ジョニー・ヘンダーソン
常々疑問に思っていたのだが、どうして金持ちというのは自宅に屋外プールを設置したがるのだろうか。泳ぐのが好きならば別に問題無い。しかし彼ら金持ちが泳ぐシーンというのを見たことがない。いやそんなみだりに裸体を見せびらかす者なんていないと言われればそれまでだが。何にしても特に必要性を感じないものを自宅にわざわざ設置する非合理的な発想は何とも理解出来ない。
朝焼けが刺す中、ジョニーが俺が無力化したランキング20だか10だか忘れたがそこそこ上のヤツをプールで溺死させようともがいているのをプールの縁で眺めながら暇を持て余してそんなことを考えていた。
口約束と言えど約束は約束。俺はジョニーのポイント稼ぎを手伝うことになった。
そもそもポイントとは何なのか。これは言わばこの街に於ける通貨のようなものであり、また俺達死刑囚にとっての寿命のようなものである。
この街に来たものには漏れなく体内に小型の爆弾が入れられる。これは街から強引に出ようとした者や管理者達に反抗をしようとしたものをサクッと片付ける為のものだ。
またそういった抑止力としての意味とは別にもう一つ碌でもない意味も持っている。この体内爆弾はポイントが0になった時にも爆発するようになっているのだ。
この街に入るに当たり最初に配られるポイントは10。そしてこのポイントは1日で1ずつ消費される。そして先の仕組みと合わせて考えると、最初の段階では自身の寿命は10日分しかないということだ。
勿論ポイントを稼ぐ方法は存在する。例えば他の死刑囚を殺すこと、他人の寿命を奪い取り自らのものとすることだ。殺せば殺した相手のポイントが丸々貰える仕様になっている。
そしてこのポイントの所持量で番付をしたものがランキング制度だ。どいつが溜め込んでいるか一目瞭然で美味しい獲物ランキングでもある。まぁ上の連中ほどそれだけ人を殺しているわけだから相応に腕が立ち殺されるリスクも高い。上位10人なんてよっぽど狙われない。俺は新参だったから舐められて襲われたが。
ちなみに処刑以外だと政府主導のイベントでポイントが稼げたりする。が、それで手に入るポイントはあまり多くない。どこかで必ず誰かを殺さないと生きていけないようになっているわけだ。
|死刑囚処刑人平等死刑執行法を強制しまたエンターテインメントとして成り立たせる為の仕組み。それがポイント制度の正体だ。
さてそんな訳でこの全身を使ってようやく獲物の頭を水中に沈めることに成功したジョニー君だが、彼はかつては仲間と徒党を組んでポイントを稼いでいた。彼自身は別に強くないというより弱い部類の存在だが、複数人でかかれば個人の強さとかどうにでもなる。しかしその仲間を俺が斬り捨ててしまい彼は一人ぼっちになってしまった。しかも隻腕。格好の獲物だ。
そう言った事情を何となく察していたからこそ俺は助けてもらったお返しにこうやってポイント稼ぎを手伝うことにしたのだ。と言ってもやったことはまた宿無しになったので適当に見かけた建物の中に入りそこにたまたまいたヤツが上位ランカーだったのでそいつを無力化してからジョニーに渡しただけだが。隻腕と言えど腕無し相手ならばどうにでもなるか。
激戦の果てにプールのそこに沈む被害者と寿命を延ばしてまだ生きられることに感動して吠える隻腕の男。そんなに嬉しいのか。
ジョニーはプールから上がり濡れた服を器用に脱ぎ捨てる。
「ありがとう。おかげで大量のポイントが手に入ったぜ何ヶ月も人殺さないで生きていけそうだ」
「オレがポイント欲しくなったらこんな獲物見逃さないね。まぁこれから狙われるだろうけど頑張れ」
「そこは……ホラ、ギンの兄貴が何とかしてくれるって信じてるから。助けてくれよー」
「前向きに検討しといてやるよ。それでだポイント稼いだついでに一つ教えて欲しいことがあるんだ」
「ん? 教えて欲しいこと?」
「武器の調達ってどうするんだ?」
「んー? あー、カタナが欲しいのか」
そういう事だ。3人も斬ったせいで刀はもう目に見えてボロボロだ。2人目までは余裕があったがジェイソンのあのチェーンソーとまともにかち合ったのは失敗だった。凄まじい勢いで刃こぼれしたからな。
己の未熟さを恥じるばかりだが、鉄の塊を相手にしてたのと元々この刀も古い代物でガタがきていたのもあるからどうしようもないとも言う。何れにせよ何処かで刀は新調する必要があったのだ。
「それこそ兄貴のことをやたら気に入ってるあの女エージェントに頼めばいいんじゃないか? そう言った武器の取り扱いは政府がキッチリ管理しているはずだし」
「やっぱアイツに頼むしかないか……」
正直話したくない。あのテンションを相手にするの微妙に疲れる。が、刀が手に入るならば致し方ない。必要な苦労と割り切ろう。
あのジェイソンとの戦いで適当に投げ捨てた結果画面に派手なヒビが入った携帯端末を取り出し彼女を呼び出す。
「ハロー! こんな朝早い時間にお呼び出しなんテ、随分と勤勉な処刑人になったものだネ、ギン」
「切っていいか?」
「ホワッツ!? 君からかけてきたんだヨ!?」
やっぱコイツの相手を朝からするのはキツい。だが背に腹はかえられぬ。
「ああ、そうそう。おめでとう、君は晴れて第8位に認定されたヨ。この破竹の快進撃で外では期待のルーキーだって話題になってるヨ。良かったネ」
「あっそっ」
「もっと喜びなヨ。いま君を見てる片腕の連れが嫉妬しちゃうゾ」
「見てんじゃねえよ」
「これも仕事だかラ仕方ないサ。君のプライバシーはあきらめてネ。さて次の相手、第7位何だけどちょっと待ってて貰ってもいいカナ?」
「ん? 何でだ?」
「彼女放蕩癖があってちょくちょくこっちでも所在が掴めないことがあるんだよネ」
「爆弾には発信機の機能も付いてなかったか?」
「そこはサ、ホラ、人の作った物だからどうしても抜け道が出来ちゃうんだよネ」
発信機を誤魔化すことが出来るヤツか。何処かに隠れてるのか、或いはそういう技をもっているのか。
「何にせよ丁度いい。こっちも少し準備したかったからな」
「準備? 君が使うのは刀だけなのに何を準備する必要があるんだイ?」
「その刀を調達したいんだよ。ジェイソンのチェーンソーで削られたからな」
「ふーんそういうことネ。だったらこのジェーン様にお任せアレ。ちゃんとポイントを払ってくれるなら何でも用意してあげるヨ」
「やっぱりポイントは消費するのか」
「モチロン、何事もギブアンドテイクってネ。何よりアナタの場合はそっちの方が信用出来るでしょ?」
「……無償の愛よりはよっぽど健全なのは確かだな」
「安心しなよ君の所持ポイントだと刀買ったくらいじゃ順位は下がらないヨ。10位以内と10位外じゃ天と地ほどのポイント差があるからネ」
「そうかよ。刀はいつ貰える?」
「明日には速達サ。それまでにはこっちも彼女を見つけておくから今日一日はゆっくり休んでなヨ。本当に休めれるかどうかは知らないけどサ」
「分かった。じゃあまたな」
「冷たいナー。そういう所が好きだけどサ。もう少し私みたいな美女と話そうって……」
何かを捲し立ててたが問答無用で切る。そもそも顔を合わせたことも無いのに美女もへったくれも無いだろうに。
「で、ジョニー。お前はこれからどうするんだ?」
「オレっすか?」
「俺は明日には7位に挑むけど流石についてくる訳にはいかないだろう?」
「昨日の今日でもう次に挑む気満々とかバイタリティーからして桁違いですね兄貴は。……お世話になりっぱなしも嫌ですし兄貴が行ったら自分も一人で何とかしようと思ってます」
「そうか」
別に1回助けてもらっただけでその恩ももう返した。これ以上何もする必要が無いのだか微妙に収まりが悪いのは何なんだろうか。
「兄貴、オレ……アンタに憧れちまったよ。だから最後まで勝ち続けてくれよな」
「……当たり前だ。明日には別れるんだ、ここの冷蔵庫にたんまり肉とかあったから腹一杯焼いて食うか」
自分が歩むは復讐の炎に照らされた修羅の道。悪鬼羅刹、畜生外道に成り果てる地獄への片道。
斬り捨てるものに心を渡すなど、愚の骨頂と分かっているだろうに。
苦しそうに人を殺す殺人鬼。どっちつかずの半端者。こんなんに憧れるとは……ついてないなジョニー。
ジョニーを斬るとは言ってない