20話 侵略の陰
ユリネさんのお話、行きます
周辺警備隊の任務は、主にスワーレイド湖国の城壁から騎馬で1時間ほど走った辺りを警備範囲としている。
主な任務は、魔獣の討伐と、街道の警備巡回だ。
街道沿いの魔獣を間引き調整しながら、街道沿いの安全を確保する。さらにポイント周辺の強力な魔獣を討伐することで、魔獣がスワーレイド湖国に向かう危険性を減らすことに繋げていた。
もちろん、街道沿いで怪しい人間族の監視と、場合によっては警護も行っている。魔族が困っていた場合は、スワーレイド湖国まで護衛する場合もある。
その警備部隊は全部で8部隊あり、それぞれが隊員20名で構成され、国の八方を交代で警備している。警備は5人組の小隊が当直を勤め、詰め所に5人、休日10名の交代制で運行されていた。
ユリネは周辺警備第3部隊のリーダーとして、北東方面の総括をしている。最初に、篤紫たちがオオカミに襲われていた近辺がちょうど警備ポイント付近だった。
あの日、早朝から降り始めた豪雪で、出動できたのが午後からだったのがよかったのだろう。そうでなければ、とても救助が間に合わなかった。
『こちら北門詰め所、第3部隊の通信を確認しました』
「定時連絡です。北東部は魔獣が相変わらず多い。
ヘルウルフ10体、ワイバーン2匹に遭遇。ヘルウルフは全体討伐、ワイバーンは1匹討伐し、残り1匹は致命傷で東方面に逃亡した。数刻以内に息絶えると予測される。討伐分は全部凍結破砕処理済み。
他、街道周辺に人間族や魔族はいない模様」
『報告を確認しました。引き続き気をつけて警邏をしてください』
通信魔道具を停止させ、ユリネは一息ついた。
この世界にも通信用の魔道具は存在している。
ただ不便なため、軍や警備隊など、一部の組織でしか使われていないのが実情だった。
一対のペアリングされた魔道具で、受け手側の魔道具には常に魔力を注いでいなければならない。受け手が準備されていれば、発信することで即座に繋がるが、効率は悪い。魔力消費量も大きいため、使い方は限定される。
もっとも、同時通信ができるので、上手に使えば非常に強力な道具なのだが。
「ここのところ高ランクの魔獣が下の方まで下りてきているわね」
通信機をバックパックにしまって、ユリネは立ち上がった。
先月までは確か出現してもイビルボア程度だった。稀にはぐれたワイバーンが飛来することはあっても、今回のようにスワーレイド湖国に向かっていなければ放置していたのだが……。
「地震の影響とかあるんじゃないかい?」
「どうだろう、この間の地震より前から増えていたはずだが。
北の方でなにか大きな動きでもあったのかもな」
今日の当直部隊員、サリティとヨウイチが雪をどかした切り株に腰掛けて、水筒のお茶を飲みながらため息をついた。
ユリネも腰元に提げていた水筒のお茶を飲む。
雪を踏みしめる音とともに、大樹の陰からさらに2人歩み寄ってきた。
「ワイバーンの処理が無事に終わったわ。
北と言えばこれは噂なんだけれど、ウエトー・コモザク共和国とコーフザイア帝国との間がきな臭くなってきているって、昨日聞いたわよ」
「それは前からでしょう」
ワイバーンの凍結破砕処理をしていたハクビとモリスンも合流して、敷物を敷いて腰を下ろした。
「二人ともお疲れ様。
噂はあるけれど、上からはそんな話は下りてきていないわね。
誰かが遭遇でもしていれば、話は変わってくるけれど」
ユリネは干し肉と、小麦粉を固めた携帯食料を配ってから、切り株の空いた所に腰をおろした。
「いえ実際に、一昨日よ。どうやら南東方面の3部隊が、コーフザイア帝国の斥候と遭遇したらしいのよ。
そいつらがチノ魔平原を北から下りてきたのだとか」
噂好きのハクビが続ける。
携帯食料の中に入っていたフルーツを噛みしめながら、小麦粉に水分を吸われた口の中にお茶を流し込んだ。ユリネはこの携帯食料が苦手だった。
「奴らとは戦ったのかい?」
「いいえ、一刻睨み合ってこちらに攻撃の意思がないと分かってか、奴らはおとなしく南東へ引いていったみたいよ」
サリティの疑問に、ハクビが手を横に振りながら答えた。ヨウイチが話を続ける。
「コーフザイア帝国は今代の皇帝になってから斥候が増えたらしいからな」
「国内には?」
「ソウルメモリーは偽装できないから、今のところ侵入されたと言う話は聞かないな。
もっとも、実際には斥候は入っているとは思うが」
「怪しいとすれば商人ですかね?」
モリスンも首を傾げながら思案する。
「基本的に確たる犯罪歴がなければ、そこまで厳密に分からないからな。
ある程度スキルで判断するしかない」
「スキルは偽装できないから、大丈夫じゃないかしら」
「うーん。ただなぁ、魔道具は監視の対象になっていないから、完全とは言えないんだよな……」
「まあ、南東の奴らが何とかするだろう」
みんなの話を聞きながら、ユリネは思案した。
モリスンの索敵で、今のところ付近に高ランクのモンスターがいないことは確認できている。
峠に続く街道にも、降り積もって均された雪が続いているだけだ。この積雪でわざわざ峠を越えてくる旅人や商人はいないだろう。
騎馬がまだ待機していれば、峠まで視察に行くだけの時間はあるが……。
その間も噂話はまだ続いていた。
「それよりもウエトー・コモザク共和国の方が問題らしいが」
「アサマオウ山が活性化している件かしら?」
「もし噴火して被害が出れば、場合によっては峠から難民が来る可能性もあるわね」
「はぁ? 冬山だぞ? 上の方には、ヘルウルフとかいるし、ドラゴン種の巣も近いだろうに」
「生態系が動いている可能性もありますね、本来ならばこの辺の地域はヘルウルフは生息していないはずですよ」
「確かにここ最近、ヘルウルフと遭遇するケースが多いような気がするわね」
「この間も隊長が、襲われていた旅人を助けるために応戦したらしいじゃないか」
「それは私も一緒にいて知っているわ、隊長の家の隣に住むようになったらしいけど」
みんなの視線が自分に向いていることに気づき、ユリネは思案を中断する。
「ええ、同じ魔族だったのと、タカヒロさんがえらく気に入ったようなのよ。
貸し出し申請したものの、今までさんざん渋っていた自分の生家をあっさり貸し出しているし、場合によっては売ってもいいみたいよ」
「あの堅物がか? まじか。それであの猛吹雪になったんだな」
そう言って、みんなで笑った。
街道まで戻ると、まだ騎馬はその場に留まっていた。
いつもならば、安全のため一定時間たつと国の厩舎まで戻るように躾けられている。
馬と魔物の混血であるため、ランクとしてはCの魔馬だ。例え格上のヘルウルフが襲ってきたとしても、逃げ切るだけの脚力を持っている。
「モリスン、索敵をお願いしてもいいかしら」
「了解しました、距離は?」
「30キロ範囲で頼むわ」
モリスンは腰元から笛を取り出し、口にくわえる。緩やかな風を纏いながら、優しく笛の音を響かせる……。
リリ――リリリリリリィィィィ――。
「騎馬に乗って、一旦峠を目指しましょう。
峠からであれば、アサマオウ山の状況が確認できるでしょう。
何か……胸騒ぎがします」
「……隊長、予知が働いてるんかい?」
「隊長、30キロ範囲には高ランクの反応はありませんよ。
いつでもポイント離脱できます」
「では全員騎乗、峠に向かいます!」
ユリネは、全員騎乗したことを確認して、サリティの騎馬に並んだ。
「予知……そうね。
妖精の羽音が今朝から聞こえているわ。峠に意識を向けるとさらに大きくなる……」
「つまり……何か危険なことが起きている、と」
「かもしれない。場合によっては交戦もあるかもしれない」
ユリネは全員を見回した。
「あくまでも偵察、もし身の危険を感じた場合は、各自の判断で撤退してください。
明確な危険を確認できていませんが、私の予知が働いています。
必ず、各々の家族の元に戻ってください」
「「「「了解っ!」」」
ユリネの宣誓通り、峠から山向こうを確認し、全員無事帰還することとなった。
ただし、もたらされた情報はスワーレイド湖国を震撼させることとなる。
そこで確認できたのは、焦土と化したコモザク地区。そして、灼熱化し山体崩壊したアサマオウ山の姿だった……。
おや、予定と違う動きをしている……




