24話 コーフザイア帝国軍
メテオですか?
いいえ、ただの火の玉です。
最初は隕石が落ちてきたように見えた。
直径はゆうに100メートルはあろうか、どろどろに溶けた炎の塊がスワーレイド湖目がけて飛んできていた。
巨大な炎塊は、篤紫たちが見ている前でスワーレイド湖に吸い込まれるように落ちていく。
真ん中にある神殿をなぎ倒しながら、水面に着弾――
『む、いかん! 夏梛、魔力をもらい受けるぞ!』
「うん、いいよオルフ」
水が、高温の炎に触れる先から、大爆発を始めた。
大量の水蒸気とともに、爆発で弾けた溶岩状の炎塊が湖壁をえぐる。
八方を暴力的に抉っていく爆発は、着弾した勢いのままスワーレイド城に向かって激しく爆発した。
間髪入れず、オルフェナが障壁を展開した。爆発に対して円錐状の障壁が展開され、破砕物が後方に流されていく。
それでも、自車に来る衝撃は防げても着弾の位置は遙か下。足下はそのままの勢いで、数キロにわたって抉り取られているわけで。
一瞬の滞空の間があって、真っ逆さまに下に落ちていく。
『落下するぞ。
衝撃や着地は我が何とかするが、念のためしっかり掴まっておれ』
「ぁ、きゃああああぁぁぁっ」
「マジかよ、100メートル以上あるだろぉぉぉおおおお――」
まるで隕石が落ちたかのように、抉れたクレーターの底に、オルフェナの車体ごと真っ逆さまに落下していった。
爆心地の底には、少しずつだが水が溜まりつつあった。
完全にすり鉢状になっていて、何も無くなった底面からは、北西に向けてなだらかな坂が続いていた。
スワーレイド城やスワーレイド市街があった方向でもあった。
オルフェナの車内は無言だった。
窓の向こうには所々、灼熱した地面も見える。上から流れてくる水が、赤熱した地面に触れて水蒸気に変わっていた。
最初はうっすらと立ちこめていた霧も、坂を上がる時間とともに濃く深くなっていく。
『取りあえず、このまま坂を上って、北西へ走ってゆくぞ。
路面の岩は破砕しながら進むが、それでも振動はあるかもしれん。舌を噛まぬようにな』
走りながら、前方を整地しているのだろう。言うほど車内に振動は無かった。
「せっかく守れたのに、国、無くなっちゃった……」
サラティがポツリとつぶやいた。
「サラティさん……」
助手席の桃華が振り返りながら、結局言葉が出てこないようだった。
スワーレイド湖国はサラティさんの想いの結晶だ。爆発に地面ごと吹き飛ばされたスワーレイド城、スワーレイド市街はその面影すら無かった。
深い霧で隠されている分、どこまで無くなっているのかわからない。
後席の夏梛が、後ろからサラティに抱きついた。
「でもみんな生きてるよね。
この国にいたみんな避難しているから、何にも無くなってないよね」
夏梛の言葉にみんなが一斉に顔を上げた。
「そう……ですね。結果的に人的被害はなにもない……」
「ねえパパ? ママは、大丈夫なの?」
「大丈夫よカレラ。
ユリネはみんなのために、真っ先にコマイナ都市遺跡に行っているから、絶対に大丈夫よ」
避難した先ことは全く分からないが、避難誘導の初動がよかったから、おそらく向こうは大丈夫だろう。
いまは、爆心地から抜けることが最優先だ。
「国は土地では無い。人がいて、そこが国になる。
闡提魔王がよく言っていました。
スワーレイド湖国も、国民が無事ならば何度でも再建できますね」
「そうね……そうよね。私たちの国、まだ終わっていない」
タカヒロの言葉に、サラティは涙声でつぶやいた。
霧はさらに深くなっていく。
『むっ、囲まれているな』
斜面が平坦になってしばらく走ったところで、オルフェナが停止した。
視界はほぼゼロ。
音さえも霧で遮断されているのか、何も聞こえてこない。
「どうしたオルフェナ?」
篤紫が問うも、一瞬の間が開いた。
『……騎馬の進む音が聞こえるな。
誰かが魔力を練っている。これはまずいな』
渦を巻いた風が、オルティナの障壁に弾かれて霧散した。
多数の地点で竜巻が生まれた。
強い風が、激しく渦巻く風が、霧を吸い込み上空へと霧を巻き上げていく。
霧が薄れるにつれて、周りの状況が顕わになった。
周りを千を超える騎馬に囲まれていた。
漆黒の鎧の騎士が、同じく漆黒の鎧を纏った騎馬にまたがっている。
三頭の竜に槍を交差した国旗――コーフザイア帝国の軍隊だ。
篤紫は半眼になった。
……何で西洋鎧なんだろう?
「そこは、違うだろう。せめて古い日本の鎧兜で登場してくれないかな」
声に出ていた。雰囲気が台無しだった。
シリアスさんが仕事を放棄した瞬間でもあった。
車内になんとも言えない空気が流れる。
騎士の中からより装飾の多い騎士が進み出てきた。
取り巻く騎馬とオルフェナのちょうど中間で止まると、兜を……ぬい……おや? 頭が抜けないのか、しばらく頑張っていたが、諦めたようだ。
「メイルランテ魔王はいるかな? 出てきてもらおうか」
何事も無かったかのように、胸を張って話しかけてきた。
「ねぇ、あれ何かしら?」
「着せてもらった坊ちゃんとかじゃないかな?
自分で兜を脱ぐことができないのに、格好つけたかったんだろうけど……台無しだよね」
「メイルランテ魔王……あ。わたしか」
車外の声は聞こえてくるが、車内の声が外に漏れることは無い。
中で好き勝手言い始める。
「お前の大事な者達は預かっている。おとなしく出てきた方が身のためだ」
騎士は、抜いた剣を向けながら高々と宣言する。
『サラティ、大丈夫だ。あやつらはこの国に、既に誰もいないことに気づいていないぞ』
「そもそも、大事な物ってなに。国が跡形も無いのに」
「メイルランテ魔王のお知り合いですか?」
「もう、タナ……タカヒロさん、もうわたしのこと名前で呼んでよ。
そもそも、あんなズレた人知らないよ」
「呼びかけを無視するとは、いい度胸だな……。
おっと、名乗るのを忘れていたな。失礼。
我が輩はコーフザイア帝国第2師団騎兵師団、師団長のレムリアスだ、末永く頼むよ、魔王殿」
「シズカせんせ、コーフザイア帝国ってこの間勉強した国のことかな?」
「そうよカナちゃん。遙か南東にある人間族の大きな国ね」
「あの国嫌い。魔族差別が酷いって、ママにさんざん教えてもらった。
捕まったらドレイになっちゃうんだよ。
どーれいことだ、ってママ言ってた」
「ユリネさん……それは無いよ……」
「あくまでも沈黙を続けるのだな、よいだろう」
そう言うと、右手に持った剣で左手の小手を鳴らした。
後ろの馬群から2人のグラスエルフが、騎士に左右を挟まれて歩み出てきた。サラティは目を見開いて息をのんだ。
その二人は、サラティと同じ背格好のエルフだった。手足は鎖に繋がれ、首には太い首輪が巻かれていた。
髪はボサボサで、身体にはたくさんの痣が刻まれていた。いくつかの傷から血を流していた。
ただ、よく見ると足下が透けている。
「お父さん……お母さん……酷い」
『待て待て、サラティ。あれは幻術だぞ。
あまりにも卑劣で、おぞましいがな』
「本物じゃ無いのか? あまりにもリアルすぎるぞ」
「もし本物じゃ無くても、あれは酷すぎるよ……」
サラティは顔を両手で顔を覆った。押さえた泣き声が車内に響く。
「やっぱり人間は最低だな」
『 恐らくサラティの魔力を感知して、記憶を元に再現する魔道具だろう。
見ておれ。すぐに暴いてやる』
オルフェナが前照灯を照射すると、黒い霧になって霧散した。
幻術を作り出す魔道具に間違いなかったようだ。それにしても酷い。
「ほぉ、そちらも妙な魔道具を持っているようだな。
だが本国に投獄されているから、ここを消しても無駄だがな」
合図とともに、徐々に騎馬が迫ってくる。
このままでは拿捕されてしまう……のか?
オルフェナが余裕のようだから、心配する必要はなさそうだけど。
「先に侵攻してきたのは先方です。
先代魔王はこうも言ってました。攻撃をしてくるのならば、攻撃される覚悟があるのだろう、と。
ここは迷うこと無く、強行突破ですね」
タカヒロさんが怒りに震えて、暴走を始めている。
キャラが完全に崩壊しているよ……。
「それで、オルフは突破できるのかしら?」
『案ずるでない。我は中の乗員を絶対に守れるように作られている。
安心して座っておるがいい』
オルフェナがアップを始めたようだ。
半ば浮かれていた車内に緊張が走る。
『乗員の安全確保は、創造主に課せられた絶対条件だ。我の存在意義でもある。ただ今回だけは特別だ。
椅子に深く腰掛けてシートベルトをきちんと装着してくれ。歯を軽く食いしばり、近くの捕まれる手持ちを、しっかりと掴んでいてくれ』
篤紫は、全員の準備ができたことを確認すると「頼む」と一言つぶやいた。
「よし、拿捕かい……ぶべっ!」
オルフェナはロケットスタートを切った。瞬間的に音速に迫る。
加速による強烈な重力で、体がシートに沈み込む
オルフェナより一瞬、先に飛び出した衝撃波が目の前にいた、レム何とかを塵に変えた。暴烈な衝撃波はそのまま、驚くコーフザイア帝国軍の一角をはじき飛ばし、一気に北西へ駆け抜けた。
加速したオルフェナは、一瞬で数キロ進んで、徐々に速度を落とした。
音速は超えたが、車内はそれほど大きな影響は無かった。
『魔力を追跡されておるな』
前の瓦礫を魔法でどかしながら、ゆっくりと走っていた。
建物が全てなぎ倒され、ほとんど更地になっている街を眺めていると、オルフェナがつぶやいた。
コーフザイア帝国軍が混乱で追ってこないのは確認していた。斥候が放たれているのだろうか?
「となると、このままコマイナ都市遺跡に向かうのは危険すぎますね」
「それなら、一旦シーオマツモ王国を経由して、ほとぼりが冷めた頃、コマイナ都市遺跡に向かった方がいいかもしれないね」
「西門……が、既にないのか」
爆発の衝撃で西門を含めた城壁は全て崩れ落ちていた。
水蒸気爆発と、その影響の悲惨さをまざまざと見せつけられた気がした。
「門を抜けたら、進路を北に向けて峠を越えよう」
はやる気持ちを抑えて、一行は進路を北へ向けた。
夜のとばりが下りてきていた。
次回、お隣の国、シーオマツモ王国に向かいますよ。
あれ? すぐにダンジョンいけないじゃんね。
一応、スワーレイド湖国編の終わりっぽいのですが……。
構成力が弱いのか、流れで流れています……orz




