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大物

前回のあらすじ。


 もう、あの人だけで良いんじゃないかな……

 その後、ゴブリン退治は一気に進展した。

 聖歌の効果範囲は広く、何処に隠れていようが防音でない限り逃げ場は無い。

 と言うか、聞こえる必要すらない。 魔力で増幅した共振音波は魂にダイレクトアタックする。 ワイングラスは耳(ざわ)りに耐えられないから割れる訳ではないのだ。

 とはいえ音の波も無限には広がらない。 レムリアさんにはこのまま路地の多い住宅街と生産・加工地区を歩き回ってもらおう。


 と、言いたいが……


 その為の1歩がなかなか踏み出せずにいる。 満員御礼のコンサートホール、そんなステージ上で歌う人気歌手にズカズカと近付き話しかける気分だ。

 んなことするくらいなら、いっそ聞いていたい。

 理由は分からないけど、まさかの日本語だし。 しっかり聞いて、夢カラオケのレパートリーに加えねば。


 ……ヤバいなぁ、この歌何分あるんだろ。


「あっ、やっと終わった……」

 しかしすぐにもう1度歌い始める。


 ちょっと待って! もう充分だから!!



「すみません、怖くて目を(つむ)っていたので、いらしていたのに気が付きませんでした」


 よく外に出たな。


 あれだけの声量だったにも関わらず、レムリアさんの喉は無事だった。 寒さも、それほど苦ではないらしい。


 シスターちゃんも修行を重ねればこうなれるのかな……敵認定されたくないなぁ。


 ただ、見てる方が寒いので、一旦(いったん)家に入ることとなった。



 私とシスターちゃん、緑髪さんはレムリアさんに経緯(いきさつ)を。 他メンバーは倒れているゴブリンに念のため止めを刺して回っている。 気絶しているだけかもだからね。

 暖炉は……どうせすぐに出るんだし防寒着で良いんじゃね? って事になったので点けていない。


「はぁ……うぁっ!?」

 気の抜けたシスターちゃんがバランスを崩し、支えを失った私はそのまま床に落とされた。


 んぎゃっ!

 左肩から! 外れてないと思うけど超痛い!


「ごっ、ごめん!」


 大丈夫、大丈夫……防寒着に加えて体重が軽いおかげか、思ったほどじゃないから。


 しかし許容オーバーだったらしく、思考に反して感情が(たかぶ)り、体が勝手に泣き出してしまう。

「ああぁあ、何処か怪我したヌ゙ヴォッ!! ……体が…………痛い」

 シスターちゃんがプルプルとその場に崩れ落ちる。


 あぁ……ずっと私を抱えてたもんなぁ。 無茶しすぎて筋肉痛がもう来たのね。


「んぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!!」

「おぉ…………んぉ……ぉぉぉぉぉぉぉぉ…………」


 痛々しい!



 その後、私は兎人さんに、シスターちゃんはレムリアさんに背負われて家を出た。 ギルドに戻り、レムリアさんと連携してもらうためだ。

 聖歌隊ならぬ聖歌部隊かな。


 やっぱり外は別格に寒い。 家の中も寒かったけど、肌にキンと来る冷たさに身が縮まる。

 ただ今は空気が悪かった。 血と獣臭さがそこらじゅうからしてるからね……


「そういえば、ホブはいましたか?」

 緑髪さんが聞くと、黒髪さんが首を振る。

「うんん、全部ゴブリンだった。

 それと朗報(ろうほう)! 調子に乗って限界まで索敵してみたんだけど、住宅街のゴブリンは全滅してたってさ。 しかも(ほとん)どがここに集まっていたらしくてね、森にももういないって」


 マジか……聖歌も妖精の索敵範囲もチート過ぎだろ。

 てか聖歌部隊、作る前にいらなくなったね。

 住宅街がどれだけ広いと思ってんのよ。 レムリアさん、デコイしたん?


 緑髪さんがほっと一息つく中、私とお姉ちゃんは頭を悩ませていた。


((……少なすぎる))

(だよね? しかもこっちにも結局ホブいなかったとか、どうなってるの?)

((私にも……分かんないよ……))


 珍しく弱気なお姉ちゃんに言葉が出ない。

 とにかく、ギルドに行こう。 そろそろお母さんと合流できる頃だろうし。

 何か新しいことが分かるかも。



 行きと同じ順番で列を組み、月下を歩く。

 シスターちゃんはレムリアさんの治癒魔法で筋肉痛を和らげられ、そのままレムリアさんの背中で気持ちよく眠りについた。

 マッサージされて眠気に包まれた感じだ。 薬の副作用っぽいやつではない。


「で、今回の襲撃も、アベンはどう見る?」

 シスターちゃんが眠りについた頃、見計らったようにおっさんがそう切り出した。

「そうですねぇ……やはり関連しているのではないかと」

「だよなぁ……」

 おっさんがため息混じりに頭を掻く。


 何の話しだろ。

 ゴブリンの襲撃について何か知っているのかな。


「レムリアさん、すみませんが明日、少々お時間を頂けますか」

「はい。 私も村長さんにはお伝えする義務があると思いますので」


 レムリアさんまで?

 なんか、深刻そうだけど……話しに着いていけてない。

 どういう事だろう。 ゴブリンの襲撃は確か、食料が足りなくなって出てきたんだよね。

 秋に皆で食べ物を取り尽くしちゃてたとか? 秋は旬の食べ物が多いからねぇ。

 でもそんなイベント記憶に無いし。 冒険者さんとレムリアさんだけで内緒で山に……なさそう~。

 てかそうなったらどんだけ採らなきゃいけないんだって話しになる。 トラック何t(トン)分よ、ゴブリンを兵糧攻(ひょうろうぜ)めにでもしてたのか?


「大物かぁ……何が来たらこんな面倒事になるんだろ。 疲れるまで歩き回らせるのが狙いとか言わないよな?」

 嫌気がさしている様子のオレンジ髪さんに、「だとしてもやることは変わらない」と兎人さんが答える。

「それに、未だに姿すら現さない以上、思惑という確信すら持てない。 自然災害の前兆という線もある、視野を(せば)めて見逃しがないように」

「へいへい」

「申し訳ございません、教会が無理を押しつけてしまい……」

「良いって良いって♪ レムリアさんが気にする事じゃなぁいよ♪」

 申し訳なさそうなレムリアさんと、対照的に明るい黒髪さん。


 冒険者さん達は、教会から依頼されている? で、何かを調査しているってことかな……

 それとゴブリンがどう繋がるの?


((ねぇ、もしだよ……))


 お姉ちゃんが何かにピンときた。


((もし、ホブがその大物に殺されているとしたら?))

(えっ……それってもしかして)


 嫌な予感に背筋がゾッとする。


 つまりゴブリン達は、村を攻めてきたわけではなく、村に逃げてきたってことになるじゃん。


((これ、襲撃じゃなくて、スタンピードだったんだ……))

 『スタンピード』。 人間の群集事故、または家畜などの集団暴走。 転じて、モンスターの集団暴走などを指す。


 危険から逃れようとするゴブリンの大群が、一気に森から出てきたってこと? まさか、食料を狙われて巣から飛び出してきたとか? もしくは食料として狙われたか。

 だから撤退しなかったんだ。 逃げる場所が無いから。

 挟撃にしては(みょう)に少なくて、素人目から見てもお粗末で、数の利を()かせていないと思ってたら、そういうこと?!


 ここまでの細々(こまごま)とした疑問が全て、パズルのようにカチリと繋がる。


 てことは今、村の近くにその大物が来てるってことになるんじゃん!! ゴブリン集団より圧倒的に強い奴が!!

 どうしよ! 早く伝えないと!


((待って! 落ち着いて))

 パニックに(おちい)っていると、冷静に(つと)めてお姉ちゃんが(せい)してくれた。 心臓はまだバクバク言っている。

((話を聞く限りじゃ、大物は移動しているのかも))

(移動?)


 ……そう言えば、「今回の襲撃も」とか「歩き回される」的なこと言ってたっけ。

 他でも似たような事件が起きてるのか。 だから調査してたのね。


((まぁ、その大物が原因かは分からないけれどね……もし関係しているのなら、こちらから手を出さなければ通りすぎてくれるかも))


 うぅ……やっと終わりそうなのに、ここにきて不安要素がまた増えた。

 もうやだ疲れたよぉ、私まだ幼児なんだよぉ?

 今何時だと思ってるんだよぉ~。


 なんか……もういいや。


 教会から依頼されたって事はさ、冒険者さん達の実力なら大物を倒せるって事だよね?

 ………………良いですよ、分かりましたよ。 どうせ赤ちゃんに出来ることなんて何もないんだ!

 寝るのも仕事! 私の第2の人生は全て大人と運に任せて、夢の中でぐうたらさせていただきますよぉ!


 とか不貞腐(ふてくさ)れていると、本当に体が眠くなってきた。 スイッチが切り替わったように。

 こんな時に活動限界らしい。 (まぶた)が重い。


 ……うぅ、無理だ。

 てことでお姉ちゃん、眠れる夢よろしく。 なんなら私の体好きに使ってていいよ。


((そうね、やれることはやったし、私も今日は炬燵でゆっくりさせてもらおうかな))

(うん)


 お姉ちゃんも(あきら)めて、全てを(たく)すことにしたらしい。

 むしろ本来それが普通なんだよね、赤ちゃんは大人しく守られていればそれでいいんだ。


(だから……おやすみぃ)

((フフッ♪ せっかくだから、私も少し甘えさせてもらうわね♪ おやすみなさい、エメルナちゃん))


                        *


 新しい♪ 朝が来た!♪

 良かった生きてたぁ! 


 すっかり爆睡しちゃってたけど、目が覚めたら休憩室の天井で安心した。

 ずっと運ばれていただけなので筋肉痛もない。 シスターちゃんに感謝しないと。

 にしてもスッキリいい目覚め。 心なしか魔力回路も整っている感じがする。

 魔力結晶作り続けたのが良かったのかな、(よど)(にご)りが洗い流されたように清々(すがすが)しい。


((おはよう))


 お姉ちゃんも少し遅れて目を覚ます。


(おはよう! いゃぁ、窓の向こう側は良い天気ですなぁ!)


 うん、我ながらオヤジ臭いと思ったので今のノリはもう無しにしよう……


 こころなしか、お姉ちゃんの肌がツヤツヤになっている気がする。 気分も私同様、絶好調らしい。


(昨日あの後、何かした?)

((ちょっとねぇ〜。 あっ、そうそう、色々情報仕入れてきたよ♪))


 明るい感情が伝わってくる。 久しぶりに幹部時代っぽい仕事が出来て気晴らしになったらしい。

 趣味仲間に最新情報を教えてあげたがるオタクみたいなテンションになってる。

 私としても凄くありがたい。 さっそく報告していただこう。



 私が寝落ちした後、帰ってきたお母さん達と村長さん、冒険者メンバーとレムリアさんで報告会が開かれたらしい。

 聞いていたのは勿論(もちろん)お姉ちゃん。 眠った体でも耳が使えたのは、夢を(のぞ)き見るスキルの応用だとか。

 レム睡眠だったかの浅いタイミングに聞こえた音楽や声が夢に反映される現象を利用したそうで。 憑依した夢魔が使える盗聴技術なんだって。


 てか言われて気付いたんだけど、寝るタイミングで交代とかアホ丸出しだったね。 眠気で思考停止してたよ、ごめん。


((ええんやでぇ♪))


 お姉ちゃんも順調にアニメ文化に毒されてきたようだ。 嬉しいような、悲しいような。


 で、全てを聞くことはできなかったものの、得られた情報は以下の通りだった。

 1・畜産地区のゴブリンは残り数十体になったところで方々(ほうぼう)に撤退。

 2・自警団の負傷者は多数。 死者も3人でた。


 そっかぁ……どこの世界でも、これが現実なんだよね。

 いくら完璧な対策をしたつもりでも、まさかの事態はきっとある。

 私達だって他人事じゃなかった。 あの時は無我夢中だったけど、運が悪ければそっち側に数えられていたのだから。

 たった3人だなんて喜べない。

 だからせめて、彼らが命懸(いのちが)けで守ってくれたこの村を、今度は私達が命懸けで守っていかないとね。


 お疲れ様でした、ご冥福(ごめいふく)をお祈りします。


 3・冒険者さん達は数ヶ月前から独自に教会の依頼を受け、各地で発生する魔物の襲撃やスタンピードの原因を調査していたらしい。 無闇に不安を(あお)りたくないとの事で機密にしていたそう。

 4・今回の騒動も、それに関連している可能性が高い。

 5・ホブ不在とスタンピードだった可能性から、大物の仮説が高くなった。

 6・大物は移動を繰り返しており、これまでの傾向からして、ここにはもういない可能性が極めて高い。


 つまり、当面の危機は去ったと結論付けられたそうな。


 ぅっしゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 乗りきったぁぁぁ!!


 常に移動する台風みたいなモンスターだったのかも。 完全に二次災害を(こうむ)った形だけど、村がルート外で助かった。

 ゴブリンを殲滅(せんめつ)させられなかったのは仕方ない、欲をかけばその大物に目をつけられていただろう。

 (やぶ)をつついて竜を出すところだった。



 窓から差し込む朝日が暖かい。


 長い夜だった……全部終わったんだね。


 達成感に気持ち良く背伸びをしようとしたその時、

((まだよ? 最大の難関が残ってるでしょ))

 当然のように、お姉ちゃんはそう告げた。


(……え?)

 悩んだ結果、この時間に投稿しました。

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