28話 魔女っ娘
その頃、桃華達は……
街の景色を眺めながら、桃華は幸せいっぱいの笑顔を浮かべていた。
もともとヨーロッパの街並みに憧れていた。
インターネットサイトで見るたびに、いつか行くと心に決めていたのだ。
でも、飛行機が怖くて、行くとしたら船なのよね。
昔、新婚旅行で九州に行ったとき、オランダの街並みを模したテーマパークに寄ったのだけれど、あそこは私の夢の国だったわ。
わざわざ篤紫さんと二人で衣装を借りて、その国の人になりきったのはいい思い出。
「おかあさん、外人さんがいっぱいだね。あたしああいうレンガのお家に住みたい」
半日寝られたのが、よかったのかしらね。
ここ数日は緊張しっぱなしだったし、カレラちゃんと手をつないで緊張でずっと泣きそうだったもんね。
桃華は、二人の元気な姿に安心した。
隣の国に逃げてきて、まだ半日。事態は、悪くないだけで何も変わっていない。むしろ、シズカさんも言っていたけど、コマイナ都市遺跡に行くまでが危険なのかもしれない……。
「カナちゃん、オルフ大丈夫かな? 迷子になっていないかな?」
「うん、大丈夫だよ。オルフはおとうさんよりもしっかりしているから、絶対に夜にはモフモフできるよ」
「そうだよね、オルフ可愛いもんね」
「オルフのぬいぐるみ、前のうちにもあったんだよ」
「えー、いいなー」
夏梛とカレラが手をつないで、たわいのない話をしている。
怖い思いをさせてしまったと思う。
でも、私たちがこの世界に来てから使えるようになった魔法は、未だに生活魔法の範囲だけ。
イメージするだけでいい。シズカさんにレクチャーを受けても、そもそもイメージを具現化できずにいた。
もちろん、篤紫さんと原因は話し合っている。
私たちには、覚悟ができていない。
生き物の命を奪うこと、そして人の命を奪うことに、本能的に怖がっているのよね。だから、生活魔法以上の魔法が使えない。
それが、この世界で生きていく上で、大きな枷となっていることも気づいている。
夏梛にも、命を奪う行為をさせたくない。
親としての、ごく当たり前の願い。でもこのままこの世界で生きていくなら、その願いすら叶いそうもない。
でも、だから、悪いとは思いつつ、オルフェナに頼り切っている……。
「モモカさん、私のお薦めの洋服屋さんにそろそろ着くわよ。
さっきまでニコニコしていたのに、なんて顔してるのよ?
ほら、元気出して。モモカさんらしくない」
その顔は、反則だな……。
カレラちゃんの祖母のシズカさん。
透き通るような肌に、サラサラストレートの黒髪。
おまけに凄い美人。
桃華を見つめるその赤い瞳が、全てを理解して、なお前へ進むことを促してくる。
そっか、考えすぎているわね。
もう、私たちは、この世界の住人。
早く慣れなきゃ。
そういえば篤紫さんが前、嬉しそうに言ってたっけ。確か、こんな感じかしら……。
わたしも、人間をやめたみたいね。
「シズカさん、私もヨーロッパデビューしなきゃ。
絶対にあのおしゃれな服買うわよ」
「そうよ、一緒によーろっぱでぶーしなきゃダメよ。来て、こっちよ」
3人を先導していくシズカさん。
この人が96歳なんて、とても信じられなかった。
「おや、奇遇ですね。
まさかここでお会いできるとは、思いも寄りませんでした」
シズカさんに案内された店は、まさかの高級洋服店だった。
でも同時に、妙に納得している自分もいる。
大量生産がないこの世界では、価格を下げるにはどうしても品質を落とさないといけない。
品質を落とすくらいなら、高い素地の服を買って長く使った方がいいに決まっている。いくら生活魔法で汚れは落とせても、服の傷はそのままなのだから。
「バルザックさんお久しぶりね。こちらには仕入れかしら?」
店にいたのは、スワーレイド湖国で衣料店を営んでいた、竜人の紳士レイドス・バルザックさんだった。
手に持っていた布地をカウンターに大事そうに置いて、こちらに振り返る。
「ええ、ここのお店の布材が、非常に品質がいいのですよ。
まさか、商談で国を留守にしている間に、スタンピードが起こるなんて思いもしませんでした。
メイルランテ魔王から、ソウルメモリーに直々のメッセージが届くとは思っていませんでしたが。
モモカさんがここにいらっしゃると言うことは……」
そこで、レイドスさんはシズカさんに気がついた。
「これは、タナカ隊長。お久しぶりです」
「もう引退して40年よ。でも、そう呼ばれるのも懐かしいわね」
「タナカ隊長はいつまで経っても我らの隊長ですよ。
では、そちらのお子様がもしや?」
「ユリネとタカヒロの娘よ。カレラよ。私の可愛い孫ね」
なんか、二人の話を聞いていると時間の感覚がおかしくなってくるわね。
40年前なんて、私ですら生まれていないじゃない。
「隊長までいるとなると……もしかして、自分らの祖国は……」
「残念だけど、国は壊滅したわ。既に瓦礫だけで何も残っていない。
でも、国民は全員コマイナ都市遺跡へ避難を完了している。
サラティとタカヒロが今頃、女王に謁見しているはずだから、ひとまずは何とかなるかしらね。
落ち着き次第、私たちもコマイナ都市遺跡へ向かうことになるわ」
「明日湖国へ帰る予定でしたが、そういうことでしたら商会で馬車を手配しましょう。
目的地は一緒ですからね」
「助かるわ。後でタカヒロにも伝えておくわ」
レイドスさんは私とシズカさんに黙礼すると、夏梛とカレラちゃんの頭を愛おしそうに撫でて、カウンターに戻っていった。
宿も、今の宿から私たちが泊まっている宿に変更するそうだ。
目に飛び込んできた店内は、完全に予想外の光景が広がっていた。
桃華はびっくりして目を見開いた。
大量の衣服が、ハンガーに掛けられていた。それも、全てが同じサイズに見える。
一つの衣服が、同じデザインで5着から10着ずつある。
広い店内に所狭しと駆けられている様子は、まさに日本でもお馴染みの、衣料の大型店そのものだった。
「おかあさん、すごい量だね。ても、あたしの着れる服が無さそう」
確かに、私でも着られる服が無さそうね。
親子二人で困った顔で思案していると、大量の服を抱えたシズカさんとカレラちゃんが近づいてきた。
「モモカさん、このお店は魔道具でフィッティングをしてくれるから、好きな服を持ってくればいいのよ。
なんなら、カナちゃんとお揃いの服にもできるわよ」
「カナちゃん、可愛い服見つけたの、こっち来て。早く早く」
夏梛がカレラちゃんに手を引っ張られて、服の中に消えていった。
「前はたくさん服が買えなかったけど、オルフちゃんのおかげでいっぱい持てるようになったから。
たくさん買うわよ!」
そっか、オルフが二人にも魔法の鞄プレゼントしてたっけ。
桃華は、ネックレスを指で弾いて、宿に置いてあったキャリーバッグを喚び出す。
光とともに足下に出現したキャリーバッグを引きながら、衣服の林に突入していった。
洋服店にあった伸縮の魔道具は、正直言ってすごかった。
見た目は、人が立っては入れる箱を横に2つ並べただけの物だった。
片方が、ファッションセンターによくある試着室のカーテンがない状態の箱で、もう片方は扉付きのガラスケースになっている。
ガラスケースに服を掛けて、もう片方の部屋に入って壁にあるボタンを押すだけで、ガラスケースの中にある服が、モコモコ蠢いて私の体型に変化した。
もう、あっという間に。
もちろん、夏梛が入ってボタンを押しても、夏梛のサイズに変形する。
お嬢さんが大きくなったら、成長に合わせてまた調整できますよ――店員さんの言葉に、思わず心の中でガッツポーズしていた。
子供服って、すぐに着れなくなっちゃうのよね。
支払いに金貨が何枚か飛んでいったけれど、気前よく払うことができた。
その辺はオルフ様々よね。
店を出ると、日がかなり傾いていた。
やっぱり自分もそうだけど、女性の買い物は時間がかかるわね。
前を夏梛とカレラちゃんが、相変わらず手をつないで楽しそうに歩いている。
もうじきこの、雪景色がオレンジ色に染まるのだろう。
「あれ? モモカさんキャリーバッグ忘れてきてるじゃない。
待っててね、取りに行ってくるから」
シズカさんの声に気づいて振り返ったときには、既にかなり遠く、さっき曲がった街角を曲がるところだった。
そういえば、お金を払ってカウンターの横に置いたままだったわね。
説明しておけばよかったな、喚び出せるって。
「きゃああああぁぁぁぁっっ――」
目を離したのは、そんな一瞬のことだった。
振り返ると、夏梛とカレラちゃんが数人の男に抱えられて、路地裏に連れ去られていくところだった。
え、待って。
待って、待ってってば!
なんで? 何でこんなことが――。
歯を食いしばって、桃華は駆け出す。
路地裏に入って見えたのは、地面に仰向けで押さえつけられて、今まさに、心臓めがけてナイフが振り下ろされる所だった。
だめ! 絶対にダメ。
時間、待って! 今すぐ止めて!
夏梛とカレラちゃんのために、時間待って! 止まれ!
世界が反転した。
全ての色が反転した世界は、時間も物も空間すらも止まった。
間に合った――。
意識はあるが、動かない体を強引に動かす。
少しずつ、ほんの少しずつ体が動き始める。
突然、弾けるように体が動き、仰向けの夏梛とカレラちゃんの前まで転がった。
ナイフは、心臓まであと1ミリのところで止まっていた。
男達を蹴飛ばす。
複数いた男全てが壁まで転がったところで、二人を抱え上げた。
軽々と持ち上がる。異様に軽い。
『膨大な魔力を感じたから来てみれば、魔法を使ったのはあなただったのね。それも魔術ではなく魔法で。
二人、助けられてよかったね』
声を出そうとした。でも声が出なかった。
敵ではない――とっさに理解して、頭を縦に振った。
そこには一人の女性が佇んでいた。
長い黒髪のその少女は、絵本の魔女がよく被っている黒のとんがり帽子に
、黒のローブ。手にはひん曲がった杖を持っていた。
まさに魔女の装い。テレビでよく見た魔女っ娘そのものだった
『男達は放っておけばいいよ。
そのままにしておけば、勝手に自滅するはずよ。
ただ、加速と肉体強化を経ずして時間を止めた代償は、必ず返ってくるから気をつけてね。安全なところまで二人を運ぶことをお薦めするよ。
と言っても、何もしてあげられないけれど……』
そう言うと、手を振りながらふわりと浮かび上がる。
そのまま空の彼方へ飛び去っていった。
桃華はあらためて、夏梛とカレラちゃんを抱え直し、色の変わった世界を表通りに向けて駆け出した。
時間停止は、ロマンですね




