僕ということ
僕の愛した君は、ひどく顔色の悪い人であった。
儚さを醸し出していて、手を伸ばしたら、触れそうになるそのときには消えてしまいそうな人であった。
風に吹かれて、吹き消えてしまいそうな人であった。
白く美しいというよりも、青白く痛々しい君の肌を、たった一度だけ僕は撫でたことがあった。
滑らかで、絹のようで、見ているだけよりも儚さを増した。
指が震えるような感触だった。
一種の恐怖のようなものだった。
壊れないように気を付けていたらば、次第に、僕の方が壊れてしまうような気がしていた。
むしろ、僕の方を壊してくれるよう、望み始めていたのだろう。
現に今の僕は壊れていると言えるのかもしれない。
それは君によって仕掛けられた罠のようなものであった。
僕だけが君に与えられたのだろうか。
僕だけに君は与えたのだろうか。
前者も後者も、そのとおりのようであり、異なっているかのようであった。
幻想の色が強かった。
酒に酔って、甘く焦がれて、夢と現の境も僕にはわからない。
出来ることなら、忘れてしまいたい気持ちもあった。
立ち直らなければいけないと思う気持ちもあった。
それだって僕には出来ることじゃない。
現実なようにすら見えてきた、幻想の悲しみを甘く舐め取り、混乱していることが僕を立ち止まらせて、僕を縛っていてくれる。
縛られているのは、望んでのことだった。
浸食されていない外面の現実は存在している。
だれにも知られない僕だけの僕でだけ、君の僕が存在しているのだというのなら、僕は普通の僕であれよう。
このままの場所に立ち尽くしていられたら、どれだけ楽なことか。
全部、人の所為にしてしまって、責任だって放り投げてしまったらいい。
それはより僕のことを軽く、楽にしてくれる。僕を救ってくれる。
僕は救われる!
あぁ、それだったらば、自己満足なのだからそれでいいだろう。
僕が僕のためにしていることなのだから、文句を言われることだって甘受しよう。
しかし僕は僕だけでやっているのだから、文句を言われる筋合いもなくある。
僕は君に手を伸ばして、壊してしまわないように手を引っ込めて。
そうしていることが僕の幸せな日々なのだ。
自分を悲劇の主人公にしていられる、何よりも傷付かないで済む生き方なのだ。
だから瞳を瞑っていた。
酒に溺れて瞳を閉じていた。
酒を飲んでいる間だけでも、一時だけでも忘れられるならそれだけでよかった。
それが僕の中の君だった。
朝になったら、今度は綺麗に忘れてしまっている。
美しい記憶だけ残して、肴にして結局は悪酔いして幻想を魅せられ一人で泣いて、けれど君を傍に感じていられる。君を喪ったことを忘れられる酒に飲まれた夜とは違う。
朝になったら、今度は君の存在さえも忘れてしまってるのだ。
悪くない。いいや、最高だ。
冷静に考えると悲しくて、考えることを放棄した。
それはまた僕を幸せにした。