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家族三人で異世界転移? 羊な車と迷走中。  作者: 澤梛セビン
二章 シーオマツモ王国
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29話 時間停止

桃華急げ

 桃華は色が反転した世界を必死で駆けていた。

 両腕に抱きかかえた夏梛とカレラちゃんを、強く抱きしめる。


 シズカさんに、絶対に託さなきゃ。

 時間が止まっている今は、まだ動ける。でも、時間が戻った時におそらくわたし私の体に何かが起きる。


『 加速と肉体強化を経ずして時間を止めた代償は、必ず返ってくるから 』

 魔女っ娘が言っていた言葉。

 この全てが止まっている時間の中で自由に動けているのだから、間違いないのだと思う。


 さっき、シズカさんが曲がった角を、スピードを下げてゆっくり曲がる。

 時間が止まった世界で、生きているものも全てモニュメントのように停止している。

 もしぶつかったら、どうなるのか分からない。


 案の定、ベビーカーを押した女性がいた。

 当たらないように避けながら、通りを駆ける。


『魔法による時間停止は、魔術の時間停止の100倍魔力を消費する。

 あなたの魔力がどのくらいあるか知らないけど、急いだ方がいいと思うよ』


 去り際に聞こえた魔女っ娘言葉が、脳裏をよぎる。

 そういえば、名前を聞きそびれちゃった。


 二つ角を曲がったところで、道が分からなくなった。

 焦る。未だに、声が出ない。

 このときほど、自分の方向音痴が恨めしく思ったことはなかった。




『困ったことが起きたら、我に電話するがよい』

 オルフェナの言葉を思い出した。

 慌てて、近くにあったベンチに夏梛とカレラちゃんをそっと座らせる。

 腰元のスマートフォンを縋る気持ちでたぐり寄せた。


 スマートフォンは――動いている!

 オルフェナを呼び出す。


『う――む――。も――も――か――か――。

 ど――う――し――た――の――だ――?』

 もどかしい。ひどく間延びした声が耳元から聞こえる。

 しまった、私いま声が出ない。


『ま――っ――て――お――れ――。

 ……。

 ……………。


 待たせたな。

 時間停止か。その分だと声も出ないのだな』


 目から涙が溢れてきた。

 チートなオルフェナがありがたい。時間を止めることができても、原理を知らない自分では何もできなかった。


『その分だと、シズカ殿を探しておるのだな?

 少し待て、地図を確認する。


 その場所からだと、尖塔が見える方向に進んで、二つ目の大通りを左だな。

 そこにレイドス殿と一緒にいるはずだ。

 魔力が恐ろしい勢いで減っておるな……もってあと5分か。

 急ぐがいい』


 スマートフォンを手放して、夏梛とカレラちゃんを抱え上げる。

 はやる気持ちを抑えて、オルフェナに言われた方向へ駆け出した。





 既に時間感覚は分からない。

 おそらく、ぎりぎりのような気がする。


『時間を戻すときは、しっかりと停止して、その二人をしっかり抱きしめてて。あなたの思いが二人を守る力になるよ』

 魔女っ娘は、確かこう言っていた。


 シズカさんとレイドスさんが見えた。

 ちょうどキャリーバッグを受け渡ししているところだった。


 二人の横に立つ。

 夏梛とカレラちゃんを強く抱きしめる。


 お願い、この二人を絶対に守って。

 時間、戻って……。



 視界が真っ赤に染まる。

 体中の細胞が崩壊して、全身から血が噴き出すのが分かる。

 恐ろしいほどの激痛にとっさに声も出ない。


 桃華は夏梛とカレラちゃんを抱えたまま、桃華はその場に膝をついた。


 世界が、色を取り戻した――――。







 シズカは身体強化をちょっとだけかけて、路地を走っていた。

 モモカさんに声をかけて、急いで駆け出したのには理由があった。


 レイドス・バルザック。

 40年前、当時のコーフザイア帝国もスワーレイド湖畔に進軍してきていた。

 ちょうど娘の出産で里帰りしていた私は、迷わず戦うことを選んだ。

 そのときの右腕が、レイドスだ。


 自分より年上のレイドスが、なぜ自分に着いてきたかは分からない。

 でも、実際にコーフザイア帝国軍の万の勢力を、自分を含めて20にも満たない人数で撃破したのだから、彼の判断は間違っていなかったのかもしれない。


 雷撃の突撃姫。

 当時、呼ばれていた二つ名も、今では懐かしい。

 レイドスも似たような雷使いだった。ウマが合ったのかもしれない。


 そんな彼の性格は、良くも悪くも几帳面だ。

 間違いなく忘れ物を持ってきてくれているはず。彼自身が、今回の一連の事件で、かなり予定を前倒ししていることは知っている。


 この後も、シーオマツモ王国の各地をまわって、生地や素材を買い集めるはずだ。時間が足りない。



 でも自分の足なら、一分もかからずに往復できる。





 交差点を曲がると、ちょうどレイドスが店から出てくるところだった。

 モモカさんのキャリーバッグを大事に脇に抱えている。


「おや、タナカ隊長。わざわざ取りに戻られたのですか?

 その雷撃の突撃姫の姿、久しぶりに見ましたよ」

 雷をほとばしらせている自分の姿を見て、レイドスが嬉しそうに笑った。


「ごめんなさい、忙しいのに。

 モモカさんのキャリーバッグ届けてくれようとしてたのね。

 ありがとう」

「いいえ、ちょうど次の取引先と向かう方向が一緒でしたから、問題ありませんよ。

 同盟国とはいえ、人間族は油断できませんからね。

 ここは魔術が盛況している国です。時間が経つと、書き換えられる心配もありますからね」

 そう言いながら、レイドスはキャリーバッグをシズカの前に置いた。


「ええ、確かに――」


 空間が揺らいだ。


 爆発的な魔力が遠くで迸るのを感じた。


 魔力感知を持っていなければ分からない感覚。


 レイドスの眉間にもしわが寄った。

 これは……もしかして、モモカさん?




「一瞬にしてものすごい魔力を感じましたが……」

「たぶん、モモカさんよ」


 次の瞬間、二人の横にカレラとカナちゃんを抱えたモモカさんが顕れた。

 モモカさんの体全体にひびが入り、全身から血を吹き出して地面に膝をついた。

 想定外の事態に、すぐに動けなかった。


 買ったばかりの洋服が、一瞬にして真っ赤に染まる。

 飛び散った血が、道路端に積もった雪を真っ赤に染めた。


「お、おかあさんっ――――!」

「えっ、モモカさん!」

「え。ええっ?」

「モモカ殿――!」


 レイドスが雷足を使って、モモカさんの裏に回って支える。

 シズカも、悲鳴を上げるカレラとカナちゃんを抱きとめた。


 周りが騒然となる。

 悲鳴を上げる者、息をのむ者。

 悲壮な空気が辺りを包み込んだ。



 全く、何が起きたのか分からなかった。


 気づいたら、モモカさんがそばにいて、崩壊していくところだった。


「あ……声が、戻ってるわ……ね。

 シズカさん……よかった……二人をよろしくね。


 それから、夏梛、篤紫さん……ごめんなさい」

 それだけ言うと、モモカさんが意識を手放した。


「なんで、なんでなの? おかあさん! いやあああぁぁぁっ!」

「目を、離したのなんて……一瞬よ。

 まだ30秒も経っていないのに……嘘、よね――」

 絶望に染まる。




 モモカさんの体が輝き始めた。

 レイドスの腕の中で輝きを増した光が、粒となって空に舞い上がる。

 飛び散った血も、光の粒になって一緒に舞い上がる。



 瞬く間だった。

 レイドスがモモカさんを抱えていた姿のまま固まっていた。

 悲鳴を上げていたカナちゃんも、両手を口に当てて涙を流していたカレラも。

 そして、自責の念に駆られていたシズカでさえ、思考を放棄して固まった。


 そこには、元々何もなかったかのように、血の跡すら消えていた。


 辺りが静まりかえる……。






 と、突然。夏梛のスマートフォンが着信音を奏でだした。

 放心していた夏梛が慌ててスマートフォンを取ろうとして、数回、路面に手を滑らして落とした。


「えっ、オルフからの着信……?」

 オルフェナからの着信だった。

 なぜこのタイミング……? おそるおそる、通話のアイコンを押す。


『夏梛だな。

 桃華は生きておるから、心配せずともよいぞ』

 優しい、いつものオルフェナの声が聞こえた。


 目から、涙が滝のようにこぼれ落ちてくる。

 横で聞こえたのだろう、シズカさんとカレラちゃんがそっと抱きかかえてきた。

 二人とも、涙を流している。


『先ほど、余計なことを言ってしまったと、桃華が心配しておる。

 今は、五体満足で篤紫に抱きついて、号泣しておるから、夏梛も安心するがいい。


 これから宿に戻る。

 くれぐれも夕食の時間には遅れぬようにな』


 言うだけ言うと、オルフェナは通話を切断した。


 涙を流して抱き合う三人を、レイドスさんが優しいまなざしで見つめていた。


謎の女「早く娘さんに電話してあげなよ」

桃華「む、無理よ」

謎の女「ぜったい、その方が安心するよ」

桃華「た、確かにそうよね……」

謎の女「ほら、早く早く」

オルフェナ『夏梛だな――』

謎の女&桃華「「…………」」


大図書館に戻りますよ

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