21話 オルフェナの出張
20話の翌日です
「そういうわけで、オルフェナさんをお借りしたいのですが……」
陥没したスワーレイド湖を見てきた翌日、朝からタカヒロさんの訪問を受けていた。
ちょうど桃華と夏梛が玄関から出ようとしたところで、鉢合わせした形になった。当然また室内に逆戻りしたのだけれど……。
「えっと……、羊……ですよ?」
夏梛の腕に抱えられているオルフェナを見ながら、篤紫はタカヒロさんの真意が読めないでいた。
最近は羊の状態が真の姿だと思われがちだけれど、何を隠そう此奴は『車』であるわけで、たまたまその車が勝手にしゃべり出したに過ぎない。
多少は物知りな部分もあったりするが、スワーレイド湖国の認識としても、いわゆる白崎家のペット枠でしか登録されていない……はず。
「ええ、メイルランテ魔王からの要望になりますが、オルフェナさんにぜひご助力いただきたいのです」
「わ……わかりました。夏梛……」
何か府会事情があるのだろう。目配せすると、夏梛は少し未練を残しながらもオルフェナを床に下ろした。
オルフェナはタカヒロさんを見上げると、首を傾げた。
『ふむ。我だけでよいのか?』
「できればそのようにお願いします」
『相分かった。いくらか思い当たる節もある、我にできることであれば助力は惜しむまい』
「ありがとうございます」
そのまま、1人と1匹は玄関から出て行った……。
いつもの物腰丁寧なタカヒロさんらしくない姿に、残された3人は思わず顔を見合わせた。
夏梛はあからさまに残念そうにため息をつきながらも、桃華とタナカさん宅へ出かけていった。
本日も晴天である。
篤紫は、裏庭の望める縁側に座り、思案する。
オリジナルの魔道具を作ることまでは確定した。ただ、いま少なくともこの国に無いような画期的な魔道具でないと意味が無い。
電気インフラが無いだけで、魔石を使用して様々な生活魔道具が、当たり前に便利に使われている。
照明からはじめ、水道とコンロは全家庭に普及しているようだ。生活魔法は幼少の頃から生活魔道具から覚えるようで、お風呂やシャワーの代わりにクリーンの魔法が当然のように使われている。
生活する上で困ることは、逆に少ないようだ。
これは……もしやいきなり詰みか?
オルフェナは魔道具作りに賛成してくれたけど、不便なのは交通の便、程度のものだろう。
それすら、この国のスローライフな生活スタイルであればほとんど需要は無いのかもしれない。
あとは、地道に農業関係とか、生産関係だが……人口からすると供給過多になってしまいそうだし。
恐らく、魔道具の文明はかなり熟成されているのだろう。
こんな時は、オルフェナに電話して……だめだな、奴は出張中だ。それに、ペットに相談する飼い主ってさすがにまずいな。
ここのところ、ずっとオルフェナにお世話になりっぱなしだ。今日ぐらいは自分で何とか考えてみるか。
篤紫は、顔の前まで持ってきていたスマートフォンをしまった。
「不便に思っている事ですか? そうですね、お肉が少ないことでしょうか」
午後になり、桃華と夏梛の勉強が終わる頃を見計らって、シズカさんを訪ねてみた。
夏梛とカレラちゃんは雪の中、近くの小川まで遊びに行くと言って出かけたようだ。
「お肉……ですか?」
「ええ、探索者の方々が狩猟して来てくれるのですが、やっぱり量が足りないのでみんな買う量も控えめですね。
お野菜はスワーレイド湖の南側、農家の方々が作ってくれていますし、お魚はスワーレイド湖で獲れていましたから」
お肉は無理だなぁ。探索者の登録はしたが、それにしたってオルフェナが狩ってきた物を売るために名義だけ登録したようなものだ。
そもそもが、凶悪な魔獣や凶暴な動物と戦って勝てるはずが無い。
この世界で生まれていれば、生活の1つとして戦うことを憶えるのだろうけど、平和な日本生まれとしては例え生活に困窮したとしても、戦って生き物を殺すなんて覚悟をもてる自信は無い……。
「その辺は、なんとも力になれそうも無いですね。
他に生活の中で、これが不便だ……とかないですか?」
「そう、言われましても……」
シズカさんは頬に手を当てて周りを見回した。
タナカさん家のリビングはすっきりとしている。
大きめのローテーブルの上には、人数分のティーカップに紅茶が淹れられていた。桃華がカップの紅茶を飲むと、シズカさんがすかさず新しいお茶を注いだ。
ティーポットにお湯をつぎ足した湯沸かしポッドは、お湯を沸かしておける魔道具のようだ。
魔石の照明は暖かい光を放ち、魔石ストーブ(?)からは温かい風が出ていて部屋をじんわりと暖めていた。
……必要だから、そこに必要な魔道具があるのだろう。この世界の魔道具はほぼ万能だった。
「とりたてて不便は無いわねぇ……。
でも、あえて言えば、照明がちょっと明るすぎることくらいかしら」
「なるほど……少し研究してみますね」
「あらあら、無理しなくてもいいですよ。魔道具の勉強は、とても大変なことで有名ですから。
この近くだと、人間族の国シーオマツモ王国の魔道学園で学ばないと難しいでしょう。5年かけて卒業しても、実際に軌道に乗るのに10年かかるそうですから」
つまりこれは、チャンスなのかもしれない。
「ありがとうございます。心得ておきます」
そう告げて、篤紫はタナカさん家を後にした。
篤紫が帰った後、タナカ家のリビングでは桃華とシズカが話を続けていた。
「篤紫さん、悩んで居るみたいね」
「モモカさんたちは他の世界から来たのでしょう?
生活の常識が変わると、ストレスになるって言うから心配よね。ちゃんと食事は食べれているの?」
シズカさんの指摘に桃華は首を縦に振った。
「ええ、食事は問題なく食べてくれているわね。
確かに悩んでいた時期はあったけれど、今はなにかしら考えがあって動いているみたい」
「そうならいいけど、何となく婿のタカヒロに似ているから心配なのよ。
老婆心ながら言わせてもらえば、仕事は慌てて探さなくてもいいと思うの。生活基盤もそうだけれど、前は魔法がなかったのでしょう?」
「そうね、魔法は物語の中だけだったわね」
「戸惑うのは仕方ないと思うのよ。
お金の心配や、住居の心配もしなくていいから、少しずつ慣れいってもらいたいのよ。
無理していないか心配よ」
シズカさんの言葉には、切実な物があった。
もしかしたら、タカヒロさんが過去に何かあったのかもしれない。でもそれを聞くのは野暮よね。
篤紫は間違いなく、なにか掴み始めているわ。目はいつもの篤紫らしく輝いていたからね。
今日も確認に来ただけだろうし。
「シズカさん、ありがとうございます。
篤紫は大丈夫よ、あの顔はいい感じに悩んでいる状態なの。たぶん今頃、机に向かっていて、生き生きと何か書いているはずよ。
だからシズカさん、今日も夕方まで色々教えてね」
そう言って桃華はシズカに笑いかけた。
「そう、信頼しているのね。
それならモモカには、もっともっとこの世界の事を知ってもらわないといけないわね。覚悟してちょうだい」
「ええ、お願いします。シズカ先生っ」
シズカと桃華は笑い合った。
さて、まずは明かりの魔道具の魔術式を見てみないといけない。
昨日買った、天井に設置するタイプの照明魔道具を机の上に乗せた。形は球体になっていて、半分に分割するようになっている。
魔術式は内側に記述されていた。
Linked with switch 338C,Switching the state of blinking when a signal comes
魔方陣の周りに書かれていた文字はこれだけだった。
そこには、特定のスイッチから信号が来た場合に、明滅を切り替える簡単な記述だけがされていた。
おそらく、市販のものがすべてこの記述なのだろう。
338Cの部分をスイッチに合わせて使えるようになるわけだ。あとは、オルフェナが言っていたように、制作時に込めた魔力によって性能が変化するわけか……。
だとすれば魔術式で、魔石から使用する魔力を制御できれば、任意に明るさを変えることができる。
これはすごいことになるぞ……。
「……ん?」
オルフェナからの着信だ。何だろう、この着信にはトラブルの予感しかしない。
『篤紫か。桃華と夏梛にも連絡したが、貴重品だけもってタナカ家へ向かってくれぬか。後で迎えにゆく』
ほら、やっぱり。
「何があった?」
『うむ? それほど時間がないのだがな。
いわゆる非常事態という奴だろう。実際には大したことないのだが、魔物のスタンピードと隣国の侵攻があるだけだ』
「ぜんっぜん! たいしたことあるよっ!」
思わずスマートフォンに向けて叫んでいた。
貴重品と言っても、まだこの家に住んで日が浅いため、大して物があるわけではない。
それでも、見える範囲の物を自作の収納鞄に放り込むと、篤紫はタナカ家に駆けだした。
自分に、いったい何ができるのだろうか……。
オルフ『桃華……』
桃華「タナカさん家にいるわよ」
オルフ『夏梛……』
夏梛「カレラちゃんちに戻ってきたよ」
オルフ『篤紫……は後回し……』
桃華&夏梛「「だめっ!」」




