初貴族
前回のあらすじ
長く太く強く生きたい
4月3日。 気候が安定しているのか、前世の地元のように突然暑くなったり大雪が積もることもなく、春らしくなってきた頃。
村長さん宅前に、黒塗り金装飾の豪華な馬車が停車した。 御者が扉を開き、そこから身綺麗な男性が降りる。
クォーツ伯爵家次期当主、ファントム・クォーツ子爵だ。
20代後半の、質の良い紺スーツ姿。 薄緑の髪は短めのポニーテールで、左前に白のメッシュが入っている。
アイドル感漂う顔立ちは、女性人気が出そうなのも頷けた。
私の1目見た感想としては、男なのに肌綺麗だなぁ、だ。
((あら、なかなか良い人じゃない))
先日まで、どんな貴族が来るかで楽しんでいたお姉ちゃんのテンションが上がる。
見た目は好みだったらしい。
そんな彼の後ろ隣には、アンティークドールのような青紫髪のメイドさんが鞄を手に控えていた。
痺れるように全身が熱くなる。
メイド喫茶みたいな白黒のフリフリではない、目立たず補助する私好みのメイドさんだ!
リアルで拝める日が来ようとは!
今度は私のテンションが上がった。
最初は嫌々だったけど、見に来て正解だったかも。
私とお母さんは今、村長さん宅にお泊まりに来ている。 お父さんも、帰りはここに来るらしい。
村長さんが外で出迎える。 その姿を、私達母子組は居間の窓から窺っている。
「ようこそ、遠い所お越しくださいました、ファントム卿」
頭を下げる村長さんに、子爵が「面を上げよ」と声をかける。
「出迎えご苦労。 急に押し掛けてすまんな」
労う子爵。
評判通り、有能な方の貴族みたいだ。
((声もいいねぇ))とお姉ちゃんがうるさい。
緊張感無いなぁ……
村長さんが首を振る。
「滅相もございません。 本来ならば此方から出向かねばならぬところを、ご配慮いただき誠にありがとうございます」
「構わない。 むしろ来られては困る、息抜きも兼ねているのでな」
2人の間で軽い笑いが起こる。
親しげに話す子爵様を見るに、彼は村長さんと良好な関係のようだ。 村にも何度か来てるようだし。
その繋がりで、お母さん逹とも親しいとか?
とりあえず、威張るような輩じゃなくてホッとした。
外での挨拶はそれくらいにして、子爵様とメイドさんが村長さん宅に招かれた。
と、何を思ってか、お母さんが私を抱えたまま廊下側へ向かう。
え!? ちょっ、なるべく近付きたくないんですけど!?
挨拶に出向かなかったばかりか、好奇心で顔を見に行くのは、不敬罪とかになったりしない?
焦りで心臓がバクバク鳴る私を抱っこしたまま、廊下への扉を開ける。
覗くと、ちょうど子爵様が前を通る瞬間だった。
不意に子爵様の視線がお母さんに向き、私へと下がる。
「ん"ぅっ!?」
一瞬、眉間に深いシワを寄せて籠った声を漏らした。
整ったイケ面が苦虫を噛み潰したように歪む。
……ぁえ?
((……ぁえ?))
同時にポカンと口が開く私とお姉ちゃん。 頭の中は?マークで溢れかえっている。
咳払い1つ、表情を戻し急ぎ足で去っていく子爵。 そんな彼の後ろ姿を見送りながら、お母さんはプルプルと笑いを堪えていた。
ナニこの展開?
((子供嫌い、とか?))
お姉ちゃんも首を捻る。
ってか、何で笑ってるのお母様?
よく分からないまま、私はパズルとにらめっこするフローラちゃんの元へ戻された。
数時間後。
夕刻になって漸く会談と視察を終わらせた子爵様が、私達のいる居間の扉をバンッ!と開けた。
さっきより深く皺の寄った眉間と、怒り心頭な面持ちでお母さんを睨み付ける。
すんげぇ怒ってる!
あっ、扉はそっと閉めるのね。
ズカズカとお母さんに迫る子爵。
あわあわと血の気が退く私の前で、2人は対面した。
子爵が口を開く。
「ァアンタねぇ! あんな不意打ちは卑怯なんじゃない!? 変な声出ちゃったでしょ!」
オネエ口調で訴える子爵に、お母さんがお腹を抱えて笑い出した。
あれぇ~?
石化するように固まった私の目前で、女友達のようにお母さんの肩を揺さぶる子爵は、ちょっと涙目だった。
「ごめんごめんトムねえ! その顔が見たかったからさぁ!」
爆笑してるお母さんがナチュラルに酷いんですが。
何かを諦めた子爵は、溜め息を吐いて項垂れるしかなかった。
両手で自分の頬をこねくり回す。
「はぁ……視察中、何度も過ぎってニヤけそうになったんだからね? バレたらどうすんのよ」
「トムネぇなら、堪えられるって信頼してたから」
「良い笑顔で返しても騙されないし騙される要素も無いから。 信頼してるならこのあと叩かれるって覚悟もしてるのよね?」
悪い笑顔の子爵さまが手刀を構える。
おでこにチョップを貰ってました。
「で、この子がシーちゃんとルースの?」
オネェ子爵、ファントム・クォーツことトムねぇが膝を曲げ、パズル途中の私を見下ろす。
初見とは一転して、仔猫を愛でるような目で見つめられた。
ちょっと頬を赤らめているのが可愛い……とはさすがに心は女子じゃないので思えないけれど、可愛らしい人ってのは分かった。
ちなみに、そんな純女の子のお姉ちゃんはといえば。
((何で、私の気に入った男はこうなるんだろ……))
冷めきっていた。
なんかごめん。
トムねぇがフローラちゃんに目を向ける。
「で、こっちがエレっちとローマンさんの子? 髪はローマンさん寄りね」
パズルに夢中なフローラちゃんは、不意に撫でた相手を見上げて目を丸くした。 どっちの意味で驚いたんだろうね。
エレオノールさんが「はい、フローラです」と紹介する。
「そんで、うちのがエメルナね」
今度はお母さんに頭を撫でられる。
「2人とも可愛い名前ねぇ♪」
トムねぇがより破顔した。
お母さん達が嬉しそうにしていた理由はこれか。 イケメンとかアイドル的存在って訳ではなく、友達だったんだ。
私の知る限り最低でも1年ぶり、下手したら懐かしい程に久しぶりの再会なのだろう。 そりゃ嬉しいわな。
お父さんも来るということは、お父さんとも友達なのかな? さっき名前言ってたし。
「ごめんねぇ、2人共。 お祝いに来たかったんだけど都合が付かなくてねぇ」
申し訳なさそうに困った顔を見せるトムねぇに、お母さんもエレオノールさんも首を振る。
「仕方ないですよ。 それに私達だって他人のこと言えないしね」
「はい。 ルチルさん、お元気ですか?」
「元気元気! 出産前より元気過ぎて困ってるくらいよ」
結婚しているのか? と驚かされる。 オネェだからってそんな偏見はよくないんだけど。
むしろ貴族だと、許嫁くらい子供の内から決められているのかも。 いや待て、まだ誰のとは言ってないし、共通の友人かもしれないじゃないか。
そもそもこっちの世界にも許嫁制度があるかすら未確定であって――
「それに、お互い娘から目が離せない時期なんだから、来れなくて当然でしょ。 アタシの場合は仕事でだけど」
疲れた顔で頬に手を添えるトムねぇ。
確定しちゃったよ。
相手方はこの秘密を知っているのだろうか……
そんなトムねぇが「抱っこして良い?」と私を見てお母さんに尋ねる。
「良いですよ」
「なら失礼して。 エメルナちゃ~ん、ちょっと来てぇ♪」
1トーン高まる声で、お腹とお尻から掬い上げられた。
手が大きい。 ゴツいわけじゃないけど男感が凄く伝わる広い手だ。
ぅ……
失礼だけど、前世も含めてオネェと接するのが初めてな私は、息を詰まらせ身を強ばらせてしまった。
TVではよく見てたけど、実際に会うのはこれが初。 生オネェはちょっと緊張する。
しかも顔が近い。
とは言えいつまでも無呼吸でいる訳にはいかず、恐る恐る鼻で息を吸う。
お?
意外と爽やかな甘い香り。 バラかな?
香水なんて初めてだから知らないけれど、なかなか良いセンスなのではなかろうか。
更にトムねぇ、私の持ち方が安定している。 同い年っぽい娘さんをお持ちとの事で、慣れているのかな。
スーツも、前世のスーツとさほど変わらないようだ。 肌触りが懐かしい。
貴族と言うともっと派手派手してるイメージだったが、トムねぇは素材が良いからか、これといった装飾が無くても様になっている。
と、落ち着いてきた私と目が会う。
「やっぱりシーちゃん似かしら。 銀を受け継げて良かったわねぇ♪」
あっ、はい。
てか先日鏡作ってなかったらネタバレ食らってたのね……
危ないところだった。
その後、つんつんムニムニ髪さらさらされながら思い出話に華が咲き、ゴブリンの件で頬をグリグリされた。 哀しいかな、やはり女性のゴツさではない。
痛いっす、トムのアニキ。
「シーちゃんも昔はこうだったのかしらね。 余計な所まで似ないでよぉ?」
「失礼な、私は普通ですよ。 周囲に奇人変人が多かっただけで、むしろ面倒見の良い方だったじゃないですか」
青髪達のことか、と確信する。
「類は友を呼ぶって、知ってる?」
「それを言うなら、トムねぇも変人になるけど、良いの?」
「誰に向かってそんなこと言ってんのよ。 代表みたいなもんでしょ!」
「自分で言っちゃうんだ!♪」
楽しげに笑う3人。 もう完璧に女子会だな。
その後もフローラちゃんを抱っこして同じような会話を繰り返し、お父さんが来るまでの間、お互いの子の話で盛り上がった。
「ぬぅわぁぁ! ビックリしたぁ!」
お母さんが扉付近を2度見して奇声を発する。
向くと、そこにはトムねぇに付き添っていたメイドさんが立っていた。
居たんだ。 気が付かなかった。
「あれ? トムねぇ、良いの?」
お母さんが丸くした目をトムねぇに向け、指はメイドさんを差す。
「あぁ、彼女は良いの。 てか帰ってきてたなら言いなさいよ、なんでそんな所につっ立ってるの?」
不満そうに手招きすると、メイドさんは一礼してトムねぇの後ろに立った。
「失礼致しました。 旦那様付きのメイドを承っております、シシリーと申します。 皆様、どうぞお見知り置き下さいませ」
背筋の伸びた綺麗な30度お辞儀をきめ、シシリーさんが笑顔で面を上げる。
こうして見ると、ちょっと丸顔で背も低めなので可愛らしい。 童顔ってやつだ。
お母さんとエレオノールさんも挨拶する。
「それで?」とトムねぇが話を促した。
「はい、旦那様のお部屋はここになりましたのでご報告に。 それと、御者にはクレア様の宿へ泊まって頂く運びとなりました」
クレアさんとは、あの銀杏ポニさんだ。 あの人、宿屋を経営していたのか。
トムねぇが「そう」と頷く。
「ご苦労様」
「ところで、これから私はどうすればよろしいでしょうか」
「ん? あぁ、折角だからあなたも普段通りにさせて貰いなさいな。 別に良いでしょ?」
話を振られたエレオノールさんが「もちろん、お寛ぎください」と即答する。
「ありがとうございます。 では、お言葉に甘えて……」
と、シシリーさんから笑顔が消えた。
てか表情がスンッと消えた。
「トム様、先程「何でそこにつっ立ってるの」と仰いましたが、急用でもないのにメイドが主のプライベートに加わるなど、許されるとでもお思いですか?」
「え、あっ……ご、ごめんね」
メイドさんが無感情で目前に正座する。 トムねぇが冷や汗をかいて目を泳がせた。
ん?
「ほら~、普段通りでいるから、シシリーも普段通りで来るかなぁと……」
「だとしても、許可無く職務を放棄するなど論外です。 何よりクォーツ家のメイドたる者、主のご友人に失礼をしたとあっては御家の恥。 イラついたので訂正してください」
「最後のが本音ね」
淡々と指摘したあげくぶっちゃけたよコイツ。
こういう性格嫌いじゃないけど、理想のメイドさんからは一気に遠ざかったかな……
((残念だったね♪))
お姉ちゃんの笑顔が輝いた。
(うるさいやい!)
どうにも、お母さんの周りには奇人変人が集まりやすいらしい。
語彙が無いので、メイドや貴族らしさに困ってます。




