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アリス・デュリア(3)

「私の役目は既に終わっている……」


 左右一対の大翼が急に眩く輝き、次の瞬間頬を一条の線が通り過ぎて行った。


 そのレーザーとでも呼ぶべきものが頬を浅く裂いた痛みを認識するのと同時に数え切れない程のレーザーが一気に放たれた。


 気づいた時には頬を裂いていたことから迎撃は不可能と判断し、全力でその場から離れようと駆ける。


 後方で凄まじい破壊音がするのを耳で聞く。当たればミンチじゃ済まなさそうな爆音だった。


 これに遠距離で戦うのは愚の骨頂だ。速いなんてものじゃない。文字通り光速。目にも映らぬ速さだ。


「世界を乱すものは既にいない」


 かといって近づくことこそ不可能に近い。


 極限まで時間を圧縮した状態であっても視認することが困難な攻撃を予測と勘で器用に避けながら走り続け、どうにか隙を見つけ出そうとするが全く見つかる気配はない。


 遠間から攻撃する手段である弐之型を使おうにも居合の構えのために一旦止まる必要があり、しかしその止まる隙を見せるわけにもいかず撃つことはできない。


 ならば居合を取らない技で攻めるしかない。


 刀に剣気をまとわせ鋭く長く伸ばしていく。 


 ランドルフを切った技である壱之型"月影華"。本来は近接戦闘での間合いを見誤らせる程度にしか伸びないが満月の状態であれば間合いを無視できるほどに伸ばすことができる。


 殺到する攻撃を避けつつ刀をデュリアに向けて振るう。剣速も通常時の比ではないほどに速い、避けることは困難なはずだ。


「ならば喇叭はいつ鳴らせばいい」


 無数の光線を吐きだしていた輝く大翼がその見た目に似合わない速度で動いて正確に攻撃を弾いた。


 速さはともかくその正確さに驚く。俺のように武器を基準に操っているのならばともかくただ身体の外に垂れ流しているだけであろう闘気をあそこまで精密に動かせるとは。


 驚きもほどほどに頭を切り替える。光の雨が止んだ近づくチャンスだ。


 後ろ足に地面を踏み砕かんばかりの力を込めてデュリアに対し突貫して一気に間合いを詰める。


 光線の迎撃ができないのは分かっている。さっきまでの攻撃で、放つまでに溜めが存在するのには気づいている。撃たれればどうしようもないが撃たれる前ならどうにでもなる。


 代わりに来るのは翼での迎撃。さっきの動きから判断すれば遅くはないが速くもないといったところ。十分見てから対応できる。


 一呼吸の内に刀の届く間合いまでたどり着いた。獲った!


「死者はいつ蘇ればいい」  


 必殺の重さを乗せた斬撃が受け止められた。


 彼女の身体の内からいきなり湧き出てきた複数の手により止められた。


 静止してしまった一瞬を突いて両側から翼が迫る。


 刀を捻りつつ纏わせていた剣気を散らせる。壱之型"蔓断ち"。


 強引に刀の拘束を振り解きつつ自らを押しつぶさんと迫る大翼を全力で真上へと跳んで回避する。  


 奴は身じろぎもせずに刀を止めた。闘気の腕で容易く防がれた。無茶苦茶だ。


 力の余剰である闘気で俺の全力の一撃を止めるなんてでたらめだ。


「主よ私は何の為に……」 


 これがさっき言っていたオーラの深奥の力か?


 確かに凄まじい。単純な出力が桁違いだ。グレンとやり合えるというのも頷けなくはない。


 上へと逃げた俺に翼は容赦なく襲いかかる。改めて間近で見て分かる翼の巨大さは視覚に入り切らないこともあり、さながら壁のような印象を俺に与えた。


 それの一撃を刀1本、空中で受け止められるはずもなくそのまま地面へと叩きつけられる。


 手にかかった重圧は今まで味わってきたどの一撃よりも重かった。見た目通りと言えばそれまででもあるが。


「我らは人形。天より動かされる操り人形」


 すぐに立ち上がり、あの巨大さでは焼け石に水だが一旦距離を取る。


 比較的遅いぶん重さは桁違い。回避はまだ何とかなるが防御は難しいと考えてもいい。


 口の端から流れる血を拭う。痛みは感じない。


 満月はその使用時の負担を誤魔化すために痛覚を麻痺させる。痛みに気を散らされることがないのは有難いが致命傷が分からなくなる危険性もある。今はまだ四肢を満足に動かせるからいいが……。


 翼がまた瞬く。咄嗟にその場から離れギリギリで光線を躱す。


 もはや武芸者の戦いではない、化け物との戦い、闘気を用いる化け物との殺し合い。


 確かこいつは自らを天使と語っていたか。


「感情は持たされていない」


 アリス・デュリアとは別人なのではないかと思えるほどに翼を広げてから印象がガラリと変わった。


 花畑の似合う美女ではなく。無機質な機械、或いは自動人形。そんな雰囲気へと変貌してしまった。


 闘う相手が変わったから何だというのかと思わないでもない。


 しかしやり方の一つや二つ、気合いも変わる。大いに問題だろう。


 迫る光線の隙間に入り込むように複雑に動いて回避する。それはさながら踊りのような動きをしていたかもしれない。


 躱しきった辺りで視界にブレが生じ始めた。満月の反動だ。


 一瞬だけであろうともその反動は凄まじいのに、これほどの長時間使用。今までやったこともないが切れた後がどうなるかの想像はどうしてもネガティブなものになる。


 これ以上の余裕はもう無い。視界がブレてることから考えても、後1回攻めに回れるかどうか。


 そこで決めきれなければ当然死ぬ。


「しかしこの復讐者への想いは確かにここにある」


 全力の一撃は通らなかった。不意打ちは難しい。


 そもそも仮にそれらが可能だったとして果たして斬って殺しきれるのだろうかという根拠の無い不安がある。


 人の形をしているが人ではない。根本的に何かが違うのだと本能が告げている。


 深奥……或いはこの状況下でそれにたどり着ければ道が拓けるのだろうか。


 これまでに幾度となく感じた先のない絶望感に襲われる。


 これ以上は無理だ、諦めようという死への渇望に似た感情。


 もう楽になれると囁く声が聞こえてきそうだ。


 けどここにまだ俺はいる。


 確かにここには俺がいる。


 それらの感情をその身に染み込ませながら俺は未だにここに立つ。


 これまではどうにか出来た。これからもどうにか出来るだろう。


 それは根拠の無い自信などではない。これまでの道程が裏付ける。


「慈悲と憎しみが共存している」


 正眼の構えをとる。理由は無い。

 

 唯一の活路はそこにしかないと本能が構えさせた。


 小細工は不要、ただ一刀のみで断つ。


 想いはいらない、重さも鋭さも必要ない。


 しかし無我になってもならない。それでは斬れない。求める一刀とはならない。


 目の前の天使は光の翼を作り出している。その原理がわかったわけではないがそれに至る道筋は予想できなくはない。

 求める一刀はあの翼に近しいものだと感じた。


 あれは彼女自身だ、彼女自身の魂の具現化だ。


 彼女のそれは天使と呼ばれるものに近いと言えなくもない、彼女自身の在り方もまた天使に近いと言えなくもない。


 確証なんていつもなかった、それでもこれは正しいと断言する。


「この矛盾を、原罪を私は晴らしたい」


「生きてる限り無くならないさ」


「だったら貴方の手で斬って欲しい」


 全く……どいつもこいつもっ! クソッたれな死にたがり共ばかりか!


 彼女が光の大翼を羽ばたかせてこちらへと一直線に突っ込んでくる。またそれに応じるように自分も正面へと駆けていく。


 尋常ではない速度の世界の中で刀をどう振ろうかと、今更なことを考えていた。


 突きか薙ぎか、振り下ろしか切り上げか。


 間合いに入る直前まで悩んだ末に、間合いにたどり着いた瞬間俺はためらいなく相手に向かって縦一文字に振り下ろしていた。


 本来ならそれは小手先の技術や剣気の使い方を一切考えていない無謀な一撃。しかしこの時もまた自分の中には根拠のない確信が胸の内に存在した。


 彼女の超常的な拳と平凡な斬撃が交わる。


 衝突から破壊へと連続して事象は発生して結果をこの世に産み出す。無限と繰り返された世界の処理は当然今回も行われた。


 その過程につながった正しい結果を現出させる。


 即ち……。


「……深奥を手に入れた感想はどう?」


「ずいぶんとつまらない代物なんだな」


「主は……世界になんて興味ないからね」  


「それはまたずいぶんと……ろくでもないな」


 本当にね。……そう彼女は言ってその場へと倒れていった。


 黒い円柱も同時に崩れていき、そしてコクーンドームの空が割れた。



アリス・デュリア


元々はこの町に住んでいた平凡な女性。ある日街の近くの研究所が働いていた者たちごと消滅し、あの黒い円柱が現れてから。彼女の自我は消滅してまったく別の存在となり果てた。

普段の彼女はかつての模倣人格であり本来の性格は機械的に目的のみを果たす殺戮機械のようなものである。しかしその目的が消えてしまったためその性格になることは殆ど存在しない。


因みにその目的とはギンが既に殺した復讐相手達の内の最後に殺した人物を殺すことであった。


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