時間を引き延ばしてまで得た知識が、何の役にも立っていない現実……。
四つん這いで項垂れながら、篤紫は自分がこの格好に慣れつつある現実に打ちのめされていた。
『むっ、レアーナが来るようだな。
すまぬが、夏梛。下ろしてもらってもよいだろうか』
細い路地を、夏梛とオルフェナは散歩していた。
コマイナ都市にある湖がスワーレイド湖に似ていることから、このままここに住んでもいいのではないか、と言う声がたくさん出ていた。
「わかった。そこの公園がよさそう」
オルフェナを抱っこして散歩していた夏梛は、急いで公園に入ってしゃがんだ。オルフェナが中央にかけていくと、発光とともに車に変化した。
コマイナ都市は南から家が埋まっている。コマイナ都市は都市自体が広大なため、実質家になった白亜城の近くは閑散としていた。
政府の機能が落ち着くまで、しばらく時間がかかることもあり、みんなでゆっくりと過ごしていた。
『転送されて後ろの席に来るようだ。夏梛は、念のため篤紫を呼んでおいてくれないだろうか。
このパターンはおそらく、厄介ごとであろう』
「うん。分かったよ、おとうさんに電話しとく」
夏梛が電話をかけている間にも、オルフェナの後席が発光を始めていた。
徐々に光が強くなり、ひときわ激しく光り輝くと、暗転して中が見えなくなった。
ゆっくりとスライドドアが開けられる。
「あ、夏梛じゃんやっほ。やっと一時間が経ったんだね。
あたし、どうやら死んじゃったみたいだよ。てへっ」
そこには、青いワンピース姿のメルフェレアーナが座っていた。
おや、風向きが怪しくなってきたぞ……