25話 シーオマツモ王国
明るくなりつつある、朝の峠を徒歩で下っていた。
「オルフ、追っ手はまだいるか?」
『うむ、少し前に気配が消えたな。
シーオマツモ王国領の奥までは追わぬ判断のようだな』
羊の姿に戻って夏梛に抱きかかえられながら、オルフェナがまん丸な目を細めた。細めたんだよな? 少し潰れただけだったが……。
「いつもは馬車で通っていたから、徒歩は新鮮だよ。
ここの景色、こんなに綺麗だったんだね」
サラティが周りの景色を見ながら、感嘆の声を上げる。
「確かにそうですね、いつも馬車の中で気持ちよさそうに寝ていましたから」
「ぐっ……。それは言わない約束じゃん」
くるぶしまで積もっている雪を踏みしめながら、一面白で彩られた景色をじっくりと楽しんだ。
確かに、ゆっくり歩きながら雪景色を見るのは初めてかもしれない。ほとんどが車移動だったからな。若い頃は雪山に滑りに行っていたけど、結婚してからはもっぱらコタツの番だったか……。
オルフェナに周りの警戒を任せたまま、峠道をゆっくりと下っていく。
スワーレイド湖国から正式にシーオマツモ王国に向かうには、峠を越えないといけない。峠は越えるには、雪のない道で歩いて半日はかかる行程だった。
オルフェナに乗って、峠の頂上まで走る。
このままシーオマツモ王国に向かっても、既に壁門は閉まっている時間だろう。
追っ手のことを考えると、できるだけ早く進みたかったが、安全を考慮して頂上で車内泊をすることにした。
オルフェナの中にさえいれば、絶対の安全が確保できる。
『今度、中の空間も拡張しておこう』
オルフェナが呟いていたが、こやつは車なんだよな? いったいどこを目指しているのだろうか。
確かに、中の空間が広ければキャンピングカーのように使い方もできるだろうが……。
車で行くと目立つという理由もある。
この世界の交通は、機械が発達していないから、基本的に馬車止まりのようだった。遅かれ早かれ、オルフェナは車から羊に変わってもらう必要がある。
そもそも、コーフザイア帝国の斥候を引き連れたまま、シーオマツモ王国に向かうわけにはいかなかった。
疲れていたのだろう。峠の頂上に着く頃には、全員眠りに落ちていた。
雪がしんしんと降り始めた。
「おとうさん! みてみて、すごく大きい壁だよ。
入り口がすっごく小さく見えるね」
シーオマツモ王国は周りを山に囲まれているため、スワーレイド湖国と同じように、魔獣対策で外縁を国壁で一周囲っている。
日本で言うところの松本平一帯を国土としている国だ。王族の世襲制の国で、貴族制度がある国だという。
魔族に対する忌避が少ない国で、国としてもスワーレイド湖国と同盟を組んでいるそうだ。
「見晴らしがいいな、山の形はやっぱり一緒なんだな」
「私には本当に懐かしい景色ね。篤紫さんと結婚するまで、ずっと過ごしてきた場所だもの、懐かしいわ」
「モモカさんはシーオマツモ王国の出身なの?」
「いいえ、日本にいた頃の話よ。
こっちの故郷は、スワーレイド湖国よ」
「あらあら、嬉しいわね」
検問はソウルメモリーが採用されているため、スムーズに通過することができた。
こと魔術に関しては、シーオマツモ王国はかなり進んでいるらしい。
スワーレイド湖国とも技術交流が頻繁に行われいたようだ。市街に建っていた街灯や、生活魔道具などの便利道具は全てがシーオマツモ王国からの輸入だったようだ。
確かに、魔法が使えれば魔術を使う必要がないので、技術交流がなければもっと文明は遅れていたのかもしれない。
門をくぐったところで、篤紫は目を見開いた。
「まて、まてまてまてまて。
これはないだろう、絶対にこれじゃない」
篤紫はその場で崩れ落ちた。
「なんで洋風の建物なんだよ!」
全員の視線が冷たかった。
「それでは、わたしとタカヒロは王城に行ってくるよ。
この辺の地理はシズカさんが詳しいから、しばらく観光でもしててほしいかな」
「分かった。ちなみに時間がかかりそうなのか?」
「ここの女王はお話が好きだから、ちょっとね。
半年前に来たときも、半日おしゃべりにつきあわされたし」
スワーレイド湖国の国土が壊滅し、国民がコマイナ都市遺跡に避難している。おそらく今日は帰してもらえないだろう。
こんな時、魔王は大変なのだろう。
見渡す範囲全てが中世ヨーロッパの町並みだった。
地震がある国土だから、基礎や支柱の部分は耐震構造で作ってあるはずだけど、建物からして見た目は完全にヨーロッパだった。
石畳などかなり風情がある。
「シズカさん、この街は昔からこんな感じなのですか?
スワーレイド湖国はもっと日本っぽかったはずなのに」
篤紫が首をひねりながら、オススメの宿屋に案内してくれているシズカさんに尋ねた。
「ニホン? にどういった建物があったのか知らないけれど、この街の街並みは記録にあるだけでも5000年は変わっていないそうよ。
この国や、中枢にある国立魔導学園は太古の魔道士、メルフェレアーナ・メナルアが作ったと伝えられているわ」
言いながら北の方、建物の屋根の上に出ている尖塔を指さした。
「あれは?」
「サラティとタカヒロが向かった、王城を兼ねた、国立魔導学園よ。
アツシさんが魔道具の製作を目指すのであれば、まずあそこを尋ねるべきね」
魔道具の製作――間違いなく、自分が仕事としてやらなければならない分野だろう。この世界で英語文が使えると言うことは、つまり魔術言語が理解できることに他ならない。
だからこそ、国立魔導学園は大事な通過点であるような気がする。
「宿に着いたわ、取りあえずチェックインだけしてしまいましょう」
後で行くだけ行ってみよう。そう思いながら、宿の入り口をくぐった。
「それじゃ、お留守番よろしくな」
「アツシさんとオルフちゃんとお散歩に行ってきますね」
歩いてここまで来るのは幼少組には堪えたのだろう。宿屋にチェックインすると、夏梛とカレラちゃんが、目を離した隙にベッドですやすや眠っていた。
部屋は念のため、3部屋借りている。
今日の予定を話していたときは、まだ二人でベッドの上をはねていたはずだったが。
「さすがにここ数日ハードだったから、夏梛もカレラちゃんも疲れたのね。
二人のことは見ているから、お散歩に行ってらっしゃい」
桃華も疲れたと思う。篤紫は手を振ると、部屋のドアを閉めた。
『して篤紫よ。念願の冒険者ギルドに顔を出すのか?』
オルフェナ言葉にドキッとした。
「それはいいわね。私も昔は冒険者としてこの辺で活躍していたことがあるのよね。
懐かしいわね……」
シズカさんまで、懐古に浸り始めた。
……これは、フラグが立ったか!
焦る気持ちを抑える。異世界と言えば冒険者、冒険者と言えば冒険者ギルドというのは鉄板だ。
確かに自分には戦う力はない。
だが、登録して気分だけでも浸ることができるだろう。なんなら、今から鍛えれば間に合うはず!
中に入ると、熟練冒険者に絡まれるまでが、基本だからな。
そういう場合は、にらみ返す……はできないな。どうするんだったか?
そうだ、オルフェナに凄んでもらおう。
極めて冷静な顔で、一人と一匹に切り返した。
「い、行きましぇう……」
声が裏返った……。冷ややかな空気が流れた。
『そこまでか?』
「あ、ああ。そこまでの価値はある」
自分が思った以上に顔がにやけていたらしい。
オルフェナに突っ込まれて、顔が真っ赤になるのが分かった。
『ふむ、話を振ったのは我だからな。
昔から異世界移転物や、異世界転生物を読むのが好きだとは知っておるが。
まあ我をテイムした体で、テイマーで登録でもすればよいのだろうな、我がいれば大抵何とかなる』
「魔道具で魔物をテイムしていた方もいたから、いいと思うわ」
オルフェナとシズカさんのお墨付きが付いた。よし。
期せずして、冒険者ギルドに行くことになった。
オラ、ワクワクすっぞ!
さあ、冒険者ギルドいくよ!