31話 メルフェレアーナ・メナルア
桃華さん……
「ここの大図書館を使ってる人、久しぶりに見たよ」
大図書館? ここは国立蔵書安置殿 じゃないのかな?
篤紫は思わず、心の中で突っ込んでいた。
そこには、魔女がいた。
ものすごいインパクトだった。本気で魔女っ娘スタイルをしている人なんて、テレビのハロウィンだけだと思っていた。
見た目は、日本人。瞳も黒い。
背中に流れている黒い髪はサラサラで、まさに和風美人だ。
「ところで、キミ、大丈夫? ずいぶん暗いオーラが出ているけど、なにかあったん?」
自分は、そんなに暗い顔をしているのだろうか。
いや、そうだ。
この人と話している場合じゃない!
オルフェナ探して、周りを見回した。
休憩室の方で何かが輝くのが見える。
いつの間にか、足下にいたオルフェナがいなくなっていた。
「っつ! 桃華はどうなった――」
焦る。
ここに籠もって5日が経過しているけど、今この大図書館にいるのは、二人と一匹。
休憩室に行けば、きっと何かわかるはず……。
はやる気持ちを抑えきれず、休憩室に飛び込んだ。
足がもつれて、受け身も取れないまま休憩室に無様に転がる。
「篤紫さん……心配かけてごめんなさい」
車から、オルフェナから、スライドドアを開けて桃華が出てくるところだった。
傷一つない、篤紫が知っているいつもの桃華がそこにあった。
「うぁ……桃華……よかった……」
無様な姿まま、桃華を見上げて篤紫は、まるで子どものように大声を上げて泣き出した。
そして、互いの存在を確認するかのように、ひしっと抱き合った。
「いいな、わたしもそんな転移したかったな……」
魔女っ娘が休憩室の入り口で、小さな声で呟いた。
「キミたちは……そうか、あたらしい超越種なんだね」
二人が落ち着いて、休憩室のテーブルに着いたところで、魔女っ娘が納得したように頷いた。
ちなみにオルフェナは、あの後すぐに車から羊に戻っている。
「あの……」
桃華がおずおずと、魔女っ娘に話しかけた。
「先ほどは助言ありがとうございます。
おかげで二人を無事助けることができました。本当にありがとうございました」
立ち上がり、深く頭を下げた。
「ええっ、さっきも言ったけど、わたしは何もしてないよ?
魔法ってのは、使う人の思いの強さだから、あの状態で干渉するのはかなり危険だったし。
生き物の時間を止めるってことは、無機物の時間を止めるよりも遙かに難しいことなんだよね。
そもそもこの星だけじゃなくて、宇宙規模で止まるんだから」
なにやら、かなり無茶なことをしたんだな。
桃華は、あとで夏梛と一緒にお仕置きする必要があるな。
「魔法って万能に見えて、けっこう物理法則に影響されるからね。
わたしもこの世界に来てから、さんざん苦労したもん」
そう言いながら笑った笑顔は、すごく眩しかった。
「それはそうと、早く娘さんに電話してあげなくてもいいの?
心配してるんじゃないかな」
魔女っ娘が、落ち着いた桃華に話しかけた。
「む、無理よ。余計なことを言っちゃったから、絶対に私が死んだと思っているわ
連絡したいけれど、なんて伝えたらいいのか……」
「そんなの、心配かけてごめんなさい。おかあさん生きてるよ、でいいじゃん。
速く連絡した方がいいよ。絶対に、その方が安心するよ」
魔女っ娘が力説する。間違いなく夏梛は心配……というか、俺と同じように絶望しているんじゃないかな?
確かに連絡するなら早いほうがいい。
「た、確かにそうよね……」
「ほら、早く早く」
魔女っ娘に急かされて、桃華は腰のスマートフォンを取り出した。
「あっ、なにそれ? いまの電話ってそんな形なの? わたしなんてまだパカパカの時代だったんだから。こんな感じだよ」
魔女っ娘のポケットからは、懐かしの折りたたみ電話が出てきた。
時代を感じる。
『夏梛だな。
桃華は生きておるから、心配せずともよいぞ 』
そうこうしている間に、オルフェナが夏梛に電話をかけていた。
全員の動きが固まる。
ここは、母親が電話する場面じゃないのか……?
『先ほど、余計なことを言ってしまったと、桃華が心配しておる。
今は、五体満足で篤紫に抱きついて、号泣しておるから、夏梛も安心するがいい。
これから宿に戻る。
くれぐれも夕食の時間には遅れぬようにな』
それだけ告げると、さっさと電話を切ったようだ。
「そっか、時間の流れが違うんだっけ」
『うむ。今の桃華には無理であろう。われも皆に分かるように普通に喋ったが、裏で加速処理してあるからな』
この先もきっと、たくさんオルフェナにお世話になるんだろうな。
見た目も小さいこの羊に、頭が下がる思いだった。
篤紫の調べ物もほぼ終わっていたため、みんなで大図書館の外に出ることにした。
休憩室に散らかしていた荷物を片付けて、軽く掃除をする。
「そいえばオルフェナ君だっけ? キミがこの二人のソウルベースなんだね。
いいなぁ、わたしなんか素材として北極と南極にソウルベースを設置しちゃったから、あぼーんしたら近い方に飛ばされちゃうんだよね。
ここに来たとき、苦労したんだよ」
『我の対象は、今はここにいない夏梛を含めて、3人だな。
それならば、そなたも我に登録すればよいのではないか』
「ああっ、その手があったか。いいの?」
『問題はなかろう。一番近いところに復元されることには、変わりはないはずだからな』
「それならお願いするよ」
ソウルベースが今回のような復活拠点なのだと言うことは、何となく察することができた。
やっぱり篤紫、人間を辞めていたようだ。
出口で振り返り、今日も入れて6日間お世話になった大図書館を眺める。
魔術は、凄かった。
この大図書館も、魔術を駆使して作られているようで、その汎用性の高さはコンピューター並みだと言うこともわかった。
魔術言語はやはり英語で間違いなかった。
英語なら大抵分かるし、もし困ったとしてもスマートフォンのアプリで調べる、なんて裏技も使える。
太古の大魔導師メルフェレアーナ・メナルア女史がまとめ上げたその術式は、世界中で利用されているらしい。
噂によると、伝説から1万年経っているにもかかわらず、まだ存命なのだとか。一度、会って話をしてみたいな……。
大図書館に入ったときと同じように、小部屋を経由して魔導城のエントランスに戻った。
あのじっとり纏わり付くような空間は、やっぱり慣れない。
今回3人と1匹が通過したのだけれど、特に問題はなかったようだ。
『それでは、世話になったな』
「ほんとうに、ありがとうございました」
「いいよいいよ、みんな無事だったから、結果オーライだよ。
でも、すこし護身術とか憶えた方がいいかもね」
魔導城の出口で魔女っ娘と挨拶を交わした。
そう言えば、未だに名前を知らない。
もうすぐ夕刻、これからゆっくり歩いて行っても宿の夕食に間に合う時間だった。
エントランスの時計を見上げると、本当に1時間半しか経過してていなかった。
改めて、魔術の素晴らしさを感じた。自分にも、後世に残せるような魔道具が作れるのだろうか。
魔族は総じて長命だという。
せっかく人間を辞めたのだから、じっくりと研究すればいいのかもしれない。
別れ際、魔女っ娘が、人差し指を唇に当てながら首を傾げた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。
わたしはメルフェレアーナ・メナルア、ここの城の持ち主だよ」
「「ええぇぇっっ!」」
衝撃の事実に、篤紫と桃華の叫び声が辺りにこだました……。
衝撃の事実
気づかない篤紫、桃華も悪い