餓鬼3
前回のあらすじ。
勇気と自己犠牲は紙一重
「よしっ! 行きましょう!」
私達を中心に槍や大盾を持った自警団が8人、先行して安全を確認する槍と大盾が2人。 計12人がギルドの入り口に集まった。
目的はレムリアさん及び、負傷者の救出。 ゴブリンとは可能な限り戦わず、逃げるものは追わないこととする。
ルートは、来たときより少し遠回りになるが、見通しの良く不意打ちも挟み撃ちもされずらい大通りを選んだ。
少しだが応急処置用の消毒・包帯・毒消しも貰って。
念のため、2時間以上経っても帰らない場合は、お母さん達に連絡が行くこととなる。
絶対に帰ろう……
こうして、私達は商業ギルドの扉を開け、真っ白な寒空の下を駆け出した。
雪残る人工白夜は冷凍庫の中みたいにキンキンで、白い息が後ろに流れる。
揺れは激しいが、急いでるんだから我慢しよう。
ゴブリンの姿は……無い。
厳密には、ゴブリンの死体はいくつか転がっていた。
話によると、住宅街のゴブリンは思ったより少ないらしい。 死角が多いせいで大体の数すらも分からないけれど、それなりに倒したからもう畜産地区よりは少ないそうだ。
本当かなぁ……第2波ありそうで不安なんだけど。
((こっちにもホブはいなかったのかな……))
そう、話からは指揮官らしき存在は出てこなかった。
どこかに隠れているのか? このまま出てこなくても一向に構わないんだけど。
お姉ちゃんはどうしても納得がいかないらしい。
((だって、ゴブリンにだって個性がある。 意見が違えば、仲間割れもするわ。 これだけの数を纏めるには、同格のゴブリン同士じゃ反発しあって不可能よ。 バラバラになるのがオチ))
そっか、「何でお前の命令に従わにゃならんのだ!」なんて事になったら終わりだもんな。
そんな状態で村に喧嘩を吹っ掛けるとは考えづらい。 食料難なら、小動物や冬眠中の大物を狩った方が成功率は高くなる。
……あれ? ホブがいてもいなくても、そっちの方が犠牲も少なくて楽なんじやないの?
((多分、口減らしも兼ねているのよ))
(ぁそっか)
増えすぎて養いきれなくなったから、あんな囮で。
最低だな指揮官! 弱肉強食だからってそんなことまでするのか! せめて指揮はしてやれよ。
てか私達を巻き込むな! 「もう1人前だから、お前に指揮権を与える。 好きなだけ引き連れて旅立つがよい」とか言って巣から追い出せば済む話じゃん!
それはそれで迷惑だけど!
繁殖力が強すぎるのも考えものだな。
商店街の大通りを小走りで進みながら、私とお姉ちゃんの内緒話しはあれやこれやと展開していった。
((シスターちゃん、人間不信になってそうなのよね))
唐突な話題に、疑問を懐く。
(え? なんで?)
((心理学者じゃないから、ただの印象よ? なんとなくそう思っただけなんだけど……
シスターになった事を少し後悔していたし、助けてほしい時も声をかけられずにいたからさ。 年下や子供には積極的なのに、大人とは理由がないと話せない。
覚えてる? 1年前も昨日も、シスターちゃんは自分から話そうとはしなかったの。 話し掛けられたから答えるくらいは出来ていたけれど、酒臭い中ずっと座っているのは、本当は辛かったんじゃないかな?))
そうかな? 嬉々としてレムリアさんの恥態を記憶に刻みつけていそうだけど。
でもそっか、寝落ちするまで泥酔に付き合っていたもんね。 自分から話してる場面も無かったし、眠そうにしていても離れようとはしなかった。
1年前のことまでは記憶に無いけど、今日ほど楽しそうに笑った顔は初めて見た。
私を覗いたときも、周りに合わせた微笑みだったのかな……
そういえば、お母さん達と笑って話すようになったのも今朝からだね。
心を開いてくれた、のなら嬉しいな。
((教会で色んな大人を見てきたって言ってたよね。 赤ちゃんのときに捨てられていたとも。
人間不信になってもおかしくないと思うんだ))
確かに……教会で、ずっと無理してるようなことも言ってたしね。
だから、助けを求められなかったのかな。
もしかして、こうやって私まで連れてきてくれたのも、知らない大人に囲まれたくなかったからとか?
((気持ちは分かるんじゃない?))
(うん)
……私の場合は苦手意識からの緊張で、会話中ずっと頭が真っ白になるからなんだけどね。
自分から話せない辛さは理解してる。
((こういうのは今すぐ治るものじゃないから、心を許せる相手になれたのは僥幸だったわね♪)
(だねぇ)
私なんかが役に立つかは知らないけど、シスターちゃんにとっての私のお母さんには、なってあげたいな。
にしてもゴブリンいないな。
ずっと駆け足が続くわけではない。
何度か歩いて休憩を挟みながら商店街を進み、少し幅の狭まる道へ曲がる。 ギルドに来た時より、道のりが遠いように錯覚する。
狭まるごとにリスクは高くなる。
来るならそろそろだ。
集団から10メートルほど先行して先を進んでいた2人が、手を上げる。 静止の合図!
全員がそれぞれの方向に警戒しながら、手が降りるのを待った。 ゴブリンが立ち去ればそのまま行けるが……
「…………」
シスターちゃんの息づかいが荒い。
前世の私でも、小太郎を何分もは抱えていられなかった。 10歳前後であろうシスターちゃんの腕なんて、もうパンパンだろうに。
少しでも負担にならないよう、肩に抱きつくように上半身を密着させる。 腕にしがみつく人形みたいに。
それでも、この状況で足止めされるのはかなり焦るからやめてほしいな……
しばらくそうしていると、漸く2人の手が下りた。
とりあえずは一安心だ。
よし、急――
「こっちから来たぞ! 数2!」
はぁ!?
右側を警戒していた2人が槍と大盾を構える。
暗く細い路地から出てきたのは2体のゴブリンだった。 深緑色の皮膚、中学生くらいの背丈で、耳と頭部の骨格が獣のそれだ。
武器は木の棒に尖った石を固定した物。 原始的だが、魔力を込めて強化するらしく、革鎧程度なら貫けるとか。
凶器はバー……ピッケルのような物が2つか。 ……やれるか?
「ゥガグガゥ!!」
「来るぞ!」
と、視線を向けていたのと反対方向から。
「左からも2っ! 盾と石斧!」
はぁ~!?
……また挟撃か!
それぞれ4人ずつで対応する。 ゴブリン1体につき大盾と槍で応戦する形だ。 これならカウンターで仕留められる。
しかし、ゴブリンも途中までは突っ走って来たものの、足を止め、警戒してなかなか攻めてこなかった。
ギリギリの間合いをとったまま、右に左にと牽制する。
これで何体もの仲間がやられているのだから、学習もするよね。
シスターちゃんも、飛び道具や隙間を突破されるのに備えて警戒を強める。 いつでも転がって回避できるよう、私のお尻と背中に腕を回し、自分と向き合う形に抱き方を変えた。
必然、私だけゴブリンにお尻を向けた状態となる。
ちょっ!? 怖いんですけど!? いつ来るのかも分からない攻撃に1人だけ目隠ししてる感じで超不安なんですけど!
状況が分からない中、徐々にゴブリンとの距離が縮まっていく。
と、視点の違う私は前方が疎かになっている事に気が付いた。
おいおい、陣形崩れてきてるぞ。
((ねぇ、あの2人どこ行ったの!))
(え!?)
遠く、先行していた2人がいた筈の角からゴブリンが2体現れる。 慌てず騒がず、私に見つかっていてもお構いなしに近づいてきた。
まるでこっちの4体と連携がとれているように。
こいつらまさか、誘導してやがったのか!
てかおい、前の2人はどうした!? 角で合流してから先行する手筈なんだぞ!
((知らせないと!))
いや、気付かれたら突撃してくる。 焦って陣形を整えようとしたら、あの4体が隙を突いてくるかも。
逆に今なら、2体の隙を突いて無力化できるかもしれないよ。
さっき思い付いた私の必殺技で。
((……本当にやるの? 成功しても危険なのは変わらないよ))
お姉ちゃんの動揺が伝わってくる。 意外に冷静で驚いたって。
私もそう思うよ……。 アニメみたいな状況で現実味が無いからかな。
それとも、思っていたより絶望的じゃなかったから? まぁ、これは後で考えるとして。
向こうも連携してるなら隙を作れるんじゃない?
何よりもう時間がない。 近すぎると意味ない。
(んでごめん、私はバトル経験無いから、ここと思うタイミングで教えて!)
((あぁもう勝手に! 分かった、任せて))
ごめんね後でちゃんと謝るから!
準備は整った。 後ろはまだ衝突していないようで安心する。
去る者追わずでも、留まる者は警戒しなくてはならない。 背中を向けて良い敵なんていない。
お互いにそんな状態だ。
もう少し睨み会っててくれ。 この作戦は、静寂下で緊迫しているほど成功しやすい。
((そろそろだよ……))
残り5mをきった。
早く来い。 小さな心臓がバクバクしてて煩いんだよ。
でも安心しろ震える体、やることは重大だが単純だ。 このサイズなら風向きだって関係無い!
残り3……2!
((今っ!))
ゴブリンの爪先に集中していたお姉ちゃんが、重心を前に傾けた2体の隙を的確に見抜いた。
くらえ!
唯一自由な右腕を横に振り抜く。 それと同時に、拳に溜め込んでいた砂粒サイズの魔力結晶をゴブリンの目に散布した。
必殺、目潰し!
襲いかかろうと一気に距離を詰めかけたコブリン達は、回避行動に移れず、視界も彼らには眩しかったため透明な粒の弾幕に直撃する。
「ガアァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「ひぁわぁっ!!」
背後からの絶叫にシスターちゃんがビクッ!っと体を震わせて振り向く。
ってまたお尻向けられちゃったよ! 戻して!
でもおかげで、悶え苦しむ2体に陽動4体の意識が集中しているのが見えた。
「ふんっ!」
「やぁー!」
そんな隙を見逃すはずもなく、自警団が一気に槍で突く。 が、野生の勘と反射神経か、2体は紙一重で、もう2体は片方の盾で防がれた。 雷の追加攻撃も当たらなければ意味がない。
ヤバい、あと少しで結晶が消える。 そうなれば悶えている2体も復活してしまう!
体勢が悪いけど仕方ない……このサイズなら複数同時生成できるかもしれない。
もうこうなれば結晶を量産し続けて、回復する度に地獄を見せてやらねば!!
練習台になってもらおうじゃねぇかオラーー!!!
ヒゥッ……ドスッ! ドスッ!
2体の背中に矢が突き刺さる。
……え?
一瞬の断末魔をあげ、その場に崩れ落ちた仲間にまた4体の視線が集中する。 と、盾持ちの背後、路地の影からルビー髪のおっさん冒険者が飛び出してきた。
反応するゴブリンだが、盾で防いだのが間違いだった。 おっさんの、やたら柄の長い金槌が盾を砕き、ゴブリンの頭部にめり込む。
「グキャ!?」
全員がその光景に目を奪われる中、今度は反対側のゴブリンが黒髪の冒険者さんに両断された。
次に、盾側にいたゴブリンが風の刃に斬り倒される。
「フリーズ!」
残りのゴブリンもなす術なく氷像にされ、その背後から、宝石のような透き通る緑髪の冒険者さんが姿を現した。
手には身の丈ほどの、先端に大きな水晶球の付いた細長い鉄製ロッドを持っている。
「怪我人はいませんか? それと良ろしければ、なぜこんなにもゴブリンが多いのかを説明していただけると助かるのですが」
知ってる、いつもの冒険者さん達だった。
強ぇぇぇぇ!!
やっと出番だ。




