レナリアちゃん
前回のあらすじ。
女子ばっかり増えてく1日貸し切り温泉
~♪
それが聞こえたのは、どうやら私だけではなかったらしく。
「おっ?」というクゥさんの声で彼女へ振り向いた私が目にしたのは、窓の向こう、中庭の花壇に囲まれた光のステージを、蝶の様に舞うレモン髪の妖精。
いや、小学生くらいの女の子だった。
~ゅぃょ~♪
距離や窓に遮られ、風なのか楽器なのかすら判別不能なほど微細だったその音が、お母さん達も耳を澄ませてくれたおかげで少女の歌声なのだと判明する。
にしても聞いたことの無いメロディーだな。 いやこっちの世界の歌なんてレムリアさんの聖歌やお母さんの子守唄くらいでしか聞いたことないんだけど。
なんていうか……こう、既存の歌ではないような、思うままに口ずさんでいる感?
「また来たか」
呆れたような言い草だが、微笑ましそうな横顔のクゥさん。 体ごと振り返ったお母さんも「あれ、レナリアちゃん?」と窓の外の少女を見付け呟いた。
レムリアさんではない、レナリアちゃんだ。 斎藤さんと内藤さんくらいの違いだと思えば良い。
んな、よりにもよって手抜きみたいな……偶然だぞ?
「お知り合いですか?」
キルレさんの方に向き直る。
「えぇ、近所の子です。 そういえば旦那さんの職場近かったんだっけ……」
レナリアちゃんはご近所の娘さんで、まだ私が生後数日の、退院して我が家に来た翌日から何度も家に、特に私と遊びに来てくれていた。
いやまぁ……“私と”というよりは“私で”って感じだったけど。 ほっぺたつんつんは勿論のこと、持ってきたリボンを髪に結い付けられたり、掌とか足裏とかむにむにされたり、危なっかしく抱っこされて揺らされて軽く絶叫マシン体験+女児に赤ちゃんプレイされるという……当時はまだ異世界語を聞き慣れる前の時期だったので、正直彼女の事は苦手だった。
ただ、ゴブリン騒動以降来なくなり、両親の会話から家族もろとも無事なのは知れても、流血シーン等を見てないかと心配で。
漸く、相変わらず元気そうな姿が見れてホッと一安心している。
「あの子最近、お昼過ぎになるとこうして中庭の花壇にまで遊びに来るんですよ。 楽しそうに歌って踊るので、午後の癒やしになっています」
「へぇ〜」
この病院の中庭は、受付けに一言挨拶さえすれば誰でも入れる憩いの場となっている。 山の字に並んだ花壇は季節の花で彩られ、病室から眺めると花畑を歩いてるようにも見える事から、患者受けも良い。
そんなステージで子供が楽しげに歌い踊っているのだから、妖精と見間違えるのも無理はない。 いやこっちのリアル妖精は明らかにサイズやら存在感やらが生物のそれとは別物なんだけどね。
「ふ〜ん」
「……シエルナさん?」
キルレさんの困惑声に顔を上げると、何かを思い付いてしまったらしきお母さんの笑顔がそこにあった。
あっ、これは……
「レナリアちゃん、久しぶり!」
「〜♪ あっ、エメルナちゃんのママ! こんにちわ!」
キルレさん達と別れ、陽の差す中庭で元気溌剌なレナリアちゃんと再会した私達母娘は、そのまま壁際の影に涼むベンチへと並んで腰を下ろした。
冷房のような魔道具で涼しかった院内とはそりゃぁ違うにしても、肌を撫でる微風も相俟ってか、ここも中々に心地良い。
早速レナリアちゃんに手渡され、女児の膝の上に座る私。 うちのお母さんは利用できるものなら実の娘でも躊躇わないらしい。
背後からお人形さんのように抱き締められ撫でられながら、花の香りを運ぶそよ風を肌で感じつつ、大人しく2人の会話に聞き耳を立てる。
「ねぇレナリアちゃん、廊下歩いてたら楽しそうな歌が聞こえたから来たんだけど、何歌ってたの?」
「んっと、わかんない!」
「えぇ……」
親からの聞き齧りか、語彙力の薄さゆえか……会話の切っ掛けから梯子を外されたお母さんが言葉を失う。
小さい子はこれだから難しい。
私の髪を手櫛マッサージしながら「サラサラ〜♪ モニモニ〜♪」と感触を楽しむレナリアちゃんに、気を取り直したお母さんは再度仕掛けた。
「ぁっ、そうそう。 レナリアちゃんのママに聞いたけど、レナリアちゃんももう仕事のお手伝いしてるんだって?」
「うん!」
私を揉む手が止まり、まるで『よく聞いてくれました!』とでも言いたげに嬉しそうなレナリアちゃんの意識がお母さんへと向く。
前世なら労働基準法でアウトだと叩かれそうだが、ここみたいに庶民しか住んでいない辺鄙な村では、6歳からでもお手伝い程度でなら働けるらしい。 どうりで学生らしき青少年グループを見掛けないと思っていたら……必要最低限の教養なら職場の親や大人達から学べるっぽい。
落ち着きなくレナリアちゃんの両足がプランプランと前後しだす。
「おじいちゃんとパパがいってるお店で、おそうじとかぁ、ゴミすてとか!」
「そっかぁ〜、レナリアちゃんももう働ける歳なんだねぇ」
時の流れに沁沁と感じ入っていそうなお母さんは、なんだか生後数日のレナリアちゃんを懐かしむような優しい瞳をしていて。
「今は休憩中?」
「うん。 おべんとう食べて、ちょっとあそんでから戻るの」
なんて眩しい笑顔と体力……私なんてまだ働き始めの18だったのに、昼休憩中は横になって仮眠しないと足腰が痛くて痛くて。
「お仕事は掃除とゴミ捨てだけなの?」
「うん。 あっ、あと字とか、たし算とか、はたおりってのも勉強してるの!」
教えて貰った仕事を、書けるようになった自分の名前を、出来るようになった計算を嬉しそうに話してくれるレナリアちゃんの純真さが、宝石のように眩しく微笑ましい。
どれも前世で通ってきた道なのに、なんだか羨ましくて、もどかしくもあって……
私も文字書けるようになりたい!とお姉ちゃんに訴えそうになるも、両親に不気味がられたら誤魔化せるかどうかが過り。 くうぅ……
そんなこんなで女児相手に嫉妬していると、お母さんが漸く本題に話を切り替えた。
「そうだ、レナリアちゃんって銭湯は行ったことある?」
「うん。 今日も行くよ~」
いいなぁ。
今世の私はまだ、転ぶと危ないからって理由からか銭湯には連れて行ってもらえていない。 日頃の奇行いで警戒されているのだろう。
お母さんに「レナリアちゃんは、銭湯の何が一番楽しい?」と尋ねられ、私の両手を猫の肉球にするみたいにムニムニしながら、レナリアちゃんが銭湯の魅力を語る。
「ん〜……温かくて気持ちいいから。 かな?」
「あ〜わかるぅ。 家で入れるよりちょっと熱めの、でも丁度良い温度なんだよねぇ」
「うん! 熱いけど気持ち良いの! それにねそれにね、ユンちゃん達と遊べるから!」
「友達かぁ、家じゃ狭いもんねぇ。 お泊りでもないと友達と一緒になんて入らないし」
「うん〜……」と何かを思い出したかのようにレナリアちゃんのテンションが落ち、不意に私の頭頂部に顎が乗せられる。 女児とはいえ頭1つ分……痛重い。
無論、そんな変化を見逃すお母さんではなく。 「何かあったの?」と聞くと、レナリアちゃんは不満そうに答えた。
「ん〜……ケンくんももう6歳になっちゃうから」
「あぁ〜そっか……」
ふと陽が雲に隠れ、中庭に影が落ちる。
何かを察したらしく、お母さんにしては珍しく次の言葉が出てこないでいた。
詳しく聞けないまま会話が止まってしまったのだが、おそらくケンくんとは銭湯で遊ぶ友達の1人なのだろう。 この村だけなのかこの世界全体がそうなのかはまだ知らないが、6歳で仕事が貰えるのであれば、銭湯の混浴制限も6歳までと仮定すると不満気な理由が見えてくる。
このくらいの歳の子供達だ、お湯に潜ったり水手砲し合ったり石鹸の泡で髪型を変な形にしたりと、騒がしい一時を過ごしてきた筈。 そこからいつものメンバーが欠けるというのは、ルールだと理解はできても寂しい事には変わりない。 ケンくんがもしムードメーカー的存在だったのだとしたら、より一入だ。
それこそ「まだ良いじゃん、一緒に入ろうよ〜」という心境なのかも。
ションボリしている様子なレナリアちゃんの重みを頭頂部に感じていると、何か良いアイデアを思い付いたらしいお母さんが口を開いた。
「あっそうだ! 今日の夕時は私達も銭湯に行く予定だったからさ、その時エメルナとも遊んであげられるかな?」
「え! エメルナちゃんも来るの?!」
なにそれ聞いてなイッ!
ムスっと顔から一転、目に見えて嬉しそうな笑みを咲かせたレナリアちゃんにガバッと強く抱き締められ、両腕を拘束されながら背後から頬をほっぺでスリスリされる。
暑い! ただでさえ夏日で気温が高いのに、興奮した子供からの容赦の無い密着スキンシップは、1歳児の肉体にはストレッサーでしかなく。
「ンアアァアァ〜〜!」
「ぅわわっ!?」
「ありゃりゃ、泣いちゃった」
耐えきれなくなった体が意志に反して泣き始めてしまった。 オロオロするレナリアちゃんから抱え上げられ、お母さんにベンチへと降ろされる。
あぁ、風が涼しい。 ずっと幼女に密着されていて地味に辛かった体温が、比較的冷たいベンチへとお尻や手を通して吸われ溶けていくかのようだ。
こういう時、常時身に着けているGPSミサンガと医療用チョーカーが放熱してくれれば良かったんだけど、生憎これらは魔力を自動で吸い出すための物であり、体温にまで対応してくれる訳ではない。
まだちょっとエグエグしながらも泣き止みつつある私の髪を手櫛しながら、お母さんがフォローを入れる。
「ちょっとビックリしただけだよねぇ」
「ごめんね、エメルナちゃん……」
申し訳無さそうにしょんぼりしたレナリアちゃん。
こちらこそ、話の腰を折ってしまい申し訳ない。
いきなりで驚きはしたものの、実は然程のサプライズ感はない。 いつ言い出してもおかしくない予兆は、これまでの日常の中でもずっとあったのだ。
お母さんは私を産むまでは銭湯によく通っていたらしく、そんな事でお父さんと喧嘩に……まではならなかったものの、また行きたがっている様子を何度も目にしてきた。 大体、風呂掃除の度にボヤいてたもん。
温泉計画にノリノリなのもそのせいだろう。
ただやっぱり幼子を連れて行くのは危うくて。 ツルッとコケて後頭部なんぞ打とうものなら……
想像しただけで頭の中がジクジクしてくる……
カラカラカラとレナリアちゃんの斜め後方、キルレさん達の病室の窓が開く。 3人で視線を向けると「こんにちは〜、レナリアちゃん」とナースちゃんが小さく手を振っていた。
カワイイ。
しょんぼりしていたレナリアちゃんの表情に、少しだけ明るさが戻る。
「あっ、セラちゃん。 こんにちは~」
年の近い友達相手のような気軽さで手を振り返しているのを見るに、何度も通う内に仲良くなったのだろう。
にしても流石はナースちゃんだ。 現れただけで場の空気を一変させるとは。
もうずっと近くに居てください。
などと内心で感謝している間に、「今日も暑いなのです。 日焼けと熱中症に注意なのですよ〜」と注意喚起だけして閉めようとするナースちゃんをお母さんが止め、斯々然々、温泉に誘っていた。
今?!
いや仕事中のナースちゃんを引き留めるのは……と私なら確実に日和るところだが、さっき受付けさんに挨拶した時は奥の事務所で作業中だったからね。 電話も無い世界だし、シア先生は日中ずっと忙しい。
なにより、話せる機会を見逃すお母さんではない。
ナースちゃんが「えぇっと〜……」とメモ帳を捲りながら話す。 今開いているのはシア先生の予定表だ。
秘書も兼ねてたの?
「師匠はいつも銭湯行ってるなので、今日は夕方なら会えるかもなのです。 ボクは半夜勤なので、院内のシャワーだけにしておこうかなぁとーー」
と、ページを捲る手が止まり、大きな犬耳がヘナっと前に倒れた。
「ヮヤァ〜……やっぱり温泉の日は健康診断の団体予約がありましたなのです」
「「あ〜……」」と重なる、お母さんとレナリアちゃんの残念そうな声。
そういやお父さんが、入浴できる日は丸1日工事がお休みだとか言っていたな。
めっさ暑いし、それでか?
これではお母さんの、貸し切り温泉ついでにバリアフリー等の具体案を出してもらう計画が……
と、お母さんは「ん゙〜〜!」と突然大きく背伸びし、私を抱えて勢いよく立ち上がった。
「しゃぁ〜ない! 銭湯で一緒したら、要望だけでも聞いとくかぁ」
良くない流れを笑顔で一蹴し、視線の合ったレナリアちゃんに手を差し出す。
「て訳だから、エメルナに銭湯のこと教えてやってね。 私といてもシア先生と話してて、つまらないだろうからさ」
「……うん!」
驚きの表情から、なんだか嬉しそうな笑顔に変わり、お母さんの手を握ったレナリアちゃんも立ち上がる。
その後すぐレナリアちゃんは仕事場へ。 見送った私とお母さんも、そのままナースちゃんと姉妹にバイバイし病院を後にした。
お母さんに手を握られながら、商店街での買い物中。 私はずっとお姉ちゃんと交替交渉中で。
((なら、今から同性の裸くらい慣れておかないと、だよね♪))
(うぅっ……)
異世界に転生して1年と少しヶ月。
私は今日、遂に入ります。
女湯へ。
批評感想いただけると助かります。
ここまで見向きもされないとはね…こんなんで受賞とか絶対無理ですよね?
何でだろう
とにかく知られていないからか、単に面白くないからか、私の遅筆が一番の原因なのか…
全部だろうな。
〜次回、テコ入れ〜
のつもりで書く訳ではないのですがね。




