33話 シオコマ街道
街道を進みます。
おや、誰かが来たようだ……(嘘
馬車の旅は順調だった。
荷馬車が先頭を走り、乗用馬車がその後を続いていた。
先頭の荷馬車はレイドスさんとタカヒロさんが操り、残りのメンバーは乗用馬車に乗ってゆっくり揺られていた。
「本日は、よろしくお願いします。
この街道は、多少の魔獣は出ますが、割合に安全な街道なのですよ」
篤紫は御者席に座りながら、隣で巧みに馬を操る御者さんの話を聞いていた。
レイドスさんと同じ、竜人の男性だった。
レッドドラゴン系の竜人なのだろうか、首元の鱗は燃えるような赤色をしている。
「街道と言いますと、この先にはなにか町か都市があるのですか?」
「いいえ、この先にはダンジョン以外には何もありませんよ。
今は同志のスワーレイド湖国民が避難していますが、コマイナ都市遺跡と呼ばれているダンジョンが、大昔に一番南にあった都市ですよ」
魔獣がいるからだろうか。
人間族にしても魔族にしても、実際に居住している範囲はかなり狭いようだ。
今まで訪れた、スワーレイド湖国にしても、シーオマツモ王国にしても、国の周りを高い壁で囲っていた。その中を安全地帯として、魔獣の生息域と分けているようだった。
「では、なぜ未だに街道として整備されているのですか?」
道は、思いの外なめらかに作られていた。お尻に感じる振動が、驚くほど少ない。
道幅も、馬車が2台余裕ですれ違えるだけの幅が確保されている。
「この街道は、冒険者がよく使いますからね。シーオマツモ王国の国策として、定期的に整地されているようですよ。
ダンジョンとしては、コマイナ都市遺跡が有名ですが、実はここから南には他にも、大小たくさんのダンジョンがあるのですよ。
人が住んでいない地域なので、魔力溜りができやすいのでしょうね」
馬車の進む速度は、早歩き程度だろう。
始めて馬車に乗ったけれど、オルフェナと比べるとやっぱり速度が遅く感じてしまう。
自動車の発明は本当に世界を変えたのだろうな。
こんな移動も悪くないけれど。
「ゆったり安心して、乗っていてくださいね。万が一、魔獣や野獣が襲ってきても、私が倒しますから。
旦那様から、戦闘が得意ではない、学者様だと伺っています。
先日の大避難でも、かなり活躍されたと聞いていますよ」
この辺はレイドスさんと打ち合わせしてあったとおりだった。
あのときは、実際に収納袋を配ったのはオルフェナだったのだけど、篤紫が魔道具職人で、急遽配ったということになっている。
もっとも、大図書館できっちり資料を漁って、原理原則や仕組みなどはしっかり把握できている。今なら問題なく作れる。
「そうですね。短時間で避難ができて、あのときはほっとしました。
これでも魔道具作りはまだ駆け出しなのですよ。
もし良ければですが、なにか魔道具をお作りしますよ。ちなみにこの馬車は魔道具ですか?」
「いいえ、普通の馬車ですよ。
旦那様も馬車にはこだわっておられましたが、さすがに魔道具の馬車までいくと、白金貨がたくさん飛んでいくようで、断念されたそうです。
軽量化だけでも白金貨1枚だとか」
「それなら、休憩の時にでもレイドスさんに提案してみますね。
今回もお世話になっているので」
「ぜひお願いします。旦那様も喜ぶと思います」
雪景色を見ながら、馬車の旅は続く。
「それはありがたい申し出ですが、たまたま目的地が一緒というだけですよ。
魔道具化に見合うほどのことはできていないと思いますが」
休憩の時間にレイドスさんに提案したところ、逆に恐縮されてしまった。
今は街道の脇で馬車から馬が外され、思い思いに休憩している。
「魔道具職人として、まだ経験が浅いので、それ程凄いことはできないと思います。ご迷惑でなければ、ぜひ」
「分かりました。
それではお言葉に甘えて、馬車の魔道具化をお願いしたいと思います。
コマイナ都市遺跡に着いて、設備の準備ができたらまたご連絡いただければ、対応させてもらいます」
「えっ、すぐにできるので大丈夫ですよ」
「はっ? すぐにと言いますと……ここでですか?」
「ええ、そうですが……」
「……なっ、…………はへ?」
思いっきり驚かれてしまった。それに凄い顔。
もしかして……やってしまったのか?
通常、魔道具製作には一ヶ月ほどかかるらしい。
専用の道具である魔導ペンで、一文字一文字魔力を込めながら書き込むため、熟練の職人でも一日10文字が限界なのだとか。
篤紫は冷や汗を流した。
自分が使っている収納鞄の魔道具、何文字書いたか憶えていないけど、確か10分くらいで作ったぞ……。
まあ、いいか。やっちゃえ。
魔導化するものが大地と触れないように、魔導台の代わりに魔道具化した魔導布を地面に敷き、その上に荷馬車を移動してもらった。
魔導ペンを取り出し、御者台の足下に魔術を刻む。
今回は軽量化と、耐久性能アップだけの簡単なお仕事です。
Reduce the weight of the horse-drawn car by half, doubling the durability performance,
込める魔力は一万くらいでいいかな?
淡く輝く魔方陣を描き、周りに文字を刻み込んでいく。刻む端から輝く文字に、周りからは感嘆のため息が聞こえた。
文字を刻み、最後のピリオドを書き込むと、荷馬車が光り輝き、周りからも驚きの声が上がる。
光が消えると、馬車は同じ所にあって、外見上は変わったように見えなかった。御者台の足下に魔方陣が淡く輝いている。
やっぱり、10分くらいで終わったな。
「……終わったのでしょうか?」
「ええ、終わりました」
レイドスさんがおそるおそる尋ねてきた。
効果はてきめんだった。
先ほどは男4人がかりで何とか動かせた荷馬車が、二人で軽々と移動させられた。魔術は凄い。
そのまま、乗用馬車にも同じ魔術を刻み込んだ。
乗用馬車の魔道具化が終わったところで、篤紫は動きを止めた。
……あ、やばい。荷馬車の荷物を下ろしてもらうのを忘れていた。
まあいっか、中のものも軽くて丈夫になっただけだな。
それに魔石を設置するところもないけど、たぶん何とかなるか。
休憩の後は、心なしか馬の動きが軽やかだった。
駆け足レベルまで速度が上がっている。軽量化恐るべし。
隣の御者さんも嬉しそうだった。
行程の8割程度が消化できた頃、急に前の荷馬車が減速した。何かあったのだろうか?
御者席からタカヒロさんが駆けてきた。
「前方で冒険者の方が魔獣と戦闘をしているようです。
劣勢のようなので、少し援護に行ってきます。
荷馬車はレイドスさんだけで大丈夫と言っていましたが、念のためフォルテさんも前に控えていたください。
アツシさんは、念のためシズカさんに声をかけておいてください」
「あ、はい」
隣の御者――フォルテさんは、御者席の椅子下から槍を取り出すと、タカヒロさんと一緒に荷馬車の方に駆けていった。
相変わらず、名前知らなかったよ。御者さんは、フォルテさんって言うんだね。
戦力外の篤紫は、背中の小窓を開けると、中のシズカさんを召喚した……。
「ありがとうございます、まさかオークが10体も出るとは想定外でした。
お礼としてはなんですが、倒したオークは全頭お渡しします」
「いえ、お気になさらず。
命があっての物種といいますから、また今度は別の誰かを助けてあげてください。こういうときは助け合いですよ」
冒険者のリーダーがタカヒロさんに頭を下げた。
遠目に見ても彼らの動きは悪くなかった。
5人パーティのバランスのいい、ベテランパーティのようだ。
ただ、さすがに10匹ものオークを同時に相手をするには、後衛を守りながらだとどうしても本領を発揮できない。
魔法使いの女性が怪我をし、傷を治すはずの治癒士と分断されていたのも致命的だった。
完全に劣勢だった。
参戦したタカヒロさんが、青い炎を纏いながら一瞬にして半数のオークを屠ったのには、さすがにびっくりしたけれど。
ていうか、タカヒロさんが戦うのを初めて見た。
ちなみにうちの女性陣は、篤紫の後ろの乗用馬車に乗っていて、御者席に来たシズカさんに守られていた。オルフェナも中にいるため、ほぼ敵なしの状態だ。
篤紫は、完全に戦力外だったが。
冒険者達は何度もお礼を言いながら、シーオマツモ王国へと歩み去って行った。結局、オークは10体全部置いていった。
食料として、豚肉と同じように食べられるらしい。
なぜ、こんなところでオークが、それも多数出たのか――それぞれ情報として持ち帰ることになった。
倒したオークをオルフェナに収納してもらう。
一行は一路、コマイナ都市遺跡へ走り出した。
次回、コマイナ都市遺跡に到着します。
今回は順調です。決して、ブルーオークのねぐらに向かおうとなんてしていませんよ(ぇ




