リベリオン(5)
それは殺り合おうとした直前のことだった。
「ちょっと提案があるんだけど聞いてかない?」
そう声を掛けられた。
無論それが手を止める理由にはならなかったのでそのまま愛用の槍を振り抜いたが、奴は全くヤル気も見せずにのらりくらりと躱しながら続きを話し始めた。
「他の処刑人だけ殺してミュータントを見逃すのよ。そうすれば中央で大騒ぎが起こる。その隙に乗じて私達は行政ビルを占拠するの」
ミュータント連中はどういう訳かこちらから手を出さない限りは襲っては来ず、ただ中央へと向かう習性がある。その理由は不明だがとにかくこの女はそれを利用して反乱を起こそうと持ちかけてきたのだ。
奴はその大鎌でこちらへの反撃に見せかけつつ、その実全く当たらない大振りを放つ。そしてたまたま近くにいた処刑人を無差別に刈り取っていった。傍から見ればそれは故意によるものではなく、ただの巻き添えに見えてその真意には気づけないだろう。
これでミュータントを止める者が減り、中央への進行が更に激しくなることだろう。
「それはオレ達だけでやるのか? 中央には処刑人とは別にお飾りとは言え警備の連中がいるんだ。連中の腕とは関係無しに施設の防衛装置を使えば多少の数のミュータントへの対処なぞ造作もないことだろう」
「まさか。既にそこそこの数が協力してくれることになってるよ。……内と外両方でね」
「ほお……外もか」
内側は言わずもがなこの街の死刑囚のことだろうが、外側は……まぁ、反政府組織の人間だろうな。
「そもそもこの話は外の奴が持ち込んできてくれた話でね。こっちにも利がある話だから乗っちゃった」
「以外だな。お前はそういうことに興味がない質だと思っていたよ。利があるにしてもよくその話に乗ったな」
「実際、興味は無いよ。連中の大義名分何か。ただもう一つ興味の無いことがあるってだけ。……そう、この街にももう興味は無い」
この街に興味が無いか。……確か最近……そういうことか。
「確か8位は弟だったな……お前に肉親の情があるとはな」
「殺したくないし、離れたくないくらいの情はあったわよ。唯一の繋がりですもの。それでどう? 貴方も同じ立場だと思って声を掛けたんだけど。待ち人はもう来ないんでしょ? ここにいる意味はまだあるの?」
ランドルフ……。お前にならと思っていたのだが、まさかもう少しというところで死んでしまうとは。
惜しかったな……。
「無い。だがそもそもこの体内の爆弾はどうするつもりだ? 対策無しでこの話を持ってきたとは言わんだろうな?」
「安心しなよ爆弾はちゃんと無力化出来る。だからこそ私もこの話に乗ったんだからさ」
「そうか……ならば良いだろう。お前達の甘言に乗せられてやろう」
迫る剣閃の尽くが急所狙いの一撃。片腕を貫かれているというのにその剣速には微塵の衰えも感じない。
隙を見て反撃しても紙一重で躱され、また次の攻撃へと繋げてくる。凄まじい猛攻故に中々攻めに転じられずにいた。
既にこちらの槍の爆破加速機構で焼いた右腕はほぼ完治した。狼男としての頑強さと治癒能力のおかげだ。
片腕の差はことギリギリの境界線を行き来する殺し合いにおいては致命的な差となる。気合い云々でどうにかなるレベルではないほどの差が……あるはずだ。
ましてやこちらの獲物は槍。刀とは明確なリーチの差がある。実際に白い処刑人が来る直前まではその間合いの差でこちらが押していた。
お互いの差を見比べれば有利なのは明らかにこちらだ。それは間違いない。しかしそれが覆されている理不尽。何故?
技術の差か? 経験の差か? 軍に所属してから数えきれないほど戦い続けてきた自分がそれらで目の前の若いサムライに劣っているとは思えない。
ならばオーラの有無か? それならばこちらも使える。
激しく刃同士をぶつけて距離を取ったタイミングで力と呼ぶべき不可思議な感覚を武器へと通して纏わせる。
そして本来なら槍であっても届かない遠間から突きを放つ。当然穂先は届かない、しかしその槍の先端からオーラの弾丸が奴に向かって放たれた。
技名等は無いあくまでただの技術。人とは異なる者達、亜人を狩る為の技だ。
オーラの弾丸は真っ直ぐ奴へと飛んでいく。その速度は本物の弾丸に引けを取らぬ音速の領域の一撃。
しかしその一撃は奴には届かない、回避された。
見て躱せるものでは無い。とはいえ奴もこちらと同様のオーラ使いな上先に同じような遠距離技を使っていた。こちらのオーラを見てとってその後の動きを先読みするのも容易いだろう。
しかし機先は潰せた。今の一撃を回避した僅かな隙があれば間合いは制せる。
地面にめり込むほどに脚に力を入れてから爆発でもしたかのような轟音と共に一気に接近する。
刃が交わる毎に奇妙な感覚に襲われる。
殺意が込められた一撃がその場で対消滅せずに自らの身体の内へと融けていき何かが満たされるような感覚。
これは……充足感、と言えばいいのだろうか。
今この瞬間が何よりも愛おしく素晴らしい。他の何物も必要ないと断言できる心地良さが己の芯を染めていく。
予感はあった。奴がグレンを殺すと言った時の目。あの時は笑ったが心の何処かでその瞳に懐かしさを感じていた。
かつて大きな犠牲を払いながらも仲間達と共にあのドラキュラを討伐した時。その時満身創痍の自分達に襲いかかってきた幼い少年。
あの印象的な瞳も数合打ち合ったのみというのに明瞭に覚えている奇妙な感覚も。それらをいつまでも私は忘れることは出来なかった。
期待通りだ。お前はアイツと同じようにオレを満たしてくれる!
互いの強撃がぶつかり合い、その反動で互いに離れるように間合いが離れる。
次の一撃が最後だ。
そう何となく思った。
それは理屈のない思いつきのようなものであったにも関わらず同様にそう思ったのかあちらも全身全霊の一撃を放たんとせん構えをとった。
無論こちらも全身全霊の一撃を持って応えるつもりだ。
互いに構えを取り……そして静寂が訪れた。
空気が張り詰める。重量が増し己を押しつぶさんとしているかのように錯覚してしまうほどに身体が重くなる。
どちらか一方が一歩でも踏み込めば全てが台無しになり、そしてかつてなく煌めく。
我先にそうしたいという気持ちと永遠にしたくないという気持ちがせめぎ合う。
矛盾を孕んでいながらもそれは完璧であった。
意味ではなく真理が全てを包み込まんとしているのだ。
互いの間の空間が極限まで圧縮され始める。距離は否定され既に目の前に敵はいた。
一瞬か永遠か分からない時間が過ぎた後のこと。
それは突然だった。切っ掛けは分からない。もしかしたら無かったのかもしれない。或いは深遠な理由がそこには存在していたのかもしれない。
いずれにしても圧縮された空気は弾け、互いに、同時に、全身全霊究極の一撃を放った。
圧倒的な破壊の嵐を巻き起こしながら二人は突き進む。
勝者と敗者。生者と死者。互いの存在を定義せんとする一撃がぶつかろうとする。
そしてその直前にヴォルヘルムは直感した。
己の渾身の生涯最高のこの一撃は奴にわざと出させられたものだと。この一瞬は奴が作り出したものだと。
意図的か否か。この一瞬を決めたのはその差だった。
「華天流三之型秘技“神風”」
己の身体を貫かれ、何もかもが霧散していくのをヴォルヘルムは感じていた。
しかし満足だった。今の一撃が掠りもしなかったことも、今から死ぬことも些細なことだ。この耐えようのない充足感。これを感じれたならもう何でもいい。
槍を落とし彼の肩を掴んで引き寄せる。刀が更に深く刺さるがどうでもいい。
「ありがとう」
その感謝の言葉を最後にヴォルヘルム・ヘルシングは笑顔でその生涯を終えた。
ヴォルヘルム・ヘルシング
元軍人の狼男。
かつてとある国の亜人狩り専門の部隊に所属しており数多くの亜人を殺してきた。しかし強大な存在をも殺す力は忠を尽くしたはずの国に恐れられ最後は裏切られる。この無常な世界を呪いひたすら絶望しつつも生きることは諦めきれず襲いかかってくる刺客を倒し続けた結果仲間達は全員死に、国も崩壊し何もかもを滅ぼして自分一人だけが残った。
そして国をも超える存在となってしまった彼が放っておかれる訳もなく、凄まじい激戦の末に捕えられこの街へと放り込まれた。
亜人の裏切り者。国殺しと呼ばれ理不尽の権現と化した彼が最後に願ったのは更なる理不尽だった。