僕ということ
君がもう存在しないことはわかっている。
存在しない君を探し求めて、夢を見るほどには、立ち止まっているつもりもない。
けれど前を向いて進んで行こうというのには、やはりどうにも苦しいところがあるのだ。
どうしても、そうなってしまうのだよ。
人に相談をしたらば、そうでなくても、ただ話したなら、気持ちが楽になるのだということをわからないでもない。
しかしそれに僕は反論したい。
話せるほどに落ち着いているからこそ、なのではないかと。
むしろどうにも気持ちが楽にならないほどに、その苦しみの近くにあった、またはその苦しみが大きかったことには、他人に話そうだなんて気にはならないものだ。
説明なんてしていたら、泣いてしまいそうだ。
自分だって知りたくない。自分だって知らない。
そうなのだ、大切なところは、自分でだって知らないことなのだ。
思い出したくなくて、封印する……。
苦しい記憶、悲しい気持ち、君の笑顔。
どれも胸をきゅんと苦しめるから、目を逸らした。
何よりも、何よりも大事なものを失ってしまったのだ。
この傷が癒えることはない。ここから、そこから立ち直ることなど、きっと一生できないのだろう。
わかっていて、縛られていたいのか?
できるなら本当は全てを忘れてしまいたいのだ。
何もかもを、忘れてしまいたいのだ。
忘れてしまいたいのだ。
何よりも大切なものさえも。
失ってしまって、これほど苦しんでいる何よりも大切なものさえも、忘れて完璧に最後まで消し去ってしまいたいのだ。
君と過ごした日々や、約束さえも全部、全部!
ずっと忘れないって約束をした。
その残酷さを、きっと君はわかっていた。
きっと僕はわかっていなかった。
忘れない。どうせ、忘れられない。
だけれど忘れたいと思ってしまうだとは、僕は最低だ。
こんな気持ちでいるのは嫌だから、僕は今日も酒に頼る。
君の香りに溺れてしまおう。
夜の酒に溺れてしまおう。
後ろ向きでいるのも辛くて、前向きになるのも辛くて、今だけを見てもいられなくて、それもまた辛かった。
どこを向いても、どこを見ても、哀しみは僕を追い掛けてきた。
僕を包み込んで、襲って、僕をどん底へと突き落とした。
過去に囚われてもいられない。
未来に視線を向けられもしない。
現在は、現在には……、僕は存在するのか?
時間の狭間に閉じ込められて、僕にはどうしようもなかった。
閉じ込められて苦しくて、逃げ出したくて足掻いた。
自ら望んで閉じ込められているのだということも、本当は僕もわかっていたはずなのに。
閉じ込められることの気持ちのよさも、楽さも、本当はわかっていたはずなのに。
逃げる場所だってないことも、本当はわかっていたはずなのに。
全部全部、本当はわかっているはずなのに。