23話 スタンピード
スタンピード、来ます
シリアスさんが起動しました
スワーレイド城に着いて2日目の朝。
国民の避難はつつがなく進んでいた。お城と、探索者組合の職員もこのあと9時をもって避難を開始する手はずになっている。
お昼を知らせる鐘の音が、静まりかえった街に響き渡る。
篤紫は魔王と屋上に来ていた。オルフェナに頼まれた怪しいシールを、ソウルコアに貼る。
さすがに、魔王の権限がないとソウルコアに近づけないため、最後まで城に残っていた魔王に同行をお願いした。
「メイルランテ魔王、聞きたいのですが……」
「サラティでいいよ。あと、言葉も砕けた感じの方が嬉しいかな。
わたしはいま、魔力が多いから魔王やっているけれど、本当はそんな柄じゃないんだよ」
篤紫が声をかけると、魔王――サラティさんが寂しそうな笑顔を浮かべた。
「その、柄じゃないサラティさんは、なぜ国のために、ここまでできるのかな?」
もうすぐスワーレイド湖国の全国民の避難が完了する。魔力が多い理由で国民の代表になっているだけなら、先に避難したとしても誰も文句言わないはず。選挙で選ばれたわけじゃないのだから。
むしろ、何故残っているのだろう。
「篤紫さんは、魔族が人間に忌避されていることは知ってる?」
スワーレイド城の屋上は、まだ冬だというのに生暖かい風が吹いていた。屋上から見える街の景色は、無人と言うこともあり物寂しく、そして底知れぬ不気味さを醸し出している。
「いや、知らないかな。
俺たち3人は元々この世界の住民じゃないんだよ。
だから、魔族と人間がどんな関係でいるのかも知らないんだ」
見下ろした前庭では、桃華と夏梛、シズカさん、カレラちゃん、タカヒロさんが、車状態のオルフェナのそばで休んでいた。
全部を見届けてから出発する、オルフェナの案を採用した結果、未だに残っている。
オルフェナには、何か秘策があるらしい。ただ、喋るようになってから初めて車のオルフェナに乗るため、どれだけの能力があるのか把握すらできていてない。
「人間は魔力を持っていないの。だから、必要以上に魔族を危険視して敵視しているんだ……って言われているんだよね。
でもそれだけじゃなくて、知ってるかな――魔族の魔力器官は、その主の命が失われると、魔晶石になるんだ――」
風が――強い風が屋上を吹き抜けていった。
「魔晶石――魔石とは違うのかな?」
「うん、ぜんぜん違う。
魔石は消耗品だけど、魔晶石は魔力を注げば何回も使えるんだよ。さらに魔石よりも強い力が引き出せる。
だから魔晶石目当てで、魔族が狙われるんだ」
言いながら、サラティさんは階段に向けて歩き出した。
階段を下りるたびに、靴音がいつも以上に大きく響いていた。
無言のまま、一階まで下りて、サラティさんは立ち止まった。
「わたしの家族は、草原で暮らしていたんだ。小さな村だったけどちゃんとソウルコアがあって、ちゃんと魔物避けの結界を張れていた。
幸せだった。みんな笑顔で暮らしていたのに。
その村が、人間の冒険者に襲われて……皆殺しにされた」
篤紫は声を出せなかった。
キツすぎる。
人間はこの世界でも非情で残虐なのか。
「父と母の命がけの魔法で、わたしだけ逃がされて……森の中で気を失っていた私を助けてくれたのがタカヒロさんだったの。
でもわたし、最初荒れたのよね。
だって、瞳の色以外は嫌いな人間と全く容姿が一緒なんだもん」
玄関から出ると、ちょうどみんなオルフェナに乗り込むところだった。
歩きながら、ふと、スワーレイド城の屋上を見上げた。
屋上のお城の崩壊が、さらに進んでいた。
「タカヒロさん、ユリネさん。そしてシズカさん……絶対に諦めずにわたしを支えてくれた。どんなに荒れても、絶対に見放さなかった。
この国はもともと、湖の畔にあった魔族の小さな町だったの。
魔王制で、魔力が大きい順に10年、湖の神殿から障壁を張って今より狭い範囲を守っていたわ。
わたしはお礼がしたくて、自分の持っていたソウルコアと神殿のソウルコアを共鳴させて、今の城壁範囲まで障壁を広げたの」
空間がギシギシと異様な音をたてていた。
時間的に、東と南に魔物の群れが到達した頃だろうか。スワーレイド城の隙間から見える南東の空が、黒く染まっていた。
篤紫とサラティもオルフェナに乗り込み、全員の顔が緊張に染まる。
『準備はよいか?』
「お願い、もう少し話をさせて」
サラティがオルフェナの言葉を遮った。
「そして私は、新しい魔王に選ばれたの。
本当は、魔人の町の住人の中で、魔力の量からするとタカヒロさんが次期魔王だった。でも、部外者だったわたしが、推されて……。
みんなが受け入れてくれたから、魔王を承けた。
受けた恩を一生懸命返していたら、大きな国になっていたの。
だから、わたしはこの国を失うわけにはいかないの」
その思いが、自分たち白崎家にも注がれていたのか。
なおさら、スタンピードになんか負けられない。
負けられないのだけれど。
篤紫たちは、あまりにも無力だった……。
車内は静まりかえっていた。
思いの詰まった街が、破壊されようとしている。
『そろそろよいか?』パリーーーーン!
オルフェナの言葉と同時に、障壁が砕けて弾けた。
砕けた障壁がキラキラと辺りに降ってくる。
『ふむ、東北東から、南南西まで展開しておるのか』
操舵がない車には、乗っていることしかできない。
車は、スワーレイド城の脇をすり抜けて湖畔まで進んだ。
そこにはおぞましい光景が広がっていた。
スワーレイド湖の対岸、見える範囲の地面が真っ黒に染まっていた。
黒い塊はさらに上空まで達している。そのせいで、その向こうに見えているはずの山々が霞んで見えなくなっていた。
スタンピードの規模が、億単位だった。
絶望的な黒。
遠いとは言え、もはや何の魔物のスタンピードかすら分からない。
『この程度であれば、篤紫と桃華まで借りれば何とかなるな」
オルフェナさんや、何を言っているのかな?
『回収は面倒くさいから、殲滅でよいな。
篤紫や、そこの足下にゴーグルがあるからみんなに配ってくれないか』
待って、待って。今配るよ。
全員、目が点になっている。逃げるんじゃないの?
誰もが言葉を忘れていた。
『サラティよ、お主の村のソウルコアの制御を一時借りるぞ。
せっかく溜めていた魔力も、すまんが使わせてもらうぞ。最近サボっておったのではないか? 障壁が砕けたとは言え、量の割に密度が少し薄いぞ』
もう、さっきまでのシリアスな雰囲気が台無しだった。
サラティさんは耳まで真っ赤になって、ゴーグルを受け取った。
気まずい空気が流れる。
全員ゴーグルを装着した。
『では、ゆくぞ』
魔力がごっそりと抜けていく。
と同時に、湖面に面したスワーレイド城の壁面が輝きだした。
複雑で多重に構成された魔方陣が描かれ、中側の魔方陣からゆっくりと回り出す。
ポッ、ポッ、ポポポポポポポッ
魔方陣の前に光の玉が顕れ、霧のように大量に、一気に視界を埋めていく。
その光が尾を引いて、シャワーになって対岸の魔物に流れ出す。
次々に作り出される光が、止めどなく魔物に注ぎ込まれていく。
思わず、目をつぶった。
真っ白に染まった視界は一瞬で、すぐに視界が戻ってきた。
『やり過ぎたか、まあよいか』
視界を埋めていた黒は、既に跡形もなかった。
誰も言葉を発することができなかった。
まさに一瞬の出来事だった。
結局分かったことは、原因は湖の神殿にあるソウルコア。ただの魔力切れだった。
サラティが魔王を引き継いでから、誰も魔力を注いでいなかったわけで、魔力が切れたとたんに何かしらの力が働いて湖面が落ちたらしい。
スタンピードも、神殿のソウルコアが魔獣の魔力を引き寄せていただけだったとか……人騒がせレベルの話である。
と、オルフェナさんが教えてくれた。
スタンピード自体は、オルフェナの極大光魔法で一瞬に片がついた。
国民に避難してもらったのは無駄だったのでは無いか……タカヒロさんが頭を抱えて悩んでいた。
ともあれ、被害が対岸の農村地帯だけで住んだことを喜んでいた。
そこで終われば、大団円で済んだはずだった。
ふと見上げると、空から、燃えさかる恐ろしいほど巨大な炎の塊が、湖めがけて落ちてくるところだった……。
オルフェナぇ……
せっかく街を守れたと思ったのに。




