35話 夏梛の悩み
少し夏梛とゃんのお話です
夏梛は悩んでいた。
あのときあたしは、カレラちゃんと二人で油断していたのだと思う。
だからあたしは、おかあさんを失った……。
この世界に来て初めてのお友達。
洋服屋さんで、カレラちゃんとお揃いの服をいっぱい買った、もちろんお母さんと一緒のも。
洋服のサイズ合わせがすぐにできたのにはびっくりしたな。
いまは、大切にポーチの中にしまってある。
「カレラちゃん、楽しかったね」
二人で手を繋ぎながら、宿へ向かって歩く。
ヨーロッパの街並みに、うっとり見とれた。
「うん、カナちゃんと一緒の洋服、たくさん買えたね」
明日になったら、さっそく新しい服を着なきゃ。
あれ……カレラちゃん!
突然、カレラちゃんと繋いでいた左手が引っ張られて、夏梛は思いっきり地面に転んだ。
頭を打って、意識が朦朧となる。
「きゃああああぁぁぁぁっっ――」
カレラちゃんの悲鳴が聞こえる。ダメ、力が入らない。
視界の端に、お母さんが映ったと思ったら、突然身体が担ぎ上げられた。
そのまま暗い路地に強引に連れて行かれた。まるで物の扱い。
地面に無造作に投げられた。打ち付けた身体が痛い。
「かはっ――」
呼気をを吐いたまま、衝撃で呼吸ができなくなった。
意識は覚醒する。
痛い、怖い怖い……。どうして……。
「なんだよ、そっちは魔族で間違いないが、こいつは人間族じゃねーか」
「関係ないだろ、どうせ始末するだけだ」
「殺っちまえば分からんだろ。保護者が来る前に魔晶石を抜き取るぞ」
「おい、カモも来たぞ。とりあえず両方、息の根を止めておけ」
「早くしろ、 雷撃の突撃姫が来る前に全てを終わらせるぞ」
男たちに四肢が固定されている。
身体が動かない。
嫌だ、怖いよ、なんで。嫌だ、嫌だよ。
涙が溢れてくる。
助けて、おかあさん……。
ナイフを持った男の手が、夏梛の心臓目がけて振り下ろされる。
世界がブレた。
視界が揺らぐ。
いつの間にか、夏梛は立っていた。男たちは既にどこにもいない。
ここは……確か服を買ったお店の前。
目の前を、顔中にひびが入ったおかあさんが、崩れ落ちていく――。
「お、おかあさんっ――――!」
夏梛の目の前で、桃華のひびから血が鮮烈に噴き出した。
さっきお店で一緒に買ったばかりの洋服が、一瞬にして真っ赤に染まる。
飛び散った血が、道路端に積もった雪を真っ赤に染めた。
なんで、なんでなんで――!
おかあさん! どうして血だらけなの!
身体がとっさに動かない。
突然レイドスさんが桃華の裏に顕れて、崩れ落ちた桃華を支えた。
倒れそうになる夏梛の身体を、シズカさんが支えてくれる。
隣でカレラちゃんも両手を口に当てて、目を見開いていた。
周りが騒然となる。
悲鳴を上げる者、息をのむ者。
悲壮な空気が辺りを包み込んだ。
「あ……声が、戻ってるわ……ね。
シズカさん……よかった……二人をよろしくね。
それから、夏梛、篤紫さん……ごめんなさい」
おかあさんの最後の言葉。そのまま目を閉じた……。
「なんで、なんでなの? おかあさん! いやあああぁぁぁっ!」
夏梛は堪らず大声を上げて叫んだ。
どうして、おかあさん。
いやだよ、夏梛をおいていかないで!
死んじゃダメ、まだまだいっぱい甘えさせてよ。
嫌だよ、嫌――。
桃華の体が突然、輝き始めた。
レイドスの腕の中でどんどん輝きを増していく光が、細かい粒となって空に舞い上がる。
飛び散った血も、光の粒になって一緒に舞い上がる。
光が消える。
そこに、桃華はいなかった。
瞬く間だった。
レイドスさんが桃華を抱えていた姿のまま固まっていた。
夏梛は呆然と立ちすくんだ。
両手を口に当てて涙を流していたカレラちゃんも、あたしたちを支えてくれていたシズカさんも、驚きで固まっていた。
そこには、元々何もなかったかのように、血の跡すら消えていた。
辺りが静まりかえる……。
その後すぐ、おかあさんは生き返った。
ううん、そもそも死んでいなかったのかもしれない。
オルフェナの電話で安否が分かって、3人で抱き合って涙を流した。
「おかあさん……?」
馬車に揺られながら、隣に座っている桃華を呼んだ。
「ん? どうしたの、夏梛?」
優しく、頭をなでてくれる。胸が痛んだ。
あたしに力が無かったから、おかあさんが目の前で崩壊した。
「何でもないよ。おかあさん、大好き」
あたしにもっと力があれば、攫われることもなかった。
もっともっと、ずっと強くならなければ、おかあさんも、おとうさんも守ることができない。
みんな、なにもかも足りない。
「なによ、突然どうしたの? んもう」
だから、だから絶対に……。
休憩時間になった。
馬車から降りて、オルフェナが出した椅子に腰掛けた。
おとうさんが馬車になにか魔術をかけるのかな?
いっぱい勉強してきたって言ってた。あたしから見ても、すごく努力している、大切なおとうさん。
みんなが向こうに集まっているのを見ながら、ポケットからスマートフォンを取り出した。
そのまま考え込む。
今のあたしにできることは、魔法の腕を上げることだけ。
10歳の自分の身体じゃ、まともに戦うことはできないよね。むしろ、今のままじゃただの足手まといかな。
連絡先のリストから、メルフェレアーナ・メナルアの名前を選んだ。
レアーナさん。
少ししかお話しできなかったけど、伝説の大魔導師だって。
あたしたちのことを家族だって言ってくれたって。
視界の端に、興奮したサラティさんが駆け寄ってくるのが見えた。
おとうさんがまた、すごいことやっちゃったんだ。少し嬉しくなる。
あたしも頑張らなきゃ。
少し震える手で、レアーナさんに電話をかけた。
「えと、もしもし。夏梛です」
『もしもーし。あ、夏梛? ちょうど電話しようと思っていたところなんだよ。さすがわたしの夏梛だね。
ほんとすごいね、もしかしてテレパシー?』
耳元から、レアーナさんの陽気な声が聞こえてくる。
『でもごめん、先にサラティに変わってもらう事ってできるかな?
近くにいるといいんだけど』
「分かりました、待っててください」
サラティさんがちょうど近くに来たから、笑顔で電話を渡した。
びっくりして目を見開いていたけど、サラティさんは電話を代わってくれた。
あ、そのまま耳に当てればしゃべれますよ?
サラティさんの顔がすごかった。
笑顔だった顔が、突然真剣な顔になって、目を見開いたと思ったら、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
何度も頷いて、最後は満面の笑顔でスマートフォンを返してくれた。
「カナちゃん、ありがとう。みんな喜ぶと思う」
サラティさんはそう告げると、タカヒロさんの方に駆けていった。
電話は……よかった、まだ繋がっている。
「もしもし……?」
『あ、夏梛、ありがとう。助かったよ。
スマートフォンって便利なんだけど家族にしか繋がらないんだよね。
ていうか、えらく難しい顔してるけど、どうしたの?』
心臓が跳ね上がった。どうして分かるのかな?
ドキドキが収まらない。
『へへーん、大切な妹のことだもん。顔見なくたって分かるよ。
伊達に一万七百七十七年生きてるわけじゃないんだぞ』
「えっ、えっ?」
驚愕の数字に呆気にとられてしまう。
完全にレアーナさんの流れになっていた。
『いいよ、こんどみっちり魔法を教えてあげるよ。たぶん次の次くらいの目的地が一緒だからね、その時でいいかな?
この後、お仕置きに行ってくるから、終わった頃にお城の跡に集合だよ』
「えっ、あっ、はい。お願いします」
何も説明していないのに、全部分かってくれてる。
何も言わなくても、全部分かってくれる。
電話をしながら、知らないうちに涙があふれ出ていた。
溢れるほどの優しさに、包み込まれていた。
『大丈夫だよ。その、守るために強くなりたいって言う気持ちがあれば、夏梛はどこまででも強くなれるよ。
わたしも手伝うよ、だって夏梛とわたしは家族なんだよ。
家族が支え合うのは、当たり前のことなんだぞ』
「はいっ、はい! ありがとう、お姉ちゃん……」
『よしっ、勇気と元気100倍だよ。また後でね』
嵐のような電話だったけど、結局夏梛は何も喋れていないけど、レアーナには全部お見通しだったみたい。
不思議な人。不思議なお姉ちゃん。
スマートフォンをしまって、顔を上げた。
準備ができたのか、馬車に馬が繋げられていた。
みんなが乗り込むと、馬車は再びコマイナ都市遺跡に向けて出発した。
電話をしたことで、夏梛の胸のつかえがすーっと消えていった。
レアーナお姉ちゃん。ありがとう。
それから、これからよろしくお願いします……。
夏梛は怪しいフラグを立てた(マテ
子どもって親の知らないところで成長しているんですよね。
うまく伝わるといいのですが……。