19話 歪むシャチホコ
翌日、家族みんなでスワーレイド市街まで出かけていた。
オーダーメイドの服が何着かできる予定の日ということで、中央通りをみんなで歩いていた。
他にも、先日地震で壊れてしまった食器なども購入しなければならない。
あとはスワーレイド湖の異常も気になる。
天気は引き続き晴天に恵まれ、午前中の早い時間だけあって通りも賑わっていた。
桃華が露天を覗き、気になった物を購入、即キャリーバッグに放り込んでいた。見た限り10個以上放り込んでいるが、買いすぎじゃないかい……。
オルフェナを抱えた夏梛も、桃華の隣でニコニコ見ている。
大金を持っているせいか、感覚がおかしくなっているような気もする。
篤紫はそっと、オルフェナに電話をかける。
『ふむ、どうしのだ篤紫?』
念話か? 念話なのか? いや電話か……。
思考がショートする。受話口から声が聞こえるけれど、肝心のオルフェナからは声が聞こえない不思議。屋台を見ている桃華と夏梛も気づかない。
オルフェナから、魔力による念話も魔力消費が激しいと聞いているから、これももしかしたら、魔力劇減りしているのか……?
『篤紫よ、用事があったのではないのか?
呆けてるのは構わんが、桃華と夏梛は次の屋台に進むようだぞ』
意識が戻され、慌てて2人と1匹の後を追う。
「いや、すまん考え事をしていた。
桃華のキャリーバッグについて聞きたかったんだけど。あれは本当に無限に入るのか?
ものすごい勢いで食材を放り込んでいるように見えるんだけど」
『ふむ、実際には無限ではないな。本当に無限にしてしまうと、魔力が幾らあっても足りないから、有限ではある。
作ったときに込めた魔力が容量だから、よく入れたとしても、せいぜい10トン程度であろう』
それでも大型トラック1台分ですか……。
「まじか、じやあまだ入るのか……。
そのままだと、桃華は何を入れたかすぐに忘れそうだけど、その辺は大丈夫なのか?
時間停止がかけてあったから、腐ったりはしないはずだけど」
『それならば大丈夫だ。背面に内容物のリストが浮き出るように、昨日のうちに追記して改良してある。
ただ、桃華の認識を元にリストアップしているから、正式名称が書かれていないことだけは、先に言っておくぞ』
「な、なるほど……」
とりあえず、桃華が分かればいいか。串に刺して焼いた牛肉(塩味薄め)×10本、とか書いてあるんだろうな。
次の屋台に移動する桃華を眺めながら、軽くため息をついた。
「おや、またお会いしましたね」
洋服屋に着くと、中にいた初老の男性が声をかけてきた。
篤紫は首を傾げた。間違いなく初対面なのだが。
「あら、この間はお世話になりました。
そういえば、名前をお聞きしていなかったわね」
桃華の知り合いらしい。とりあえず頭を下げておく。
「バルザック被服店をやっております、レイドスと申します。マドモアゼル……」
「あら、そういえば私も名乗っていませんね。
桃華です。旦那の篤紫に、娘の桃華。ペットのオルフよ」
ああ、これは迷子になって助けてもらったパターンだ。
「モモカ嬢、アツシ殿にカナ嬢。あらためましてよろしくお願いします。
注文いただいていた洋服は全てできあがっています。微調整がありますので奥にお願いします。
アツシ殿も、その間こちらでお茶でもいかがですか」
女性二人は奥に誘導されていった。
篤紫はテーブルに案内され、ティーカップにお茶が注がれた。
失礼いたします、と言ってレイドスが向かいの席に座る。
「先日妻がお世話になったようで」
「いえ、西門付近にいらっしゃって、道に迷っていたので近くの案内所をお教えしただけです。
さすがにそのあとお客様として来店されたことには驚きましたが」
「あはは、やっぱりたくさん寄り道していたんですね」
日本でも一度車で出かけたら、なかなか帰ってこなかったな。何かあっても帰ってこれるように、軽自動車に高いナビを付けたっけ。
それでも、帰ってきても店に忘れ物をして、また一緒に取りに行ったのは、今ではいい思い出かな……。
待っている間、レイドスさんとたわいのない世間話で盛り上がった。年の功か、それとも商売柄か、とにかく話の繋ぎが上手で、それなりに話し込んでいた。
もっとも、女性陣はそれでも来る気配がない……。
「そういえば、アツシ殿はもうスワーレイド湖を見に行かれましたか?」
「いえ、この後見に行く予定ですが」
「そうですか、あれにはさすがの自分もびっくりしましたよ。
長年ここに住んでいますが、スワーレイド湖の水位が下がったのは初めてですから」
「地震で底に穴でも開いたんですかね?」
「どちらかというと、湖面が下がった様にも見えましたね。周りの川から、滝のように水が落ちていましたから。
観察している役人の方が、微妙に水面は上がっている、様なことを言っていましたので、いずれは湖面が戻るかもしれませんね。
早めに見に行かれた方がいいかもしれません」
「女性陣の調整が終わり次第ですかね。お昼が先になりそうですが」
「お待たせして申し訳ありません」
調整が終わるまでに、さらに1時間を要した。
その間に、篤紫も自分の服を見てもらい、お会計まで済ませた。男は体型があまり変わらないのか、既製品でちょうどいい物が多かった。
さすがにいつまでも同じ衣服でいるわけにもいかない。
ずっと外出は、ダウンジャケットにジーンズだったのだ。
生活魔法のクリーンが便利すぎて。
「うわあ、本当に穴になってる」
昼食の後、一行はスワーレイド湖まで来ていた。
お昼は前にも寄った喫茶店で食べた。そう、スワーレイド城前のテラスのある喫茶店だ。
あのあとも自重しない桃華が、食べ物を大人買いしていたため、それを食べながらここまで来た。当然、おなかにそれなりに溜まっていたので軽く食べるだけにとどめた。
ついでに、スワーレイド城にも寄って、移民対策で受け取った金貨を返却しようとしたけど、街で使ってお金を回してほしいとお断りされた。
魔族の出生率が低いため、移民の定住は最優先らしい。いわゆる国民の総意なのだとか。
公共事業よりも、国民の生活が優先だと言うから、頭が下がる思いだった。
よし、たくさん税金を払おう。
ただ、スワーレイド城の天辺にある城、その上にあった金のシャチホコが潰れていたことが、妙に印象的だった。心なしか、3段の城のうち最上階も歪んでいるようにも見えた。
もっとも遠目に見ただけだから、実際の所は何ともわからないが。
「確かに断崖絶壁になっているわね。たくさんの滝が綺麗よね」
奇妙な光景だった。
湖岸が垂直に20メートルほど下がっているようだ。流れ込む川全てが、滝となって遙か下の湖面に流れ注いでいる景色は、すごく綺麗だった。
湖の真ん中ほどに、確かに神殿のような建物の屋根が出ていた。
ギリシャのパルテノン神殿にも似た白磁の建物がうっすらと見える。もしかしたら、あそこはもともと湖底だったのか?
よく見ると、神殿の下が大きな円柱の台座になっているようだ。
「すごいね、あんな綺麗な建物、誰が作ったのかな」
『ふむ、ギリシアの神殿様式に似ておるな』
……オルフェナと思考が被った。
「あんな所に神殿作っても、誰も参拝に行けないわね」
「綺麗だから写真撮る!」
ひとしきり写真を撮った後、食器を売っているお店と、魔石や魔道具のお店に寄って、帰路についた。
相変わらず大人買いをしている桃華に、苦笑いを浮かべながら。
まあ、食いっぱぐれの心配が無いのは、いいことなのかもしれない。
その数日後、国を揺るがす大きな事件が起きることとなる……。
さあ本編開始です(マテ




