18話 不吉な兆候
そして翌日……。
朝起きると、外は吹雪で真っ白だった。風が唸りを上げて吹き付けている。
この世界にはテレビもなければ、ラジオもインターネットも存在していない。当然それらがなければ、次の日の天気すらも分からないわけで。
まさかの天候に、今日は外の作業ができそうに無かった。
昨日は日中それぞれ楽しかったようで、夕食の時も話が弾んだ。綺麗な夕焼けの後の、暗くなった夜も澄み切った夜空に星が瞬いていた。
まさか次の日天気が崩れるなどその時は想定していなかったわけで、今日のお出かけ予定も全て中止になりそうだった。
「おとうさん、おかあさん。おはよう……なんか暗いよ」
夏梛が眠そうに目をこすりながら起きてきた。
天気が悪いせいで外が薄暗い。
「夏梛、今日はカレラちゃんの所に行くのは難しいかもしれないわよ」
『確かにすごい雪だな、我もこの姿では飛ばされてしまうかもしれんな』
今も窓ガラスに激しく雪が吹き突けている。
「えー、楽しみにしていたのに」
「でも今日は食材を買いに行かなくても大丈夫よ。
何でか知らないけどキャリーバッグにたくさんの食材が入っていたわ」
『ふむ、昨日の朝に渡した鞄が、さっそく役に立ったのだな』
「そうよ、ありがとうオルフ、助かったわ。
でも、何を入れたか覚えていないから、何が中に入っているか分かるようにできないかしら?」
『……ふむ……少し改良が必要みたいだな』
「うふふ、またお願いね」
朝食は豪華だった。
牛の串焼きに、肉まんじゅう、カレー(?)っぽいスープにサンドイッチ。フルーツジュースにおでん(?)一式、唐揚げに野菜のサラダ。
全部、キャリーバッグから出てきた物だが……。美味しかったからか、誰も文句は言わなかった。
美味しいは正義である。
オルフェナも同じ食事を、器用に前足を使って食べていたのには和んだ。相変わらず不思議な羊だな。
「ごちそうさまでした。
ねぇ、おとうさん、一緒に魔法の練習しない?」
夏梛が手のひらに明かりの魔法を浮かべて話しかけてきた。息を吸うように魔法を使っていることに、思わず感嘆の声を上げる。
「しかし夏梛は魔法が上手になったな。
それに比べて、俺と桃華は未だに魔法がうまく……まて、みんなテーブルの下に潜るんだ! 早く!」
テーブルの食器がカタカタ音を立てて揺れ始めた。
慌ててみんなでテーブルの下に潜り込む。
グラッ、グラグラグラグラ……ドーンッ!!
大きな揺れの後に、床が跳ね上がった。
必死にテーブルの脚にしがみつく。視界の隅をオルフェナが転がっていく。
家が激しく軋み、買ったばかりの食器が食器棚からなだれ落ちる。
椅子がひっくり返って身体にぶつかってくる。
ひときわ大きく横に揺れた後、何事もなかったかのように静まりかえった。一瞬にして室内が乱雑に荒れた。
日本で地震には慣れていたつもりだったが、さすがに命の危機を感じた。軋んでいたが、丈夫な家なのだろう。潰れずに済んだことに胸をなで下ろした。
「おさまった……のかしら?」
「も、桃華、それはフラグというものだよ」
その日、多少の揺れはあったものの、心配していたフラグは立たなかった。
必要以上に、ほっとした。
家の中は、ほとんどが固定された家具だったため、大した被害はなかった。住み始めて日が浅いため、家具や荷物が少なかったのも幸いだったのかもしれない。
外は未だに吹雪で荒れていた。
そのまま一日、天候が回復しなかったため、ゆっくりと片付けをして終わった。
次の日は前日とはうって変わって、突き抜けるような青空だった。
昨日の吹雪が、風が強い吹雪だったためか、思いの外、雪は積もっていなかった。
朝食の後、みんなで雪かきをする。
家の前をかいて、タナカさん家の前でシズカさんとカレラちゃんと合流、そのまま近くの公道まで雪をかいた。
雪かきはどの家庭も手作業なのだろう、公道から街までの道には、まだ足跡しかなかった。
公道は誰がかくのだろうか?
気になってシズカさんに聞くと、一応公道は雪かき担当の人がいるらしい。
ちなみに、雪かきに使った道具も、木の板に棒を斜めに取り付けた簡素な物だった。当然ながら腕が痛くなった……。
雪かきがひと段落し、女性陣4人+1匹はそのままタナカさん家へ午前中の勉強に出かけていった。午後も色々話をして、夕方までには帰るそうだ。
女三人寄れば姦しいとも言うから、近づかない方がいいだろう。
篤紫は自宅に戻ると、リビングの入り口で足を止めた。
そこには、桃華が使っていたキャリーバッグが置かれていた。このバッグからものすごい量の食料が出てきたのだが……。
もし自分が、この魔道具の仕組みを理解できれば、仕事としてモノになるかもしれない。
キャリーバッグを手に持って確認してみる。
本革で作られた長方形のキャリーバッグは、上開きの珍しいタイプの物だった。知っているキャリーバッグにも付いている、上に伸びる取っ手は木製で、握り手に革を巻いてあった。
底には2本の足と、円筒形の木製キャスターが2つ、上手に付けられていた。
オルフェナがこの世界でも違和感ないように作ったのだろう。ていうか、器用すぎないか? 何なんだあの羊?
魔方陣は、外側には書かれていなかった。とすると、上蓋の裏側か?
蓋を開けると、蓋の裏には複雑な魔方陣が描かれていた。
大きな魔方陣が描かれ、その魔方陣の中に小さな魔方陣がたくさん描かれていた。それぞれの魔方陣の周りには魔術文字らしい文字が書かれ……おや?
小さい魔方陣の周りに書かれた文字に目が行った。
Pair with the pearl necklace momoka113
うん?
……これは、英語……?
急いで、他の小さい魔方陣も見てみる。
When you receive a signal from the pearl, it transfers by your side
……これは間違いなく英語だ。
やばい、どういう事かオルフェナに聞きたい!
興奮した篤紫には、英語を解読するなどという頭は毛頭ないようだ。
慌てて周りを探す。
考えてみればオルフェナに聞こうにも、夏梛が抱えて出かけているじゃないか。
何か方法はないか?
……そうか、確かオルフェナには電話が繋がるか。
篤紫はスマートフォンを持つと、オルフェナに発信した。コール音が鳴る。
『篤紫か、どうかしたのか?』
オルフェナに問題なく繋がった。
「オルフェ……俺もオルフでいいか、いま大丈夫か?」
『うむ、夏梛とカレラ嬢のおもちゃになっておるが、会話するには特に問題あるまい』
「そ、そなんだ……。
少し聞きたいんだけど、この魔術文字ってもしかして英語か?
何となく書いてある意味がわかる様な気がするんだけど」
『そうだぞ、よく気づいたな。
魔術文字は篤紫の知っている、英語で間違いないぞ。
それよりも、英語なのだから意味が何となく、などと言っておらず今、耳に当てている端末で調べればよいのではないか?』
言われて篤紫ははっとした。
そういえば翻訳アプリが入っていたような気もする。
「ありがとうオルフ。調べてみるよ」
『この世界には、英語を使える者がいないからな。
実は世に出ている魔道具は、長い間引き継がれた定型文しか使われておらんのだよ。
ちなみに、我の作った魔道具も、車に搭載されている翻訳機能を使って作ったに過ぎないのだぞ。
そうだな、篤紫は魔道具の制作をしてみるのもよいかもしれんな』
「ああ、オルフの作った魔道具を参考にして、色々調べてみるよ」
オルフェナの作った魔道具だけでなく、家には魔石を使った市販の魔道具もたくさん置かれている。
まさに、宝の山だ。ワクワクしてきた。
その日、篤紫は食事も忘れて家にある魔道具を片っ端から調べた……。
夕方帰ってきた桃華に「こんなにちらかして、もう!」と、怒られたのはお約束な結果だった。
夕食を終え、話題は今日一日の報告になる。
桃華と夏梛は、シズカさんに生活に便利な魔法をたくさん教わったようだ。
魔法はイメージだと言われたけれど、この世界では当たり前でも、地球育ちの二人にはイメージできない魔法がけっこうたくさんあったようだ。
篤紫も魔術文字が英語だという話題を出し、二人に尊敬の目で見てもらえた。
『あとは、魔道具屋で魔道ペンを買ってくるといいだろうな。
我は直接魔術文字を媒体に刻んだが、慣れるまで道具を使った方が効率いいはずだ』
物知りオルフェナさんに指導をいただいた。
「そういえば、さっき帰ってきたユリネさんに聞いたのだけど、地震の影響なのか湖が大変らしいわよ」
桃華が湯飲みにお茶を注ぎながら、思い出したように言う。普通に忘れていたのだろう……。
「スワーレイド湖のことか? 何があったんだって?」
「それが、湖の水が半分になって、湖底がもう少しで見えそうになっているらしいわ」
「湖の底になにか建物があって、近いうちに調べに行くんだって」
夏梛も目をキラキラさせながら言う。
「そうなのか?」
『タカヒロ殿が帰ってくれば、細かいことも分かるらしいがな。いつもより帰りが遅いようだったから、実はかなりの問題なのかもしれぬ』
「明日 みんなで買い物に行ったついでに、見てみたいな」
「そうだな、野次馬でもしてくるか」
湖底の遺跡……ロマンしかないな。
明日、買い物で街に行ったついでに見てくるのもいいかもしれない。
このときは、すごく軽く考えていた。
シズカ「アツシさんも来ればいいのに」
桃華「篤紫さんは忙しいって言っていたわ」
夏梛「お昼寝に忙しいんだ」
カレラ「寝る子は育つって言うもんね」
オルフェナ『ふむ、仕事ではないのか?』
みんな「「「「ないない」」」」
ここからが本編(マテ
物語が動きます、動きます……