ジェイソン・ネバーエンド(2)
ホッケーマスクを被った大男が扉をぶち破って入ってくるのはホラー映画の中だけで充分だし、ましてやサムライ要素も追加なんてB級映画でも中々やらないだろ。
斧を縦横無尽に振り回す殺人鬼と、それを紙一重で躱し続けるサムライの死闘に巻き込まれないように部屋の隅で怯えながら隠れつつ。先日隻腕にされてしまった男、ジョニー・ヘンダーソンはそんな益体の無いことを考えていた。
どちらも有象無象の死刑囚兼処刑人達の中でも特に際立った者。10人のトップランカーに入る者達だ。
自分は彼らと比べるのも烏滸がましいほどの低ランカーだがそれでも上の連中も自分と同じ人間だと信じて疑っていなかった。だからこそあのサムライを仲間達と一緒に殺そうとしたのだ。
その結果はこうして隻腕になったことと、仲間が皆いなくなったことが示している。しかしそんな目にあってもなお自分達の準備不足であると言い訳できると勝手に自分の中で決めつけていた。
だが、目の前の常軌を逸した死闘を間近で見て。ことようやく彼らとの隔たりを実感する。
生きている世界が違いすぎる。
視認するのも難しい速度で振るわれる斧にサムライの彼はなんの躊躇いも見せずに突撃する。彼は恐らく生身だ。故にあの破壊の嵐に触れれば木っ端のように吹き飛ばされるだろう。
あの紙一重の回避は死が目の前を通り過ぎるようなものだ。肉体より精神的な負担の方が大きいはず。しかし彼はそれらを全く感じさせずに動き続ける。
彼には死の恐怖が無いのだろうか?
極まった死闘は最早演舞のようであった。気づけばジョニーの視線はこの闘いに釘付けになっていた。
そうして観戦していると事態は動いた。攻撃を避けた結果カウンターの机を背にする形になってしまい後ろに退けなくなった彼に追撃の斧が縦一文字に振り下ろされる。
それに対して彼は手に持った鞘に収まったままの刀で、その攻撃を鞘の表面を流すようにして軌道を逸らす。
軌道を逸らされた斧はそのままカウンターの机に突き刺さる。これは……ジェイソンの動きが止まった!
明確な隙が出来た瞬間。彼は鞘から刀を抜き、袈裟斬りでジェイソンの身体を左肩から斜めに切り裂こうとする。
甲高い金属音が鳴り響き刀は相手の巨躯の表面を滑っていった。
その音に傍から見ていた自分と斬ろうとしていた彼は目を見開く。
彼は横に抜ける形でジェイソンから一旦距離を置いた。
「テメーもサイボーグだったか」
機械化人間。刀で斬られ破れた服が落ちるとその下から鋼鉄の皮膚が現れ、その言葉を裏付ける。
カウンターに引っかかった斧を力尽くで抜き。鉄と鉄とが擦れ合う音を出しながらゆっくりと彼の方に向き直る。
すぐに気づくべきことだったが派手な破壊音とその服装が今まで殺人鬼の正体を覆い隠していたようだ。
「だったら生身の部分を探すだけだ!」
彼は今度は自分から接近していく。そして横合いから迫る斧を地面を滑るようにしてその下を潜り抜け、そして今度は刀で両足を斬る軌道で振るう。
虚しく金属音が2回鳴り響く。 両足も機械化されていたようだ。
ジェイソンが駆動音を響かせて放った強烈勢いの蹴りを転がるようにして彼は回避する。空振った蹴りはそのままカウンターの一角を粉々に粉砕した。
コレは不味い。ジョニーはそう感じた。
まずあの殺人鬼をサムライが倒してくれないと次に狙われるのは自分だということは分かりきっていた。しかしそのサムライの勝ち目が薄くなったことでいよいよ自分に命の危機が迫っていると気づいたのだ。
聞こえてくる動作音から身体の殆どを機械に置き換えてるだろうと考えられるジェイソンを刀で斬ることは不可能としか思えない。唯一生身の可能性がある部位は頭部だが、体格差の関係でその位置に刀を届かせることが難しい。
この場所から逃げようか考えるも、丁度自分と入り口のとの間で死闘が繰り広げられているのでそれすらも困難だ。
最早ここまでか。
自分の人生の惨めに絶望して諦め、顔を下に俯けたその時だった。
大きな金属音と破壊音が耳に届く。
何事かと顔を上げれば、そこには彼が刀を真横に振り切った状態で立っており。ジェイソンの姿が何処にも無かった。
いや、よく見れば彼の正面にあったバラバラになった机や椅子がまるで何か大きなものが通ったかのように左右に二つ分かれる形で道が出来ていた。
まさかジェイソンをぶっ飛ばしたのか?
目の前で行われたであろう事がさっぱり理解出来ないでいると彼がいきなり走り出し壊れた扉から建物の外に出ていった。
殺意を撒き散らしていたものが無くなり一息つく。そしてここに残るべきかを考えるが、先程何が起きたのかとても気になる。膨れ上がる好奇心には逆らえず自分も外に向かうことにした。
外に出るとこちらに背を向けて何かを見下ろしながら立ち止まっているサムライがいた。
何故立ち止まっているのか不思議に思い、見下ろしているものを覗き込むと、大きなヒビが入った壁に背を預けて身体から煙を吹いて倒れているジェイソンがおり、……そしてマスクが外れてその下をさらけ出していた。
「まさか……!?」
「……マスクで視線が隠されているから攻撃が読みづらいのかと思っていたが、全く殺気を感じないのはおかしいよな」
そこには鉄でできた顔があった。人間の証明たる肉はそこには一切なかった。更に恐らく壁にぶつかった衝撃で外れたのだろう頭の一部分からはその機械仕掛けの中身を外にさらけ出していた。
脳味噌が収まるべき場所には脳味噌を模したのであろう機械があった。
いくら機械化といえど生身を無くせばそれは人じゃない。目の前のこれは最早サイボーグとすら呼べないものだ。
つまりはアンドロイド。プログラミングされた目的に沿って動く自動人形だ。
「アイツ……確かこいつのことを不死身って言ってたよな? まさか、それって……」
唸り声のようなエンジン音が横から聞こえてきた。
そこには、今度は手にチェーンソーを持った、マスクを被り今さっき倒したばかりのジェイソンと全く同じ姿をしたジェイソンが立っていた。
「やっぱりそういうことか。で、何体壊せば本体は出てくるんだ?」
ホラーショーは、未だ終わる様子を見せない。
ジェイソンは増えるもの