汚い話し
前回のあらすじ
サキュバスお姉ちゃんがいないとダメな体に
心は18でも、肉体が幼すぎると脳は体を優先するらしい。
端的に言うと、漏らしました。
しかも知らないうちに。
どっちを……は、察して頂けると助かります。
魔力操作練習の一環で力んでしまったのが、発達しきれていなかった括約筋を圧迫したと想定する。
断言できない理由は、恥……局部に生暖かい湿り気を感じて、そこで初めて気が付いたからだ。
オムツの重要性を思い知らされる。
しかも、意志とは無関係に感情が高ぶり、自制が利かず泣き出してしまった。
「おんぎゃぁぁぁ~~~!!」 と。
目頭どころか顔面が熱い。
隣室に待機していたのだろう年配の助産婦さんに対応され、新しい紙オムツにはき変わる。
確かに不快だし、終始、姉に知られていることから情けないわ恥ずかしいやらで悲しくなってきたけど。
だからって言い訳も無く号泣しだすのはさすがに辛い。
不可抗力なのは理解してくれているとしてもだ。
((不可抗力というより、生理現象でしょ。 赤ん坊なんだから、仕方ないわよ))
(うん。 そうなんだけどね?)
理解してるからって、割り切れないのが感情ではなかろうか。
気を取り直して。
現在お……私は、お姉ちゃんにこちらの言語でのあいさつを教わりながら、魔力操作のレクチャーを受けていた。
魔法を使う上で必要不可欠な魔力操作。 入門編は大きく分けて3つになる。
魔力感知と、魔力吸収と、魔力操縦だ。
魔力感知は、体外・体内の魔力を認識すること。
魔力吸収は、体外の魔力を体内(魂)に蓄積すること。
魔力操縦は、体内(魂)に蓄積した魔力に、意志の力で流れを作ることだ。
この意志の力ってのが曲者で、手で水面を漕いで流れを作るのとは違い、血管や神経のような魔力回路に流れを起こし、魂の力を増幅させ世界に干渉する。 という感覚らいし。
が。
俺は……私はふと疑問に感じた。
流れ?
まるで魔力にも分子や原子があるかのようだと……ねと。
そう考えると『世界に干渉』という点も、熱振動や原子構造などを『魂の力』とかいうご都合動力で、魔力を使って再現しているのかも。
異世界なので、肉体・魂と、もう1つのナニカが存在しているのか?
もしかしてそのご都合動力ってのは、ナニカの心臓だったりするのだろうか。
そう解釈した上で魔力操作を実行してみた。
どうやっているのかは、感覚で、としか言いようがない。
隠れ厨二病の頃を思い出せ。
なんとなく感じる空気中のガス溜まりみたいな違和感を取り込み、保有魔力の半分を掌へ集中、皮膚から溢れ出した魔力を1cm程の宙で旋回させてみた。
どうやら、体表2~3cmまでは魂の力が届くらしく、操作を誤り範囲を超えてしまうと忽ち霧散させてしまう。
成長によって、魂の力の効果範囲も伸びるらしい。
((すごいすごい♪!! 前世が大人だからって、こんなに早く感覚を掴める初心者なんて初めて見たよぉ。 これは、将来の大賢者さま誕生かなぁ?))
(それ、神童とか持て囃された挙句、成長するごとに平均化していって廃れてくパターンだから)
失敗してるし。
何よりこれは、前世の記憶が役に立った例だ(魔法の無い世界なのに役立つとか皮肉でしかないが)。 才能の問題ではなくチートでしかない。
いや、チートと言えるかすらも疑わしい、単なるズルだ。
((ズルでも何でも、自分の力であることには変わりないよ。 皆が必死な中、周りに合わせようと手を抜く方が失礼なんじゃないのかな))
(うん)
分かってる。
今世の俺は、こういう努力方面で手を抜くつもりなんて毛頭無い。
前世の失敗を踏まえて、後悔しない生き方を貫くつもりだ。
((ちなみに、また忘れてるよ? エメルナちゃん))
(そうだ、私、だ)
いや……私、だよね。
…………疲れる。
((それじゃぁ、朝の挨拶から一連の流れ、もう1回復習するよ~♪))
(はぁぃ……)
憂鬱だ。 いや、そのネガティブこそが脳の可能性を閉ざしてしまうのは理解している。
だが愚痴くらいは許してほしい。
私は現在、魔力操作と同時進行で、異世界言語の習得にも勤しんでいる。
むしろこっちが本命だ。
ホント、通訳スキル欲しい……
朝のあいさつ~いただきます・ご飯の感想・今日の予定・ごちそうさまでした~着替え・いってきます。
いただきます、と、ごちそうさまの概念ががこっちにもあったことに安心したが、やる気が高まっていたのはそこまでだった。
私は今、ご飯の感想で躓いている。
「おはよう」は……私と同室で、産後3日間入院していた母ちゃんが、まだ目覚めていなかった私に毎日語りかけてくれていたらしく、脳が記憶でもしたのか、なぜか理解できていた。
そして今もまた躓いた。 思考が白紙になり、言葉が出てこなくなる。
お姉ちゃんはスパルタで、毎回質問と答え(おかずの内容・今日の予定)をランダムに変更し、アドリブまで加えてくる。
覚えなければいけない単語だけでも、もう暗記しきれていない。
単語もさることながら、会話文・イントネーション・リスニング・応用……パンクしそうだ。
英語の授業でもそうだったけど、私には異国語を母国語に変換する機能が故障してるんだと思われる。
今はまだ赤ちゃんなんだし、今後は両親も色々教えてくれるだろうから焦る必要は無いが。
それに……日本語を忘れたくないという怖さもある。
私はポンコツなのだ。 英語を集中的に復習して得意な理科・数学の成績を落とした挙句、肝心の英語すら赤点だったくらいには……ね。
あれでトラウマが確定してしまったんだよ。
農業科学科だったおかげか、高3では英語は選択科目だったから卒業できたけど……
そんな私が異世界語なんて覚えたら、日本語を忘れてしまいそうで辛い。
好きなアニソンとかも一緒に忘れそうだし。
そりゃぁ、もう日本に帰ることなど有りえないのだから、要らないものなど捨ててしまえば良い。
でも、私は日本が好きなのだ。
日本刀とか、着物とか、その精神とか、表現の多様性や奥深さ等……大半は厨二病な憧れかもしれないけれど、それでも好きだったのだ。
それを忘れるかもと想像すると、遣る瀬無い。
とは言え、今後を思うと、学ばないと前に進めない訳で。
はぁ……
((……私も色々あってね、故郷を失う怖さとか辛さは、解かるよ))
お姉ちゃんが、教師モードからお姉ちゃんモードへと態度を弛緩させる。
((でも、忘れたことなんて1度も無かった。 大好きだった家族も友達も、森の風も、花の匂いも。 あれからもう何年経っちゃったのかも覚えてないけれど、大好きだった思い出だけは、転生した今でも忘れてないよ))
((それに……♪))とイタズラっ子な笑みを浮かべ、
((実はね、私にはエメルナちゃんの記憶を窺い知る術が備わっているの。 しかも本人が忘れているあぁ~んな事やこぉ~んあ事まで……ねっ♪))
………………は?
((だから、エメルナちゃんが聞き取れなくて鼻歌で誤魔化していた英語の歌詞も、私には動画を再生してるように聞けちゃう訳♪))
一瞬、日本語で? 意味あるの? と頭を傾げたが。
当然、俺と繋がっているのだから、意味も理解できているわけで……
(なにそれズルい!!!)
チートやチート! ここにチート持ちがいたんかいな!!
((いいえ、れっきとしたサキュバスの得意スキルの1つよ。 眠りの浅い相手に夢を見せるのは、夢魔の一種たるサキュバスの十八番だもの。 そして夢は、相手の記憶を探り、取捨選択し、繋ぎ合わせることで魅せているの。 脳って優秀でね、その際、本人すら忘れている潜在記憶でも鮮明に見れちゃうのよ))
(怖!!)
サキュバスというと性的なイメージしか無かったが、一気に悪魔らしくなった。
諜報活動とかさせたら、国なんて簡単に滅ぼせそうだ。
前世ならパスワードやIDの意味が消失しネット世界の掌握すら可。
しかも我がお姉ちゃんは元魔王軍幹部。 そこらのサキュバスとは恐ろしさが違う。
いや、そこらにサキュバスが居るかは知らないけれど。
((だから安心して、もしエメルナちゃんが日本語を忘れちゃっても、私が思い出させてあげる))
………撤回しよう。
我がお姉ちゃんは、どのサキュバスより頼もしい。
((それと、エメルナちゃんの様子を見ていて、一助になればと思い付いたのだけれど))
おや、教師モードだ。
この時の姉は、茶化すと真面目に叱ってくる。
(なんでしょう)
((エメルナちゃんって、単語をまず日本語に訳してから理解しようとするわよね?))
………?
((つまり、リンゴはあの果物って覚えてるしょ?))
(うんうん)
赤くて酸味があって甘くてちょっと硬めな果物だ。
((でも、キャルプはリンゴって覚えてから、あの果物になってる))
(………ん?)
((つまり、日本語では1つで意味を理解しているのに、異国語となると2つでようやく理解できてるって事なの。 だから、全て2つで覚えなきゃいけなくなる))
理解が追い付かないまま、お姉ちゃん先生の講義は続く。
((例えばサラダは、
サラダ(名)=野菜を複数盛り合わせた料理(意味)。
と覚えてるのに、フォシュローテは、
フォシュローテ(名)=サラダ(名)=野菜を複数盛り合わせた料理(意味)
って覚えてる。 これって、効率が悪くないかな?
だからこれを、
フォシュローテ(名)=野菜を複数盛り合わせた料理(意味)
って認識するように出来れば))
覚えやすく……なる?
新展?