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ギン・シノハナ(2)

 続きを話そう。


 病室のベッドの上で俺は祖父から復讐をするかと問われた。


 そしてその復讐の誘いを俺はあっさりと受け入れた。


 それは自身の憎しみの感情から来る快諾ではなく祖父のことを想ってのことだった。


 恐らく祖父の人生最後の願いとなるであろうその想いを裏切ることを、世界にたった一人の肉親となった祖父に対して出来るはずも無かった。


 軽率だった。覚悟もなく修羅の道を進むことがどれほど愚かな行いか理解できていなかった。その時どれほど祖父が哀れに見えても断るべきだったのかもしれない。


 そうすれば少なくともここまで空虚な想いで生き続けることは無かっただろうから。


 退院後俺は祖父に連れられて俗世から離れた場所に潜むことになった。そこは花菱家の所有する土地で俺と祖父の二人だけしかいない隔絶された空間だった。


 そんな場所に隠れるように住むこととなった理由は二つ。


 一つはまだ花菱家を狙う者がいる可能性があるから。祖父曰く、あの事件は花菱家と対立関係にあった別の貴族によって引き起こされたのだという。いわゆる暗殺。俺が見たあの鴉のような男もその貴族に雇われた殺し屋だろうとの事だ。


 そして世間では花菱家は俺と祖父も含め皆あの火災で死んだことになっている。故に下手に生きていたことがその貴族にバレてしまったらまた命を狙われかねない。


 それを避けるためにこうして人の目から離されたこの場所に隠れることにしたのだという。


 そして二つ目はここがそもそも花菱家の修行の場所だということ。


 華天流を俺に継承させるためだ。


 華天流は代々花菱家の当主となる人物に継承させる技だ。本来ならば過酷なその修行に耐えられるような歳になってから行うものだったらしい。


 つまり俺はまだその条件を満たすような歳では無いということだが、祖父はそれが満たされることを待つことなく修行させるつもりらしい。


 全ては復讐を遂げるために。













 過酷だった。今まで甘やかされて育ってきた俺にはその修行は余りに過酷なものだった。


 ひたすら身体と精神を虐め抜かれた。血反吐を吐いた回数は数知れず、痛みで寝られなかった夜もまた数知れず。ただただ上へ上へと進まされ続けた。


 大した覚悟なく漠然とした義務感で来てしまった幼い少年がそれに耐えられるわけがない。


 幾度となくその苦しみの地獄から抜け出そうとして自殺を図った。


 そしてその度に祖父に止められ、そしてその度に抱きしめられて泣きながら謝られた。


 何度も何度もすまないと言われ続けた。


 何度も何度も俺が死のうとする度にそれが繰り返された。


 互いに限界だったのかもしれない。壊れかけていたのかもしれない。


 間違った道を進んでしまった絶望と空虚さに押しつぶされかけていた少年。そうなってもおかしくないと分かっていながらも己のエゴに孫を巻き添えにしてしまった罪悪感を抱え続けた老人。ある種の習慣としてそれらの苦しみから逃避したのだ。


 結局俺が華天流の全ての技を修めるのにかかった十年もの歳月の間、それはまるで自慰の如く繰り返された。俺の心は結局最後まで空虚なままだった。


 奥義を授かり全てを終えた後祖父は俺に新しい名を与えた。


 "篠花銀シノハナギン"。


 祖父は言った。


「篠花とは花菱の本来の名だ」


「既に分かっていると思うが華天流は殺人剣だ。嘗ての混沌の時代を生き抜くために編み出された殺人技術。代々篠花家はその技を以って人に仇為す者たちを斬り捨てて来た」


「しかし時代が移り変わりそういった野蛮な技術が必要とされなくなったことで篠花家はその名を忌み名として封印し、新しく花菱家として生きることにしたのだ。」


「しかしもし万が一、またその技をもって殺戮を行う必要が時がきてしまったならば再びその名を語ることになっていた」


「篠花、即ち死の花。その忌み名と共に再びその手を血で汚せと」


「今日これよりこの名を語ることで我々は外道となる」


「情けや容赦は一切捨てろ」


「引き返すことは許されない」


「安息は復讐を終えた後に訪れる」


「いいな?」


 こうしてここに一人の復讐者が不完全なまま誕生することとなった。
















 名を受け取ってすぐ後。俺は祖父に連れられて外界へと十年ぶりに降り立った。


 そして外に出てすぐ一人目の仇を殺した。豚のように肥え太った醜いやつだった。


 十年間引き込まって外界を隔絶されていたにも関わらずどうしてこんなにも早く一人目を殺せたのか。修行中で余裕の無かった俺は全く気付かなかったが実は祖父は俺を鍛えるのと並行して自身の信頼できる古なじみ達に協力してもらって外の情報を集めていたからだ。


 そしてその古なじみの人たちは情報収集だけでなく俺たちが外に出てきた後の諸々の物資の融通といった形で協力してくれて、そのおかげで祖父と俺は次々に復讐を果たしていった。


 二人目はやせ細った神経質そうなメガネの男だった。


 三人目はやたらと華美な装飾品を身に着けた香水の匂いがきつい女だった。


 四人目は引退してもなお血の気の多い元将校の男だった。


 三人目辺りから流石にこちらの存在がバレて警護が厳重になった。特に四人目の男は元軍属ということもありまるで要塞のような自宅に立て籠ってこちらを待ち構えてきて厄介だった。


 それでも祖父と協力してその要塞に何とか侵入し、そして殺すことが出来た。


 そして五人目。祖父によるとこいつは仇の中でも最も権力を持ち、そしてあの事件の主犯格なのだという。


 当然そいつはこれまでの連中とは違いその殺害は困難を極めた。


 手ごわい相手であることは分かっていたので入念な下調べと準備をしてから襲撃を仕掛けた。しかしそれでも結局アイツの首には届かず手痛い反撃を受けて撤退することになった。


 もちろん敵もみすみす俺たちを逃がすようなことはせず執拗に俺たちを狙い続けた。次第に追い詰められていったが協力してくれた人たちが何人もその身を顧みずに俺たちを助けてくれたおかげでどうにか逃げ切ることに成功した。


 様々なものを失ったことで俺は祖父に復讐は諦めようと言った。


 あれだけ入念な準備をしてそれでも届かなかった。もう無理だ。復讐は失敗したんだと。


 祖父はそれを一顧だにせず。ならば自分一人ででも殺しに行くと狂気染みた目で俺に告げるとその場から去っていった。


 祖父は何か焦っているようだった。自身の先がもう長くないこと悟っていたからだろうか。それともこの大きな失敗でついにその心が壊れてしまったからだろうか。いずれにしてもその時の祖父は最早まともな状態では無かったのだろう。


 最初はもう祖父のことは諦めてしまっていた。どうやっても復讐を果たすことはできないという考えに頭を支配されてしまい動くことができなかった。


 しかしそもそも何故自分がここまでしたのかを考え、そして唯一の肉親である祖父を見殺しにして言い訳がないと気付き俺はすぐさま祖父の後を追うことにした。


 祖父は単独で襲撃を仕掛けその鬼神の如き強さをもって仇を討つ後一歩という所まで迫ったもののそこで限界が来て力尽きてしまった。


 そしてその憎き仇に逆に殺されるというところで俺はギリギリ追いつきそして遂にその首を獲ることができた。


 その時俺たちは敵陣のど真ん中だった。周りを全て囲まれておりどうあがいてもそこから抜け出すことは不可能だった。


 それでも何とかここから生きて逃げ出そうと必死に頭を回していると、祖父がいきなり斬りかかってきた。


 いきなりの凶行に困惑し何のつもりかと聞いた。すると祖父はこの状況はすべて計画通りなのだと告げた。


「まだ復讐は終わっていない。黒幕たちはこれですべて殺したが、あの事件を引き起こした人物はまだ存在する」


「実行犯の殺し屋だ」


「奴はあの事件からしばらくして政府に捕らえられてとある場所に閉じ込められ、悪辣なショーに出させられている」


「そいつも仇の一人。当然生かしていくわけにはいかない」


「しかし問題がある。それは奴が閉じ込められている場所が世界で最も侵入しづらい場所だということだ」


「つまりその場所に行くには正規の手段で入る他ない。その手段は連中に無抵抗で降伏することだ。そうすれば奴らが送ってくれる」


「ただ今のままでは駄目だ。私かお前どちらか一人だけにならなければいけない」


「……私と戦えギン。あの化け物を殺すためにもより強き者のみ残ればいい!」


 それだけ言うと祖父は理不尽に襲い掛かってきた。


 何もかも納得のいかなかったがそれでも祖父が本気であるということだけは分かったため、祖父との本気の殺し合いをした。


 強者であれば言葉を交わさずとも刃を交えさせれば相手の気持ちが分かるというが、幾度も刃を交えた後で祖父の胸を貫いた時でも俺には祖父の気持ちが何一つ分からなかった。

 

「すまなかった……」


 今わの際、祖父の最後の言葉は謝罪だった。


 それは復讐の道に俺を引きずり落としてしまったことへの謝罪だったのか。肉親を殺させてしまったことへの謝罪だったのか。或いは化け物(グレン)を殺す使命を与えてしまったことへの謝罪だったのか。


 そのどれにしろ俺は祖父に託された。この復讐の炎を。


 ……人を殺したくなんてなかった。復讐なんてどうでもよかった。ただ祖父と一緒にいたかった。誰かと一緒にいたかった。


 でも結局最後に残ったのはこの炎だけ。だったらこれの為に生きよう。この炎が大切だからその時が来るまで守り続けよう。


 空虚だった心に一筋の光が差す。流され続けた人生の終着点がようやく見えた気がした。


 その後俺は取り囲んでいた連中に無抵抗で降伏した。当然散々嬲られたが殺されはしなかった。


 我々はお前達のような野蛮人とは違う。我々は法と秩序を遵守する。お前は法で正当に裁かれるのだ。


 そして奴らは俺をここに連れてきた。ありとあらゆるものから隔絶された陸の孤島。法と秩序が存在しない現世の地獄。


 醜悪なショーの舞台でもあるここ。ギルティシティへと。



 


祖父

本名は花菱玉嶄(ハナビシギョクゼン)

主人公のお爺ちゃんであり、好々爺で優しい人だったが一族皆殺し事件で色々病んでしまった人。

元々は幼いギンを巻き込む気は一切無く、全て一人でやるつもりだったのだが自らが老いで復讐が果たせない可能性を考えてしまい、結果ギンを巻き込むことを決断してしまう。

そのことをずっと悔やんでいるが後戻りができるはずもなく、更にギンが自殺を何度も図ったことで更にその思いが強くなり次第に心が壊れていってしまう。

最後の殺し合いでは死ぬ気こそなかったがギンに殺させれることを心のどこかで望んでいた為あっさりと負けてしまう。

彼の唯一の救いはギンをあの時救えたこと。


因みに単純な技の熟練度はギンを遥かに上回っており。もし心、体が万全の状態であれば人形改造クラウンを一方的に殺せるくらいには強い。


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