餓鬼
前回のあらすじ。
異世界っぽくなってきた
凍てつく星空に広がる怒号と悲鳴。
金属と金属がぶつかり会う音、数多の獣の叫び声。
戦闘が始まった。
「村長!」
息を切らした丸メガネさんとフローラ兄が戻ってくる。
「受付に治療ポーションをあるだけ用意せい! ネロリは叩いてこい、鐘4!」
「「はい!」」
「チャルちゃんは2人を見とってくれ!」
慌ただしい2人に指示を出し、村長も部屋を飛び出す。
凄い。 パニックを避けるためにやるべき事だけを明確に示していた。 冷静な判断だ。
村長だよね? 元冒険者か元衛兵だったりするの?
商業ギルドの職員達も臆さず武装してたし、なにこの戦闘民族。
そんな中、私はといえば。
(おおぉおねぇっ、どどどどうしっ! どうしっ!)
((落ち着いて! どうどう! アニメじゃこういう時どうしてたか思い出して!))
(くぁwせふじこlp!)
((うん、ネットスラングってやつだっけ? 中途半端だし。 リアクションを真似してほしかった訳じゃないの))
(指揮官から潰さないと!)
((戦えないって言ったでしょ?))
あぁ~! やれる事が無いから落ち着けない!!
と不意に、両手が暖かいもので包まれた。
「震えてる? 大丈夫だよ」
っのぅぉ!?
シスターちゃんが力強く握ってくれていた。 けど、そんなシスターちゃんの手も小刻みに震えていて。
私と一緒だ……
そう思うと、なんだか少しだけ落ち着いてきた。
カン! カン! カン! カン!……カン! カン! カン! カン!……
警鐘が村中に鳴り響く。
4回を4セット。 発生源はこの建物の上からだ。
鐘4ってのはこの事か。
田舎な村なのに、以前からこういった事態には備えていたのか。
((辺境の村にとって魔獣との衝突は身近な問題だよ。 ゴブリンとだって何度も戦ってきた。 それらの情報と対策は国を通して領主に届いて、こういった村にまでちゃんと伝わってくる。 冒険者が1人もいなくたって、今までの犠牲とそれによって得た経験が力になってくれる。 村だから弱い、ってのは偏見だよ)
偏見、か。 そうだね、アニメの見過ぎだね。
物語で村や庶民が弱いのは、そうしないと主人公が活躍出来ないからだ。
ゲームじゃないんだから、職業やスキルが無ければ戦えないなんて誰が決めた?
便利な機械の無い農家の筋力、なめんな。
((なによりこの村にはあの美魔女さんがいるのよ。 身内だけを鍛えようとするような慎ましい心の持ち主に見えたかな?))
(見えませんでした)
そっか、村人全員魔改造済みか。 だから商業ギルド職員なのに気後れしてなかったんだな。
少しは不安が和らいできた。
そうなると、外の様子に興味が出てくる。
駄目なのは分かっている。 もし見つかったら危険過ぎるし、リアルな戦場を直視する心構えなんて持ってない。
PTSDになるかも。
でもお母さんに言われたのだ、「良いとこを見せてあげる」と。
それに私だって、いずれはお母さんの隣に立って一緒に戦うかもしれない。
そういう世界に来たんだ、ビビりの私は他人より早めに心を鍛えておかないといけない。
ってのも本音ではある。
((で、本心は?))
(すみません、好奇心7割です)
トラウマによる悪夢はお姉ちゃんに対処してもらえないかなっていう甘えがありました。
それにお母さんの格好いい所も見たいけど、お父さんもお婆ちゃんも見たいし、あのエレオノールさんが戦っている姿も見学したかったんだよね。
将来の人生設計に大いに関わるかもしれない一大事だ。
でもってリアルな魔法やモンスターも生で見てみたい!
恐怖心と好奇心が行ったり来たりしてて落ち着かない。
(お姉ちゃん、なんとかできない?)
((ごめんだけど、私は安全最優先だから今回はパス。 エメルナちゃんの体なんだから、どうしても見たいのなら自己責任で頑張って))
ぅ……この体はお姉ちゃんとの共用なんだから、そんなふうに言われると辛い。
分かったよ、大人しく――
と、巨大な打ち上げ花火のような何かが空を昇る音が鳴る。 からの、上空で爆ぜ、直後窓ガラスを激しく揺らした。
――何だ!?
「え! なに!?」
シスターちゃんも飛び上がる。
窓の外、明るい! いや白い!?
星が消え、空が真っ白に輝いている。
爆発は商業ギルドの真上、上空から轟いた。
もしかして村長さんが何かした!?
((そっか、明るくすれば夜目のゴブリンから視界を潰せる。 それにこの光量なら夏の強い日差し程度だから、人間に害は無い))
おぉ~……抜かり無いな。
獣の叫び声が遠くに聞こえる。
状勢が気になるっ!
今ならゴブリンの目を潰せているし、遠くも見れる!
覗くならここしかない!!
急ぎハイハイで近くの椅子に近付き、木製の脚を掴んで立ち上がって椅子を動かす。 窓の下に移動して椅子に登るも、窓はあとちょっとで届かなかった。
クソッ! 懸垂できない!
腕が力んでプルプルしていると、シスターちゃんに抱え上げられた。
「見たいの……?」
「マぁマッ!」
強い意思を込めて目を見つめる。
数秒そうしていると、シスターちゃんに溜め息を吐かれた。
「あんたって、本当に変わってるわね」
両脇から持ち上げられ、お腹とお尻で支えられる。
不安定だけど、今はこれで充分だ。
「よっとっ、意外と重いのねっ……。 実は私も見たかったから、一緒に見ましょ」
分かるけど重いとか言わないで……
そんなことより。
私とシスターちゃんは意を決して外を眺めた。
うっわ…………遠っ……
畜舎と柵が多くて、てかそもそも距離が開きすぎていて殆ど分からない。
なんとなく盾と人みたいなのは見えるけど……
「……あんまり見えないね」
シスターちゃんにも無理らしい。
考えてもみればそうだ、村の中枢と端がそんなに近い筈がない。
落胆していると、シスターちゃんが呟いた。
「2階、行ってみる?」
2階? ……分かってるねぇ、シスターちゃん。
私達は急いで階段を探し、2階へと駆け上がって良さげな部屋を発見した。
【会議室】。 鍵は掛かっておらず、窓からの光で明るい室内を進む。
窓の外を覗いて……私達は絶句した。
……何この数。
防衛線の向こう側、深緑色した、軍隊アリのように細かいゴブリンがワラワラと蠢いている。
こっちの10倍はいるんじゃ……
そして死体、死体、死体、死体。
もう百はありそうだ……
もちろん、牧草地は血の海。
そんな中で彼らは未だに戦っていた。
ちょうど、誰かの魔法でゴブリンの上半身が吹き飛ぶ瞬間を視界にとらえる。
ぅ……
遠いけど……生々しい場面に息が詰まった。
基本、大盾で防ぎ、隙間から槍で突いているが、より多くを倒しているのは遠距離からの攻撃魔法だ。 密集している所を集中的に狙い、統率をとれないようにしている。
槍や盾は、魔術師を守る防波堤的な役割らしい。
あっ、お母さん達だ!
魔術師はやっぱりお母さん達だった。 お母さん、お婆ちゃん、エレオノールさん他数名が魔法を放ち、それを守護するようにお父さん達が槍や大盾で囲っている。
背中しか見えないから顔は分からないけど、髪色で分かる。
てかさっきから私、視力良すぎない? どうなってるのこれ?
何か解像度が異常なんだけど。
((え? これくらい普通じゃない?))
(そうなの?)
日本と異世界の差かな。
まぁいいや、今はどうでも。
ありがたい誤差だ。
にしてもこれは……想像以上に優勢だな。
相手は寒い中で半裸ってのもあるし、閃光で目を眩ませたのも大きい。
でも何か……いくらなんでも弱すぎない?
アリっていうより、クモの子を散らしているだけのような。
これもアニメの見すぎってやつなのかな?
((違う……逃げないんだ))
お姉ちゃんが何かに気が付いた。
(どゆこと?)
((普通、集団戦は一方的に3割も削られたら作戦失敗で撤退するものなの。 結構な被害だからね。 でもゴブリン達はもう半数以上も削られてるのに、撤退しようとしてない。 不利なのは分かってるのに。 このままじゃ全滅する……指揮官は何をしてるの?))
ちょっとゴブリンの指揮官に苛立ってすらいるご様子。
さすがにゴブリンにも指揮官はいるのか。 ならもう倒されたんじゃないかな?
((だとしたら散り散りに逃げられてる頃よ。 ゴブリンの指揮はホブ・ゴブリンが執るものなの。 ホブ・ゴブリンが勝てない戦いにゴブリン達がそのまま挑むとは思えないわ))
詳しいなぁ、さすが元魔王軍幹部ってこと?
((サキュバスは攻撃魔法を使えない種族だからね。 力も劣るし。 だから身を守るには戦力を集めて、守ってもらわないといけないの。
必然的に、指揮や戦略、情報収集の勉強は誰よりも努力したわ))
(へぇ……)
苦労してるんだな。
ゴブリン達がお粗末なのは分かった。 こっちとしてはありがたい限りだけど、それで何が心配なのかがピンと来ない。
((この数を纏めて生活するには指揮官は必須よ。 なのに探しても指揮官が見当たらないし、ホブらしい死体も無い))
(まだ森の中にいるんじゃない?)
((こんなに削られてるのに出てこないなんて考えられないよ。
切羽詰まっている時は、突破口をこじ開けるために前線へ出て数で押しきるのがゴブリンの常套手段なのに))
へぇ……てことは他に何か理由があるのかな?
逃げないのは、意味がないから?
作戦はまだ失敗していないってこと?
だとしたら指揮官はどこに……
まさか……
繁殖力の強いゴブリンは可能な限り殲滅したい。 1匹でもいたら注目を集め、皆の意識がそっちに集中する。
((もし……これが彼等の3割にも満たない数なのだとしたら))
こっちの反対側って、確か。
((……住宅街))
「んぁあぅあ! ああぅあ!」
「えぇ! ……ちょっ!? 待ってうわぁ!」
暴れだした私を支えきれず、半ば落ちるように下ろされた。
「あぁぁ……ごめん、見てて楽しいものじゃないよね」
シスターちゃんも来て!
ハイハイで部屋を飛び出し、氷のように冷たい廊下を急ぐ。
クソッ、廊下が長すぎる。
と、背後から両脇に手を差し入れられ、持ち上げられた。
「ダメだって! 誰か走ってきたら危ないでしよ!?」
でもぉ~……
手足をバタつかせて訴えると、背後から「はぁ~」と溜め息を吐かれた。
「はいはい、分かりました! で? どこ行きたいの」
「あぅあぅ」と誘導しながら廊下を進み、反対側の窓を見付ける。
外を見下ろすと、全体までは把握できないものの、建物の隙間やら通路やらの所々にいくつかの死体が確認できた。
「……え、何で」
シスターちゃんの腕が小刻みに震える。
やっぱり、あいつら全員囮だったんだ!
ゴブリンからしてみれば、食料は野菜や家畜だけじゃない。
この村全体が食料庫と言っていい。
やられた……挟撃だ。
予定より遅れた……




