初熱11
前回のあらすじ
忘れたい……
▲▽▲
腕の激痛がトドメとなり、心身共に疲弊しきっていたエメルナちゃんが放心状態となって数分。
内に溜まっていく魔素が徐々に魔力を生み出している事態に気が付いた私は、一人対処に追われていた。
――けれど、どうすることも出来なかった。
それはまさに、流れる雲を素手で塞き止めようと、たよたよしく足掻いている幼児で……。
どんなに制御しようと試みてみても、魔力が収まるどころか、魔素の流れを弱める事すら叶わなかった。
転生してしまったからなのか……はたまた、回路不全による影響が私にも……。 前世なら、この程度の魔素どうってことなかったのに。
それでも、私は頑張った。 経験から無駄だと理解してしまっても、心が諦めきれなかったからだ。
死にたくない。 まだ、絶対に死ねない。
魔石が胃の中に出来た偶然に救われて尚、魔素流を見られるまで相談出来なかった理由なんて、1つしかない。
ただでさえ追い詰められているのに、何の解決策も見出だせないまま悪化していくだけの現状を、魔力操作すら覚束ず、知識も無い子にどうして言える?
もしエメルナちゃんの心が折れたら、私だって、もう、持ちそうにないのに……
▽▲▽
深く深く、どこまででも沈み込んでしまいそうな天井を見上げ、肺の底から熱を絞り出すように長い溜め息を吐く。
内側は今にも逆上せそうで汗が止まらないってのに、肌の表面だけやけに涼しく、それがより、体内の熱を意識させた。
本降りの雨音も煩い。 ジクジク痛む上に発汗やら口呼吸やらで心身共に渇いてどうしようもない中、窓を挟んだ向こう側では大量の水が降り注いでいるとか……なんの嫌がらせだ。
てかもう、なんなんもう……。
辛い。
ここまでずっと、弱音も恐怖も考えないようスルーし続け、カラ元気100%で前へ踏み出そうと耐えてきたのに、そんな1歩目から出鼻を挫かれるとか……。
泣きそう。
あの後すぐ、万が一にでも……と力を合わせて挑んではみたものの、あえなく玉砕。 分かっちゃいたけど、子供が二人に増えた所で、流れが変わるなんて主人公補正は起こり得なかった。
死ぬかもしれない……かと言って、ここに居座り続けていても何が出来る筈もなく。 胃に穴が空きそうな焦りや不安に後ろ髪を引かれながら、私は現実から目を背けるように、重たい瞼を持ち上げたのだった。
「ハァ~……ハァ~……」
呼吸する度、ここが胃や食道だと確信できるくらい、ジクジクと痛む。 火傷でもしたのか、血管に負荷が掛かっているのかは、想像するしかない。
動悸も徐々に速くなってきている気がする。
今、またあんな事になったら……。
誰でも良い、早く帰ってきて……。
△▼△
もし、万が一にでも、あっちの世界と行き来できる方法があるのだとしたら。
私はやっぱり、家族に会いたい。
何度も何度も、迷惑を掛け続けた。
成績悪いし、運動音痴だし、友達できないし。
失望させただろう。 やり直したい過去なんて数えたくもない。
終いには親孝行すらしないまま、先に死んだ。
最悪だ。
だから私は、あの家に帰りたい。
こんな可愛い女の子に生まれ変わっちゃったwって、笑いたい。
フローラちゃん達を家に呼んで遊びたい。
仕事場でこんな事あったんだけど……って聞いてほしい。
なんなら、村の温泉業にでも勤めて、家族揃ってこっちに招待したり、魔法を使って驚かせてみたい。
ミスるかもたけど、頑張って働いている姿を見ててほしい。
……それが無理なら、せめて、謝りたい。
何からどう謝れば良いのか、もう一年も経ってるのに全く整理できていないんだけど。
とりあえず、「死んでごめん。 でも、なんか転生できて、元気にやってるよ」ってとこだけは、絶対に伝えようと決めている。
だから――
▼△▼
――嫌だ!
心が、音にならない悲鳴を叫ぶ。
一度死んだからって? アニメみたいな異世界で、暖かい家庭や、夢のような魔法体験、面白楽しい出会いに恵まれたからって?
何も良くない! 未練しかない! 諦めきれない!
また家族を残して死ぬなんて、二度と御免だ。
それに今の私は私だけじゃない、この命は、お姉ちゃんの命でもあるのだから。
どんなに惨めでも、女々しくても、浅はかで見当違いな悪足掻きでも。
これ以上、じっと待ってなんていられない。
いつの間にか、錆びた歯車ような重さになっている関節に「フんグッ!」と力を込め、闇雲に伸ばした両腕が宙を彷徨う。
しかし、起き上がれなかった。 必死の勢いも虚しく、上半身への重心移動がままならないのだ。
もしかして脱水症状!?
力不足とかではなく、運動神経が全く反応していない感覚に、『手遅れ』の言葉が脳裏に浮かぶ。
やだ……
どれだけ必死にもがこうと、指は何にも引っ掛からずに空振るばかりで。 更に加速する脈動がバクバクと耳にまで届き、脳に警報を鳴らし続けた。
そうこうしているうちに、またしても内側が湯打るように熱くなってきて。
想定していたよりも遥かに早く、その時は迫っていた。
やだ……やだ……
あの堪えがたい苦痛と恐怖がフラッシュバックする。
死ぬのは勿論、また内臓を焼かれるだなんて経験、二度としたくない。
もう吐き出せる物だって、何も残されていないのに。
「……ハァ……ッグ!」
どうやっても起き上がれないと悟った私は、それでも尚、助けを求めてシーツを固く握り締めた。
こうなったら這い擦って、ベッドから落ちてでも何か無いか探すしかない。
一心不乱に腕を伸ばし、掌の感触だけで周囲を探る。
やだ やだ やだ いやだ
死にたくない 死なせたくない!
それでも、肌に伝わるのはシーツや枕の質感ばかりで……。
次第に、腕までもがピリピリと痺れ、感覚が遠ざかっていくのを自覚した私は……
((エメルナちゃん!!)
「っ!!」
……今際の思いで最後の力を振り絞り、廊下側である左腕を限界まで押し伸ばした。
生きたい!!
ぽすっ……
何かに触れる。
精根尽き果て、力無く落ちた手の甲が触れたその塊は、冷気を編んで作られたクッションのような心地好さをしていて。
不思議と、そこへ熱が吸い込まれていく確かな感覚があった。
痺れが薄れ、左腕が動くようになってきてすぐ、掌を返して塊を何とか握り締める。
絶対に離すものか。 地獄の底で見付けた蜘蛛の糸を必死で手繰り寄せ、私はその大きくも軽いクッションのような物体を、両腕でギュッと抱き締めた。
「ぁ~……ぃぃ♪」
真夏日の、凍らせたペットボトル飲料くらいの冷たさにも関わらず、全く痛くならない。
どれだけ強く長く密着していても、凍傷の恐れは無いと肌で理解する。
(空石みたい……)
未使用の空石と交換して暫くは、まさにこんな感覚だった。
抱き締めているだけなのに、パジャマを通してでも、密着した箇所から熱がジワジワ吸い取られていく。
にしても、本当に不思議だ。 接触冷感生地とは思えない安っぽい肌触りだし、とても凍っているとは考え辛い綿の弾力。
なのに気でも狂っているのか、『冷たくないのに冷たく感じる』という、相反する2つが両立している。
例えるなら……そう、温度の違う2つの物体が、全く同じ空間にあるかのような。
肉体と、魂のような。
なんて考えている内にも、体内の熱は持続的に吸い取られていたらしく。
命の危機を脱した私は、安堵したのか、そのまま幸せそうに意識を失っていたらしい。




